千三つ せんみつ
Stupid men
「・・・・・!」
「・・・・・っ」
いきなり、中に入っていたペニスが強く締め付けられた。それは今までの快感を追う為のものではなく、明らかに緊張をして身体
が強張ってしまったせいだろう。
いったい、何が倉橋の意識を揺さぶったのか、綾辻は真上からその顔を覗き込もうとしたが、倉橋は片腕で自分の顔を隠してし
まった。
「克己?」
「ど・・・・・し、こ、こ・・・・・でっ」
「・・・・・リビングで、セックスしてる、こと?」
(今まで気付かなかったのか)
それは、言葉を変えれば自分とのセックスに夢中になってくれていたということだろう。
もちろん、男としては名誉なことだし、どちらかといえば倉橋が正気を取り戻したら戻したでもっと楽しくなるはずだ。
「何時も明かりを落とした中で抱いていたから、こんなに明るい中で抱くと克己のいいところが丸見え」
「や・・・・・っ」
「ほら、私のが出入りしているの、見えるでしょう?」
腰を引き寄せて自分の膝の上に倉橋の尻を持ち上げるようにすると、2人の結合している部分が倉橋の目にも見えるはずだ。
それが分かっているのか、固く目を閉じたまま見ようとはしない倉橋に、綾辻はわざとゆっくりと腰を揺らした。
既に身体は高まっているはずで、こんなじれったい刺激では満足出来ない状態のはずだ。案の定、倉橋のもう一方の手はラグを
強く掴み、自分の腰も揺らし始めた。
(絶景)
これだけでも十分楽しいが、綾辻はもっと倉橋に感情をぶつけて欲しかった。酔いが醒めたのなら、きつい眼差しで睨んでくれて
もいいのにと思う。
(もっと、楽しくなろう)
綾辻の手が、倉橋の震えながら勃ち上がっているペニスを掴んだ。
(私は何をして・・・・・っ)
身体の中を熱く固いものが行き来しているが、それが何かは今はもうはっきりと分かっている。
自分でも覚悟をし、望んだつもりだったが、こんな明るい、そして、本来はセックスをしない場所で自身を暴かれていると思うと、と
ても綾辻の顔を見れなかった。
(呆れて・・・・・る・・・・・っ)
普段はあれ程に綾辻に生活態度のことを注意し、セックスに関しても自分は保守的だと訴えてきたはずなのに、結局こんな風
に乱れてしまう自分はもしかしたら淫乱な性なのかもしれない。
「克己、あのチューハイ、誰のもの?」
「・・・・・え?」
「酒の飲めないあなたが、わざわざ冷蔵庫に入れている理由。ねえ、答えて」
「さ・・・・・け?」
ぼんやりとまぶたを開いた倉橋は、ローテーブルの上にある缶に視線を向けた。
(あれ、は・・・・・)
「少しは、海藤さんに付き合いたいんです」
「・・・・・社長は別に、お酒の席にあなたを連れて行こうだなんて思っておられないと思いますが」
「それでも、少しは起きていたいんです!お願いしますっ、倉橋さん!一緒に練習してください!」
「しかし・・・・・」
「倉橋さんだって、強くなったら綾辻さんと飲むの、きっと楽しくなると思いますよ?ね?」
「・・・・・」
酔うと何時も眠ってしまうからと、健気にも考えている真琴の気持ちが微笑ましく(けして綾辻のことは関係ない)、先ずはジュ
ースみたいなものでと倉橋はチューハイを購入した。
しかし、なかなか海藤の目を盗んでという時間を取ることは難しく、腐るものではないからと自宅の冷蔵庫に入れていたものがあっ
たことを思い出したのは本当に偶然だった。
真琴とその話をしたのももうかなり前であったし、倉橋の見ている限り、海藤は酔った真琴というものも好ましく思っているようで、
これも使う用途が無くなったかもしれないと思っていたのだが・・・・・。
「ねえ、克己」
身体を揺すられ、倉橋はゆっくりと視線を綾辻に向けた。
「自分で飲むものじゃないでしょう?」
「・・・・・」
「私だってなかなか部屋に上げてくれないくせに、他の誰の為に用意したの?」
「・・・・・」
(誤解、してる?)
