1
年も押し迫った12月28日。
幾つかの場所で幾つかの会話が交わされていた。
『初詣?もちろん、いいですよっ』
『久しぶりにみんなに会えるんだ!』
『ん・・・・・ケイが来るかは分からないけど・・・・・』
『お、俺もですか?』
『誘ってくれてありがとうございます』
『それで、どこに行くの?明治神宮?川崎大師?』
『それが、みんなに相談があるんだけど』
言いだしっぺは珍しく西原真琴(にしはら まこと)で、自分の考えを伝えた時、日向楓(ひゅうが かえで)も、小早川静(こばや
かわ しずか)も、高塚友春(たかつか ともはる)も日野暁生(ひの あきお)も、沢木日和(さわき ひより)も即座に賛成の声を
上げてくれた。
その中で、一番賑やかなことが好きな太朗には、内緒にされていること。それは、今の太朗の立場も関係あった。
「・・・・・そういうわけなんですけど」
一応、自分を含めて7人の合意を受けた真琴は、恋人で、頼りになる相談相手でもある大東組系開成会会長の海藤貴士
(かいどう たかし)に相談をした。
「もう決めたんだろう?」
「相談しなくてごめんなさい。でも・・・・・」
「まあ、お前達が行くと言えば、駄目だと言える相手はいないだろうしな」
苦笑しながらそう言った海藤は、直ぐに自分の部下で、開成会の幹部である倉橋克己(くらはし かつみ)と、綾辻勇蔵(あやつ
じ ゆうぞう)を呼び、真琴の意志を伝えてくれる。
「あら、いいじゃない」
「ええ、私も賛成です」
「でも、結構1人じゃ行動出来ない人達ばかりだものね〜。後3日で準備しないといけないのか」
「・・・・・無理でしょうか?」
ギリギリに言った方が反対されにくいと思ったのだが、同時に言えば、それだけ準備期間も少ないということだ。
真琴が誘った友人達のそれぞれの恋人達はそれなりの地位の者達ばかりで、思い立って直ぐに動くことはどうしても出来ないの
だろう。
そのことに改めて思い当った真琴は不安そうに眉を顰めたが、そんな真琴にモデルのような華やかな美貌を綻ばせた綾辻が、
軽くウインクしながら言い放った。
「私に出来ないことなんて無いわよ?力強い助っ人も引き込んじゃうし」
「え?」
「まあ、マコちゃんは安心して。あ、着物着る?社長も喜ぶかもよ〜、ねえ、社長」
苦笑を浮かべる海藤は何も言わなかったが、真琴は以前海藤が作ってくれた着物を着てもいいかもしれないと、少しだけ考え
てしまった。
そして、1月1日。
元旦の総本家大東組の関東事務所に、何時もより早めに年始の挨拶に向かった海藤が帰宅するのを待ってから、午後1時、
真琴は今回の待ち合わせの場所になっている友春の実家の呉服屋に向かった。
「おめでとうございます」
電話で着く直前に連絡をしたので、車が到着する前から店の前に友春が立っていた。
「おめでとうございます。今年もよろしく」
「こちらこそ」
正月はどうしても改まった口調になってしまい、真琴は友春と視線を合わせて思わず笑みを浮かべてしまった。
「俺達が一番?」
「ううん、さっき日向君が来たよ」
「そっか・・・・・」
「な、何?」
「やっぱり、家が呉服店をしてるからかなあ、友春の着物姿、凄く板についてる」
休みの日はよく家業を手伝っていると言っていたが、こうして和装姿を見るとその言葉が嘘では無いことがよく分かる。所作も、
流れるようにスムーズで、真琴は今日着物を着てこなくて良かったとホッと安堵した。
「おめでとー、楓君」
「おめでとうございます、マコさん」
にこやかに笑みながら真琴が応接間に入ってきた時、楓は変わらぬ笑顔に思わず笑みを返した。
高校を卒業し、大学生になってから、楓は自分の夢にまい進していて、あまり遊ぶ機会もなかった。しかし、このメンツは気取らず
に自我を出せるので会いたいと思っていたし、忘れずに誘ってくれたのが嬉しかった。
「あれ?伊崎さんは?」
「恭祐は他の出迎え。ほら、インケンインテリが来るでしょう?《休日に私を呼び出すなんて、いったいお前達は何を考えているん
だ》・・・・・って」
「はは、似てる、似てる」
わざと難しい表情をしながらもの真似をしてみせると、誰のことを言っているのか直ぐに分かってくれた真琴はおかしそうに笑って
