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沢渡と、『お試し期間』を終えて正式に恋人同士として付き合い始めてから二ヶ月が経った。
その間に、変わったことは幾つかある。
一つは、和沙が大学生になったことだ。
高校時代とは違い、驚くほど人が多く、途惑うことも多かったが、和沙は自分と合う友人を数人見つけることが出来、ま
あまあの学生生活を送っている。
もう一つは・・・・・沢渡との関係が深まったこと。
キスは・・・・・慣れた。今だに恥ずかしくは思うが、沢渡のキスは優しく、何時の間にか和沙を夢中にさせる。
ただ、最近和沙は迷っていた。
それは、沢渡との距離感だ。
一週間前、映画に誘われてデートをした。
和沙が好む類の映画で最後まで楽しく見ることが出来、その後一緒に夕食をとった。
そして、家の前まで送ってもらった時、車を降りかけた和沙は不意に腕を引かれて沢渡の方に倒れてしまった。
「さわ・・・・・んっ」
開き掛けた唇にそのままキスをされ、遠慮なく沢渡の舌が中に入り込んできた。
積極的にとまではいかないものの、和沙もおずおずとだが沢渡の舌に自分の舌を絡ませていく。
・・・・・そこまでは、最近のデートではよくあることだった。
しかし、
「!!」
和沙の腰を抱いていた沢渡の手が、ゆっくりだが下の方へ移動して、尻を軽く掴まれた。
和沙の頬に当てられていた手も、何時の間にか胸元に触れている。
(なっ・・・・・なに・・・・・?)
「・・・・・っ」
「・・・・・」
嫌だと叫んだわけではない。
腕を振り払ったわけではない。
しかし、しばらくして沢渡はキスを解き、手を離した。
「・・・・・悪かった」
沢渡がなぜあそこで手を止めたのかは分からない。
しかし、和沙はホッと安堵すると同時に、どうしてだろうと不安に思った。
もちろんあのまま沢渡が行動を深めれば抵抗していたかもしれないが、あそこまでして急に手を止められると、男である和
沙の身体に違和感を感じたのかと思ってしまった。
叔父の話でも、沢渡が女性にとてもモテル男で、これまでにも色々と遊んできたという話は聞いていた。
今は和沙を恋人としている沢渡だが、実際に平たい胸や硬い尻に触れ、やっぱり男は・・・・・と、思ったのかもしれない。
出来るだけ色々な事を話していこうと2人で決めたが、こんな不安はとても沢渡には話せなかった。
それから更に数日後。
店が定休日でバイトが休みの和沙は、前々から誘われていた沢渡との食事の為に待ち合わせの場所に向かっていたが、
急に届いたメールの内容でその目的地が変わってしまった。
【会社の方に来てくれないか?】
急な打ち合わせが入って待ち合わせの時間に間に合わないので、直接会社の方に来てくれないかとの連絡だった。
自分が行ってもいいのかと返答を返せば、お願いしますとの返事。
和沙はドキドキしながら沢渡の会社に向かった。
都心のオフィス街の高層ビル。
普段着のシャツとジーンズ姿の自分はとても浮いているように思ったが、和沙は沢渡との約束の為に意を決して足を中に
踏み入れた。
綺麗な受付の女性にしどろもどろで沢渡の名を告げれば、沢渡が言っておいてくれたのか、艶やかな笑みを向けられロ
ビーで待っているようにと伝えられた。
一番隅の、出来るだけ目立たないソファに座り、和沙はもう陽も落ちたというのに大勢の人々が行き交うロビーをじっと
見つめる。
男は皆スーツ姿で、女性も華やかで綺麗な人ばかりだ。
(こんなに綺麗な人達と働いているんだ・・・・・)
子供で、男である自分とは正反対の、働く魅力的な大人の女性達。
こんな人々に囲まれているのに、なぜ沢渡が自分を選んだのか不思議に思うと同時に不安になる。
(僕なんかよりずっといいよね・・・・・)
「悪い!待たせたな、和沙」
20分ほどして、エレベーターから沢渡が出てきた。
ずっと、居たたまれない思いをしていた和沙の頬は安堵で緩むが、沢渡の後ろに視線がいった途端その頬は強張った。
「じゃあ、例の件は任せたわよ」
「ああ」
ピッタリと身体に合ったスーツを着こなし、髪を綺麗に結い上げている美人は、和沙の顔を見て赤い唇に笑みを浮かべた。