まさか本気で倉橋が自分以外の人間と・・・・・とは、思っていないだろうが、それでもこの部屋にあるにはどうしても不思議なもの
の理由を気にしているようだ。
(・・・・・教えてやらない)
今まで、散々我を忘れていたであろう自分の痴態を見た男に、これ以上嬉しがらせる理由は与えない方がいい。
倉橋は羞恥を押し殺しながら、綾辻の腰に足を絡めてやった。
「秘密、です」
「秘密、です」
顔を赤くして怒ったように、いや、意地悪そうに言う倉橋の真意は何だろうか。
「・・・・・悪い子」
綾辻はぐりっと中に入りこんでいたペニスでわざと内壁を強く抉る。
「・・・・・っ」
倉橋は微かに息をのんだが、先程までのように甘い声は漏らさなかった。その意志の強さには感心するが、少し・・・・・可愛くない
かもしれない。
(いや、可愛い、か)
結局、自分はどんな倉橋でも可愛く思えるし、カッコよくも思っている。惚れた弱みだと自分自身に言い訳をした綾辻は、チュー
ハイの意味を問うのは今は諦めて、中途半端になってしまった快感を追い掛けることにした。
意識がない時は柔らかく柔軟に自分を受け入れてくれていた倉橋の中は、今はかなりの締め付けと熱いほどの熱でペニスを刺
激してくる。
受け入れるという柔軟さとは一線を解した、まるでお互いに奪い合う・・・・・戦っているかのようなセックス。
女では味わえない、男同士だからこそ、お互いの主導権を争う様が楽しくて、綾辻も負けまいと腰の動きを強くした。
「・・・・・はっ、あっ」
「か、つみっ」
「・・・・・ふっ」
噛み殺せない吐息のような喘ぎ声が、倉橋の唇から漏れ始めた。
快感と羞恥の狭間で、その姿は恐ろしいほどの艶やかさだ。
「・・・・・っ」
綾辻は倉橋の膝裏を掴むと、更に足を広げて腰を密着させる。
苦しい体勢に更に倉橋は緊張してペニスを締め付けてきて、綾辻はそのまま中に精液を吐き出した。
(・・・・・っそ、情けないっ)
もっともっと倉橋を焦らして楽しみたかったが・・・・・何だか負けてしまった気分だ。
それでも中に収めたままのペニスの硬度も大きさも萎えることはなく、綾辻はお返しとばかりに再び激しく抽入を再開した。
クチュ クチュ グチャ
耳に響く淫靡な水音が何なのか。
耳を塞ぎたくても両手は綾辻に拘束されているのでそれも出来ない。いや、拘束されているというのは違うかもしれない。こうして
しっかりと手を握り合っているのだから・・・・・。
「ふっ、はっ、くっ」
身体の中が濡らされて、その滑りでペニスの動きは更に滑らかになってきている。
しかし、そうなるとますます敏感な内壁を様々な角度で刺激されて、感じ過ぎて・・・・・下肢が痺れてしまった。
「あっ、あや・・・・・っ」
「名前、名前、呼んで」
「あや・・・・・」
「勇蔵じゃ、色っぽくないけどっ、ゆうって、ね、克己っ」
「・・・・・や・・・・・っ」
「克己っ」
(だって・・・・・だって、その名前・・・・・は・・・・・)
夜の街では《ユウ》という名前で通っている綾辻。今までこの男に抱かれた何人もの人間が呼んできただろうその名を言いたくは
なかった。同じに、なりたくなかった。
「あ、あやつ・・・・・綾辻さ・・・・・っ!」
「頑固者」
そんな倉橋の気持ちを知ってか知らずか、綾辻は苦笑を零すとそのまま唇を重ねてくる。
「ふ・・・・・むっ」
舌を絡め。
腰を絡めて。
倉橋はそのまま、綾辻とのセックスに溺れていった。
海藤が事務所にやってくると、すぐに倉橋は部屋を訪れた。
「おはようございます」
「・・・・・おはよう。昨日はすまなかったな」
「いいえ」
海藤の言葉に、倉橋は深い笑みを浮かべた。
どんなに大変だったことも、終わった今ではなんでもなかったと思える。いや、今回ばかりは全てが終わったとは言い切れないかもし
れないが、それでも次にジュウと対峙する時は海藤も自分も、今よりはもっと力をつけているはずだ。
(絶対に、真琴さんを渡すつもりはない)
「今日は休むと思ったが」
「・・・・・私が、ですか?まさか、社長が出勤なされているのに、私が休むことはありえません」
「・・・・・」
「大体の書類は処理をしていますが、どうしても社長に目を通していただきたいものがあるので早速よろしいですか?」
「ああ」
海藤がどうして自分を休みだと思ったのか・・・・・その理由など考えたくはない。
