正妃の条件



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 翌日、有希が目を覚ました時には既にアルティウスの姿はなかった。
遠くから微かに聞こえてくるざわめきで、祝宴が夜通し続いているのが分かる。
 「・・・・・みんな元気だなあ。あんなにずっとお酒を飲んでて大丈夫なのかな?」
 そっと寝台から身体を起こして足を床に着けてみる。思った以上に昨夜の行為のダメージは残っていなかった。
(優しいんだよな、アルティウスは)
 言葉では傍若無人なことを言っていても、行為自体は出来るだけ有希の身体に負担が掛からないようにしてくれた。
1度だけで解放して、濡れた布で身体を拭いてくれると、そのまま身体を抱き締められて眠ったはずなのだが、アルティウスが起
きたことにも気付かなかったのはやはり疲れていたのだろうか。
(僕も行かなきゃ・・・・・)
 主役の1人である自分がいつまでも席を外してはいられないだろう。
ゆっくり、ゆっくりと服を着替え、顔を洗って扉を開くと、そこには既にウンパが控えていた。
 「おはようございます、ユキ様」
 「おはよう」
ウンパの顔を見るのはまだ少し照れ臭いが、これからずっと一緒にいるウンパにはきちんと礼を言っておきたかった。
 「ウンパ」
 「はい」
 「ありがとう」
 「・・・・・何のことでしょうか?」
本当に何のことだか分かっていないように首を傾げるウンパに、有希は小さく笑って首を横に振った。
 「なんだか、言いたくなったんだ」
 「はぁ」
 「アルティウスは?また祝宴に出ているの?」
 「いえ、今朝早く先人が戻ってこられたそうで、その方とお会いになられているのだと思います」
 「せんじん?」
 「ご使者の中に、とてつもなく足の速いソリューを扱う者がいるのです。通常の行程の時間の半分以下の時間で移動出来
て、少しでも早く情報を持ってきてくれるのですよ」
 「そう・・・・・じゃあ、今朝の先人って、どこからの?」
 「多分、バリハンではないでしょうか」
 「!」
(アルティウスが言ってた密偵だ!)



 「ご苦労だった。下がって休め」
 「はっ」
 使者の代表者から預かったという書面から視線を上げたアルティウスは、面前で控えている密偵に言った。
直ぐに礼を取って部屋を出た密偵を見送ると、傍にいた宰相マクシーを振り返り、アルティウスは書面を差し出しながら憮然
と言う。
 「シエン王子の婚儀の相手が《強星》に変わったとはな」
 「まことに・・・・・」
 一緒に報告を受けたマクシーも、さすがに驚きの表情を浮かべてしまった。
招待状に記されていた相手は確かに許婚であった女の名前だったが、婚儀の直前、まさに数日でその相手が新しく出現した
という発表があったもう1人の《強星》に代わったらしい。
(どういうつもりだ・・・・・?)
 許婚という女がどんな相手だったかは知らないが、たとえどんな美女だったとしても《強星》という存在には叶うはずがないだろ
う。
あれ程有希に執着していたシエンが娶ろうと思うほどの存在・・・・・それが本当に《強星》かどうかは分からないが、その人物が
何らかの価値がある存在なのは間違いがないのかもしれない。
 「アルティウス!」
 そこへ、いきなり有希が飛び込んできた。
 「ユキ?」
 「バリハンからの使いが帰ったって本当っ?」
 「・・・・・なんだ、気になるのか?」
 アルティウスの機嫌は急降下していく。
(目覚めたばかりだというのに、いきなり奴のことを聞くか・・・・・っ)
濡れている前髪を見ても、有希がまだ目覚めて間もないということが分かる。
昨夜抱いたばかりで、アルティウスはこの手だけではなく身体中にまだその感触が残っているというのに、有希の方はといえば既
にその目は別の方へ向いているようだ。
その相手がシエンだと思うだけで、アルティウスの中に燃え上がるほどの嫉妬が渦巻く・・・・・。



 「アルティウス?」
 アルティウスのまとっている空気が急激に変わってしまったのを感じて、有希は途惑ったようにその横顔を見つめた。
有希にしてみれば、シエンの結婚ももちろんだが、何よりバリハンに現れたというもう1人の《強星》の事が気になって仕方がな
かったのだ。
有希自身、自分が《強星》ではないことは自覚しているので、多分、バリハンに出現したという《強星》は本物なのだろう。
どんな人なのか早く知りたかったのだが、アルティウスの様子を見るとなかなか言い出せなかった。
 「ユキ」
 「・・・・・なに?」
 「そなたの夫は私だと、きちんと納得しておるのか?」
 「そんなの、もちろんだよっ」
 「・・・・・」
 「アル・・・・・あっ!」
 突然、アルティウスはユキの身体を横抱きにすると、そのままの状態でイスに座った。
 「はっ、恥ずかしいよっ」
この部屋の中にいるのは2人だけではないのだ。
マクシーもベルークも、見て見ぬフリをしてくれているが、有希自身は顔が真っ赤になるほど恥ずかしかった。
 「何が恥ずかしいのだ。私達は夫婦だぞ」
 しかし、アルティウスには全くその羞恥心は分からないらしい。
反対に有希の身体を手の中にして安心したのか、アルティウスは密偵が報告してきたことを有希に教えてくれた。
 「シエン王子の相手は、婚儀の直前で《強星》に変わったらしい」
 「えっ?」
 アルティウスの胸を押し返そうとしていた有希は、驚いたようにその動きを止めた。
 「それ・・・・・本当?」
 「ああ。名は、ソウというらしい」
 「ソウ・・・・・」
(なんだか、聞きなれた響き・・・・・)
この世界の人間とは違う、耳慣れた懐かしい感じがした。
 「そして、我が国にその《強星》と共に来国するそうだ」
 「ここに来る?」
 「祝宴が済み次第、あちらを出るということだが、ああ、多分もう出立しておるな」
(僕と同じ、《強星》と呼ばれている人・・・・・ソウという人が、ここに来るんだ・・・・・)
 「《強星》を共に連れているが故、今回の我が国への来国は内密にとのことだ。シエン王子が虚言を吐くような人物ではない
と思っておるからな。噂のバリハンの《強星》に私も会いたい」」
興味深く言うアルティウスに、有希も強く頷いて同意した。