くれる。
そして、ひとしきり笑った真琴は、それでと楓に聞いてきた。
「どう?学校」
「周りは煩いけど、慣れました」
「楓君は美人だもんねえ」
他の人間から言われたらムッとするような容姿への賛美も、真琴が言えば気恥ずかしいが嬉しく感じてしまう。自分に対して変
な欲望など持っていない、本当に純粋な好意を抱いて言ってくれているということが分かるからだ。
「あ」
その時、急に廊下が騒がしくなる。今日、自分の他に誰が来るのかは聞いていた楓は、次は誰が来るのだろうと考えながら視
線を向けた。
「おめでとうございます」
静は部屋の中にいた真琴と楓に向かってにっこりと笑みを向けた。
「おめでとう、静」
「おめでとうございます」
「誘ってくれてありがとう。初詣は大勢の方が楽しいもんね。ねえ、江坂さん」
自分の後ろにいた恋人、大東組理事、江坂凌二(えさか りょうじ)を振り返ると、江坂は中の2人を見て眉を顰めながら淡々と
言う。
「休日に私を呼び出すなんて、いったいお前達は何を考えているんだ」
「あっ!」
その途端、真琴と楓が顔を合わせて笑い始めた。
いったい、どこに笑いのツボがあったのか分からない静と江坂は、ただ2人の笑いが収まるのを待つしかなかったが・・・・・やがて、
まだ少し笑いの余韻を引きずったままの真琴が、江坂に向かってすみませんと言った。
「江坂さん、本当はまだ忙しいんでしょう?すみません、急に静を引っ張りだしちゃって」
「・・・・・もう承知したことだ」
(江坂さんったら)
どうやら、江坂は真琴に対しては強く出れないようで、表情は変わらないものの口調には怒りは無く、そう言って作られていた席
に腰を下した。
大きな組織の中でも重要な役割を持っている江坂は、確かに本来はまだ本部という場所にいて挨拶を受けなければならない立
場らしいが、常日頃の功労を労ってくれる意味でも、途中で帰ることを許してくれたらしい。
静も久しぶりに皆で集まることが出来て、何だか嬉しくて頬から笑みが消えなかった。
「・・・・・いいのかな、俺が来ても」
「ここまで来て何を言っているんだ」
不安そうに呟く日和の言葉に、弐織組(にしきぐみ)系東京紅陣会(とうきょうこうじんかい)若頭、秋月甲斐(あきづき かい)
は呆れたように言った。
本来、全く組織の違う自分こそこの場にいてもいいのかどうか悩む所だが、誘われたのは日和で、その日和をあの集団の中に1
人で放り込むのが不安だったし、日和自身も望んだので、自分は恋人としてここにいるのだ。
(まさか、こんな時にヘタな争い事は無いだろう)
下っ端ならばともかく、相手は皆それなりの地位にいる者達ばかりだ。
それに、日和を誘ってくれた者達は日和に好意を持ってくれていることは感じているので、嫌な思いをすることはないだろう。
(まあ、顔繋ぎにはいい機会だしな)
日本でも最大級の組織大東組の、皆名だたる組長達だ。近づいていて損は無いと冷静な判断もあって、秋月は少しだけ歩
みの遅くなった日和の背中をそっと押した。
羽生会の幹部、楢崎久司(ならざき ひさし)は、車から暁生を下しながら素早く周りに視線を巡らした。
今回、暁生は招待されたとはいえ、自分はあくまでも自分の所属している組織の長を守る立場で同行しているつもりでいた。
しかし・・・・・。
「何を怖い顔をしているんです?そうでなくても厳つい顔なんですから、元旦くらいはにっこり笑ったらいいのに」
「・・・・・すみません」
「謝ることでもないけど」
にっこりと笑いながら自分を見ているのは、同じ羽生会の会計監査である小田切裕(おだぎり ゆたか)。
今回は誘われてはいなかったのだが、初詣の話をどこからか聞いたらしく、自分が率先して手配を整えていた。多少、性格に問
題はあるものの、小田切の仕切りに間違いは無く、任せておいて安心だというのも確かだった。
「今日はお前は暁生君の保護者なんですから、お客さん気分でいないと」
「・・・・・とても無理ですよ」
「苦労性ですねえ」
「・・・・・」
そちらが楽観的なのだという言葉をのみ込み、楢崎は心配そうに自分を見ている暁生に視線を向け、たった今小田切に厳つい