今にも足がふらつきそうなほど下半身が覚束ないのに、こうして意地で出社したのは海藤に余計な考えをさせない為だ。
(あの人の思惑通りになんか・・・・・っ)
朝、倉橋が目を覚ましたのは午前7時を回った頃だった。
頭の中は疲れて眠りたいのに、身体の痛みが眠りに落ちるのを許してくれなかったのだ。
「・・・・・」
「おはよ」
夕べ、セックスをしていたのはリビングのはずだったが、今自分が身体を横たえているのは自分のベッドの上だった。そして、当然
のように隣にいる男は、倉橋の目覚めに気付いて優しく笑い掛けてくる。
「あ・・・・・」
「身体は一応拭いておいたけど、シャワー浴びたいでしょう?中にたっぷり吐き出しちゃってるし、一緒に入って綺麗にしてあげる
わね」
「こ・・・・・」
(怖いことを・・・・・)
意識が無いのならばまだしも(そんな時に身体を自由にされるのも嫌だが)、今そんなところにそんな真似をされたら憤死もので
ある。倉橋は緩慢な動きで、自分の剥き出しになっていた身体にシーツを巻きつけた。
「もー、ケチねえ。でも、いいわよ、寝ている時堪能させてもらったから」
「・・・・・本当に?」
「本当よ。どこにキスしても可愛く啼いてくれたし、指にも反応してくれたし。あ、縛ってくださいなんて言っちゃってたわよ?私以
外にそんな楽しいこと言わないでね」
笑いながら言う綾辻の言葉はどこまで本当なのかは分からない。それでも、ベッドの側にバスローブの紐が無造作に落ちているの
を見たら・・・・・もしかしてと思わず自分の手首を見てしまった。
「してないって」
「・・・・・」
嘘吐きなこの男の言葉が、本当か・・・・・嘘か。
「克己?」
「・・・・・」
倉橋はふっと笑みをこぼした。
「試してみますか?」
倉橋の差し出した書類を受け取った海藤は、ふと顔を上げて訊ねてきた。
「綾辻は休みか?」
「無断欠勤です。減給しましょう。いえ、休みもしばらく無しで働いてもらった方がいいですね」
「・・・・・倉橋」
「はい」
「あんまり苛めてやるな」
「・・・・・苛めていませんよ」
今頃、あの男は自分のマンションのベッドの上で、のんびりと惰眠を貪っているに違いない。
いくらその手がバスローブの紐で拘束されていたとしても、男は休む切っ掛けが出来ただけだと暢気に思っているだろう。
(・・・・・足も縛ってやっても良かったか)
アブノーマルなセックスを匂わせた男には似合いの罰だろう。今夜自分が帰宅するまで、腹を空かせていればいい。
(・・・・・あ)
「・・・・・でも、何か買って帰らないと・・・・・」
唐突に、そう思った。ここまできて馬鹿かもしれないが、あの場所に綾辻を置いてきたということは、帰ったらまだ・・・・・あの男が
いるということだ。
誰かが待つ場所に帰ることは慣れていなくて、倉橋は今更ながらどうしようかと内心焦ってしまった。
鼻歌を歌いながら、綾辻は倉橋のマンションに戻ってきた。
両手一杯の買い物袋と共に手に握られているのは、管理人から借りた倉橋の部屋のスペアキーだ。
「私が縄抜けが得意って、教えていなかったかしら」
「それで今日一日大人しくしていなさい」
濃厚な一夜を過ごした相手に言うとはとても思えない冷たい口調で言いながら、バスローブで手を拘束された自分を見下ろし
ていた倉橋。カッコイイと思った自分は馬鹿だろうか?
「さてと」
そのまま大人しく待っていても良かったが、何も入っていなかった冷蔵庫を見たら何かを作って食べさせてやりたくなってしまった。
せっかくマンションに招待されたのだ、このぐらいの礼は当然してもいいだろう。
(上手くいけば餌付け出来るかもしれないし)
生真面目で頑固で、それでも純粋で優しい恋人。彼の驚く顔も怒る顔も喜ぶ顔も、自分に向けられる全てが愛おしい。
「時間はたっぷりあるから、手の込んだものにしようっと」
どうせ無断欠勤になっているはずだからと呟きながら、ついでに買ってきたピンクのフリフリのエプロンを身に着ける。同じ紙袋から
取り出したもう一つのシンプルなグリーンのエプロンを着ける相手は、今日はそう遅くなく帰ってくるはずだ。
「なんだかんだで、優しいんだから」
呟いた自分の言葉に笑って、綾辻はそれをキッチンのイスの背にそっと掛けた。
end
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