その瞬間、和沙の胸がツクンと痛んだ。
「この子が約束してる相手?ホントに男の子だったのね」
「だからそう言ったろ」
「ふふ。今度は絶対奢ってね」
ハイヒールを響かせ、颯爽と歩いていくその人を、和沙はただ呆然と見送っていた。
沢渡の職場を初めて見て、和沙は自分と沢渡の違いを改めて実感した。
そして、同時に、あれほど綺麗な女性達と一緒に働いている沢渡の気持ちが、これから先もずっと自分に向けられ続ける
かとも不安になった。
「どうした?大人しいな」
何時も以上に口数の少ない和沙を、車を運転しながらも気遣わしそうに見ながら声を掛けてくれる沢渡。
(こんなに優しいし、カッコいいんだから・・・・・)
例えば、沢渡と一緒にエレベーターから降りてきたあの人だったら、沢渡の誘いにもスムーズに応えることが出来るだろう。
怖がってウジウジしている自分とは違い、女であるあの人なら・・・・・。
(・・・・・嫌だ)
あの時から、ずっと胸が痛い。
「和沙?」
(沢渡さんの手を拒んでるのは僕の方なのに・・・・・)
「和沙」
(どうしてこんなに苦しいんだろ・・・・・)
「和沙っ」
「あ・・・・・」
気付くと車は停まっていて、沢渡が眉を顰めて自分を見ていた。
叱られる・・・・・そう思ってギュッと目を閉じた和沙だったが、次の瞬間ふわりと優しく身体を抱きしめられた。
「どうした?そんな泣きそうな顔をして。言いたいことがあったら言ってくれないと分からない」
「さ、沢渡さ・・・・・」
「ほら、和沙。ちゃんと言葉に出して俺に伝えてくれないか?」
ギュッと閉じている和沙の瞼にそっとキスを落としながら囁く沢渡に、和沙も何時までも抵抗することは出来なかった。
「さ、沢渡さんの会社・・・・・綺麗な女の人、いっぱいいますよね?」
「ん?まあ、いるな」
「僕より・・・・・あの人達の方が・・・・・」
「え?」
「僕なんか、ちょっと触られたぐらいで怖がってるし、でも、あの人なら・・・・・」
「ち、ちょっと、待ってくれ、和沙。まさか・・・・・嫉妬してるのか?」
「!!」
次の瞬間、沢渡は大爆笑した。
和沙の方は今まで感じていた胸の痛みが嫉妬からだと初めて気付き、居たたまれなくなったようにますます俯いて沢渡の
視線から逃れようとした。
しかし、優しく強いその腕は、和沙の途惑いごとしっかりと抱きしめてくれる。
「笑ってごめん。でも、嬉しかったんだよ、和沙が嫉妬してくれて」
「・・・・・嘘」
「ホント。好きな子に妬きもちやかれたら、誰だって嬉しいよ。」
「・・・・・」
「少なくとも、俺は嬉しい。和沙がちゃんと俺の事を好きだっていう証拠だから」
そうなのだろうか・・・・・和沙は途惑いながらも思った。
和沙にとっては沢渡が初めての恋の相手で、何もかも沢渡が基準になっている。
その彼がそう言うのならば、和沙は嫉妬してもいいのかもしれない。
「・・・・・本当に・・・・・嫌だなって、思いませんか?」
「全然。和沙は俺の恋人なんだから、どんどん遠慮しないで嫉妬してください」
さっきまで辛くて泣きそうだった顔が、今は嬉しくて綻んでいるのが自分でも分かる。
この人を選んだことは間違いはないと、この事に関してだけは胸を張って言うことが出来のが嬉しかった。
「ほら、キスをしよう、和沙。妬きもちをやいた後は、仲直りのキスをするものだぞ」
「・・・・・はい」
和沙が行動を取れるように、一つ一つ理由付けをしてくれる沢渡に感謝を込めて、和沙は教えてもらった通りの大人
のキスをする。
これからも色々な不安や悩みが出てくるかもしれないが、出来るだけ言葉に出そうと改めて決心した。
喧嘩になるかもしれないが、こうしてキスをすれば、きっと仲直りは出来るだろう。
「今度は、俺からお返し」
和沙には到底太刀打ち出来ない濃厚なキスを、今度は沢渡から与えられた。
うっとりと目を閉じた和沙は、小さな独占欲を表すように、キュッと沢渡の背を強く抱きしめ返した。
大好きなこの人の為に、和沙がもう一歩踏み出すのは・・・・・もう間もなくかもしれない。
end
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