と言われてしまった顔に何とか笑みを貼り付けた。
「ほら、早く挨拶に行け」
暁生を迎えた友春は、どうぞと中へと招き入れた。
「もう、太朗君以外はみんな来てるから」
「えっ、俺、遅れちゃったっ?」
「そんなことないよ、どうぞ」
自分もそれほど社交的ではなく、どちらかと言えば人見知りの激しく、引っ込み思案だと思うが、この暁生も未だに自分達に対し
て随分遠慮をしている。
それが、自分達の後ろにいる人々のせいだろうということは分かるものの、友春は自分に力があるとは思ってもいないので、こ
んな風な態度を取られると返って困ってしまった。
「友春」
「あ、何?」
今日は友春の友人達がたくさん訪れるということで、父も母も、最初に挨拶をした後は奥の部屋に引きさがっていたが、友春の
携帯を持って現れた。
「さっきから何度も鳴っていたぞ」
「電話?」
居間に置きっぱなしにしていた携帯を持ってきてくれた父に礼を言うと、友春は着信の名前を見る。
「・・・・・っ」
見覚えのあるその番号に、友春の心臓がトクンと鳴った。
車から降りた太朗は、ぱっと振り向いて早く早くと大きく手を振った。
「こんな時に事故渋滞に巻き込まれちゃうんだから〜っ。どっちが運が悪いんだよ」
「俺じゃないな」
笑いながら車を降りて自信たっぷりにそう言うのは、太朗の恋人であり、大東組系羽生会の会長である上杉滋郎(うえすぎ じ
ろう)だ。
「何だよ、それって、俺のせいって言いたいわけ?」
「さあなあ。ほら、早く行くぞ」
何だか納得いかないものの、太朗は直ぐに意識を切り替えた。
ここの所、らしくもなく受験勉強に一心に取り組んでいた太朗は、今日が久々の息抜きの時間なのだ。
(ジローさんとだって、久しぶりなのに)
電話やメールは毎日交わしているものの、実際に顔を合わせるのはせいぜい週に2度、それも、近況報告と軽いキスを交わす
ぐらいの時間しかなかったのだ。
それに心を許せる友人達と会うのも楽しみだ。ほとんどが自分よりも年上の相手ばかりだが、皆穏やかで優しくて(例外もいる
が)、太朗にとってはとても居心地の良い空間だった。
「あ、太朗君、おめでとうっ」
「遅いぞ、タロ」
「仕方ないよ、事故渋滞なんだし」
「おめでとう、今日は誘ってくれてありがとう」
「お、おめでとうございます」
顔を見せた途端、方々から飛んできた言葉。そのどれもに応えた太朗は、今日の初詣の発案者であるらしい真琴に向かって
言った。
「遅れてごめんなさい、直ぐに出る?」
「うん。綾辻さんがバスを用意してくれているらしくて」
「じゃあ、みんな一緒なんだ」
せっかく一緒に初詣に行くというのに、それぞれが別々の車に乗っていては意味が無い。そう思っていた太朗は、真琴の言葉に
嬉しくなった。
安心してしまうと、太朗はまだ聞いていなかった行く先を聞いてみる。
「初詣って、明治神宮に?」
「ううん、湯島天神」
「湯島?」
どうして、その場所が選ばれたのだろうかと太朗は首を傾げた。初詣と聞いて、太朗が一番最初に思い当ったのが明治神宮とい
う有名所だったからだ。
しかし、真琴は他の人間を見て苦笑を浮かべている。
そして、真琴の言葉を代弁するように、綺麗な楓が綺麗な眉を顰めながら言った。
「湯島天神は学問の神様の菅原道真を祀っているだろう?神頼みが一番確率がいいだろうお前のために、マコさんがそこに初
詣に行こうって言ってくれたんだよ」
「お、俺のため?」
「受験生のお前は、行って損は無い場所だろう」
太朗だって聞いたことがある、学問の神様の菅原道真と湯島天満宮。いくら都内とはいえ、自分のためにわざわざ初詣にその
場所を選んでくれたのかと思うと、太朗は嬉しくて、それでも照れ臭くて・・・・・珍しく直ぐに言葉が出てこなかった太朗に、楓がか
らかうように声を掛けてくる。
「しっかり、神頼みしろよ、タロ」
「う、煩い!」
楓との何時ものやり取りにこみあげそうになった気持ちが不思議と落ち着いて、太朗はそこにいた全員に向かってぺこりと頭を
下げて礼を言った。
「みんな、ありがとうっ」
(もう、これだけで受かるような気がしてきたよ)
![]()
![]()