真哉君の真夏の冒険
1/4
駅に着いてから、とにかく直ぐタクシーを拾った。
初めての土地で迷いながらバスや地下鉄に乗るよりも、少々高くつくが目的地にまで直接連れて行ってくれるタクシーの方が結果
的に安全だと思ったのだ。
「中学生?1人かい?」
「はい、兄に会いに」
「へ〜、夏休みだからねえ〜」
愛想のいい運転手と会話をしながら、真哉は手の中の手紙をじっと見つめていた。
西原真哉(にしはら しんや)は男ばかりの4兄弟の末っ子で、今年小学6年生になった。
西原家は家族の仲がとても良く、家に来る友達は皆羨ましいと言ってるくらいで、真哉はそんな家族が大好きだった。
その中でも直ぐ上の兄・・・・・とはいえ、7歳離れている真琴は、ずっと幼い真哉の面倒を見てくれていて、真哉にとって真琴は誰よ
りも大事で大好きな存在だった。
その真琴が大学進学の為に家を出ると聞いた時、本当は泣き喚いてでも止めたかったが、子供だと言われるのが嫌で、頻繁に
帰ってくることを約束させて渋々見送った・・・・・のだが。
(マコの奴っ、全っ然帰ってこないし!)
ゴールデンウィークも、ちょっとした連休も、試験休みも、そして先日から始まった夏休みにも、真琴は全く帰っては来なかった。
電話は頻繁に掛かってくるし、手紙や、家族の誰かが欲しがっていた物を送ってくるなど、真琴の存在は確かに感じるものの、あの
あったかな眼差しやいい匂いのする温もりが感じられないのは寂しい。
その上、数日前、真哉は兄達の話を偶然聞いてしまった。
「マコもなあ〜、もっと普通の奴と恋愛すればいいのに」
「もう、一緒に暮してるんじゃ、なかなか引き離せないって」
・・・・・衝撃だった。
全く何も聞かされていなかった真哉は、家族の中で一番ぽやっとしている父からそれとなく話を聞きだし、真琴がバイト先で知り合っ
た親切な人と暮しているということが事実だと分かった。
(バイト先で知り合った親切な人って、ただのナンパだろ?どんな女だよっ)
真哉はどうしても自分の目で確かめたくて、出来れば別れさせてやろうと思って、学校の悪友にアリバイを頼み、溜めていた貯金
を下ろして、こうして東京まで出てきたのだ。
(絶対に変な奴にマコは渡さない・・・・・っ)
倉橋はエントランスに立って時間を確認した。
今日の夜の予定が急に空いたので、海藤は真琴を夕食に誘った。
時間はまだ少し早かったが、たまたま時間の空いていた(?)倉橋がマンションまで迎えに来ることになり、今こうして真琴が下りてく
るのを待っているのだ。
直ぐ降りてくると言っていたのでもう間もなくかと、倉橋は何気なく視線を外に向けると、丁度1台のタクシーが止まった。
(・・・・・子供?)
中から降りてきたのは中学生くらいの少年で、少年はそのまま真っ直ぐエントランスの中に入ってきた。
「・・・・・」
このマンションの住人は全てチェック済みの倉橋にも見覚えの無い顔だが、どこかで見たような気もする。
誰だったかと考えながら見ていると、こういうマンションは初めてなのか、そのまま奥の自動ドアの前に立つ。
もちろんセキュリティー万全なマンションは、ここの住人が直に暗証番号を押して開けるか、中から開けてもらうかのどちらかしかない。
戸惑ったように立ち尽くす少年に、倉橋は声を掛けてみた。
「そこのインターホンで部屋の番号を押しなさい。相手が開けてくれないと入れませんよ」
「あ、そうなんだ。ありがとうございます」
珍しく礼儀正しい礼を言われ、倉橋はますます興味が沸いた。
まだ子供らしい丸みは残っているものの、その横顔は将来を期待させるだけ整っている。長い手足も、きっとそれに似合う長身を支
えるだろう。
そのまま少年の押す番号を見て、倉橋のその興味は疑問に変わった。
(社長の部屋?)
確認した途端、倉橋は少年に歩み寄った。
「失礼ですが、その部屋に何の用でしょうか?」
「え?」
少年は戸惑ったように倉橋を見上げる。
「どうして・・・・・あっ」
「あ!」
少年の言葉が終わる前に、エントランス奥のエレベーターが開き、真琴が出てきた。
そしてお互いの姿を認めた途端、真琴と少年は同時に叫んだ。
「真ちゃん!」
「マコ!」
「・・・・・マコ?」
倉橋の呟きも聞こえないように、真琴はダッと駆け寄って少年を抱きしめた。
やっと出会えた真琴は盛大に喜んで、ギュッと真哉を抱きしめてくれた。
身長が伸びたとか、大人っぽくなったとか、嬉しいことを言ってくれる真琴は以前と少しも変わらず、真哉も久し振りにゴロゴロと甘
えて懐いていたが、ふと傍に立つ男の存在が目に入った。
さっき、マンションへの入り方を親切に教えてくれた男だ。
(・・・・・誰?)
30歳位だろうか、背はかなり高い方だろうが、体付きはほっそりとしている。眼鏡を掛けたその顔は端正に整っていて、まるで芸
能人のようだった。
「マコ、知ってる人?」
はっきり口で言わないと気付かないだろうと思って言うと、真琴はニコニコしながら男を紹介した。
「倉橋さんっていうんだ。え〜と・・・・・」
なぜか口ごもってしまった真琴の代わりに、倉橋という男は穏やかに口を挟んだ。
「初めまして、倉橋といいます。真琴さんのお知り合いの、秘書のような仕事をさせて頂いています」
「秘書?」
大学生の真琴が、秘書が付く様な人物と知り合うことはまず無いはずだ。
真哉はハッと気付いた。
(バイト先で知り合った親切な奴の秘書か?)
「ああ、分かった。ここに連れて来て構わない。店も変更だ。和食じゃなくて、子供が好きそうな・・・・・ああ、頼む」
携帯を切った海藤は、じっとこちらを見ていた綾辻に視線を向けた。
「今夜、時間あるか?」
「何か問題でも?」
「真琴の弟が来た」
「マコちゃんのっ?」
何かあったとは思ったが、弟の登場とはさすがに想像がつかなかった。
「弟って、確か小6でしたね。1人で?」
「どうやら家族には言ってきてないらしい」
「それはまた・・・・・行動的ですね」
「真琴も家族思いだからな。多分、帰ってこない真琴に痺れを切らして来たんだろう」
そう言葉に出すと、海藤は苦笑を洩らした。
真琴が帰らないのではなく、海藤が帰さないという方が正しいからだ。
出来るだけ真琴と共通した時間を過ごしたい海藤は、真琴がそうとは気付かないほど巧妙に言葉や仕草で罠を掛ける。
実家に帰らないのは自分が海藤の傍にいたいからだと思うように・・・・・。
「どんな子でしょうか」
「・・・・・」
以前現れた真琴の兄2人は、単純で、本当に善人といった様子だったが、弟はどうなのだろうか。
(・・・・・真琴に似ているか?)
どちらにしても、既に真琴と会ってしまっているのでは仕方がない。
まだ見ぬ真琴の弟をどう扱うか、子供に接することが少ない海藤は今から考えなければならなかった。
![]()