太朗と上杉が来て、今回の初詣に行く者達は揃った。友春の家の座敷にずらりと座った男達・・・・・保護者の者達はほとんど
会話も交わさず、座布団に座っている。
 もちろん、この中で一番地位の高い江坂には、それぞれが挨拶をしていたが、一番最後に現れた上杉も、江坂の前に膝を揃
えて正座をすると、頭を下げながら新年の挨拶と今回のことへの謝意を述べた。
 「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
 「・・・・・ああ」
 「今日も、あいつのために時間を割いて頂いて、感謝しています」
 深く、頭を下げることは無かったが、それでも上杉が神妙な態度で挨拶をするのは珍しかったのだろう、江坂はチラッと視線を上
げて鷹揚に頷いた。
 「仕方ない、静さんが楽しみにしているしな」
 「それでも、あなたが動かなければ来れなかった」
 「・・・・・」
 「俺とは正反対の人だなと思っていましたが、恋人を溺愛してるってのは共通しているのかもしれませんね」
 少し笑みを含んだ声で言うと、江坂は眉間に皺を寄せたまま答えない。上杉がそう言ったことを面白くないと感じつつ、それでも
あながち間違ってはいない思いに律儀に否定もしないのだろう。
(ホント、変ったよな、この男も)
 昔はもっと機械のようだったのに、今はその優秀さはさらに増しながらも、確かに温かな血が流れていることが感じられて、そん
な今の江坂を上杉は案外気に入っていた。




 「みなさ〜ん、今からバス移動ですけど、湯島天神の少し手前で降りることになります。こんないい男、可愛い子ちゃんが集団
で移動するんだから、くれぐれもナンパには気をつけてね〜」
 「綾辻さんっ」
 「あら、本当のことじゃない。モテることは悪いことじゃないけど、今回は太朗君の合格祈願兼、初詣なんだから、新年早々の
煩悩は抱かないよ〜に」
 本来、こちらがもっと緊張感を持って対さなければならない地位の者ばかりだというのに、こんなにも軽く言ってもいいものだろう
かと、倉橋は心配で仕方が無い。
 しかし・・・・・。
 「そんなことしませんよ、綾辻さん」
 「第一、俺達モテないし」
 「綾辻さんの方が気をつけた方がいいんじゃないですか?」
 「あ〜、でも、楓君は気を付けた方がいいかも」
 保護者の男達の微妙な緊張感など全く感じていないかのように、年少者達は楽しそうに笑って言った。
 「そーだよ、楓は顔だけはいいんだから」
 「顔も頭も悪いお前には、どっちでも勝ってるけど」
 「楓!」
相変わらず最年少の・・・・・それでも片方は大学生になり、もう片方も受験生なのだが・・・・・太朗と楓は好き勝手に言い合って
いる。ただ、そこには陰険な思いなどは全くないようで、言い合えばそれで終わりといった雰囲気なので、倉橋も安心して見守っ
ていることが出来た。
(それにしても、もっとしっかりしてもらわないと)
 自分1人には手が余ることは分かりきっていたので、倉橋はもっと綾辻にしっかりと自覚を持って行動して欲しい。大勢の護衛
を同時に連れ歩くことが出来ない今回、あの人混みの中で全員の身の安全を図ることは容易いことではなかった。




 バスが来たからと言われ、一同はぞろぞろと外に向かう。
江坂を先頭に次々とバスに乗っていく者達を見ていた友春は、そわそわとしながら家の周りを見た。
 「トモ君?」
 そんな自分に声を掛けてきた綾辻に、友春はもう少しだけ待ってもらえますかと言った。
 「ん?どうしたの?忘れ物?」
 「わ、忘れ物って言うか・・・・・」
 「あ、もしかして」
なぜか、そこまで言ってにんまりと笑って口を閉じてしまった綾辻を、友春は恐々見つめてしまった。なかなか理由を言えない自分
だが、敏い彼には自分が何を待とうとしているのか直ぐに予想が付いてしまったらしい。
 友春は自分の頬が熱くなるのを感じた。あれほど彼のことを怖がっていたはずの自分が、その訪れを待っているなんて知られるこ
とがとても恥ずかしい。
 それでも、もう間もなくここに着くという彼を置いてきぼりには出来なくて、綾辻に向かって頭を下げながら言った。
 「すみません、さっき、もう直ぐ着くって電話があって・・・・・」
 「やあねえ、新年早々トモ君に会いに日本にまで来てくれるんだ。いいわよ、ちゃんと待ってるから」
 「はい」

 『今、日本にいる。もう直ぐ、お前に会えるぞ、トモ』

 何時だって突然で、情熱的に愛を囁いてくる男にどうしても流されがちになってしまうが、それでも本当に嫌ならば拒んでいるは
ずだ。綾辻に、待っていて欲しいと伝える時点で、自分も受け入れている・・・・・友春にはそんな自覚があった。




 それから5分と経たないうちに、白いベンツ1台と黒いベンツが2台、友春の家の前に停まった。
黒いベンツから降りてきた体格の良い外国人が、白いベンツの後部座席のドアを開ける。そこから出てきた男の姿に、江坂は本
当に来たのかと溜め息が漏れた。
 そうでなくても、今ここにいる面子だけでも警備が大変であろうに、その上このイタリアの富豪であると同時に、イタリアマフィアの
首領である男が加わったとなると・・・・・。
(後は、小田切か綾辻がどうにかするだろう)
 警備を自分が考えることは無い。それぞれの役割をそれぞれが完璧にこなせば、何の問題も無く時間は進むはずだ。
 「あ、アレッシオさん来たんだ」
バスの窓から外を覗いていた静が言った。
 「良かったあ」
 「・・・・・どうして、良かったなどと?」
 「だって、友春だけ1人だったら寂しいじゃないですか。やっぱり好きな相手が側にいてくれないと」
 「・・・・・」
(好きな相手、か)
 純粋な静にはそんな風に2人の姿が目に映っているのかもしれないが、江坂の目にはこの2人の関係は不安定で、ちょっとした
切っ掛けで良いようにも悪いようにも変化する気がした。
(それも、私達には関係が無いが)




 新しく迎える時間をどうしても友春と過ごしたくて、自家用ジェットを飛ばして日本にやってきたアレッシオ・ケイ・カッサーノ。
イタリアマフィアの首領でもある自分のもとには、ファミリーの人間の新年の挨拶もひきりなしにあるのだが、それらは全部執事の
香田に任せてきた。
 それでも今回は直ぐに帰国しなければならないので、空港から友春の家に直行し、直ぐにホテルに攫ってその身体を味わうつも
りだったのだが・・・・・。
 「・・・・・トモ、この車は何だ?」
 アレッシオはバスをちらりと見上げながら言う。
 「お〜い、ケイ!明けましておめでとー!今年もよろしく〜!」
バスの中から一際大きな声で声を掛けられて視線を向けると、バスから上半身を乗り出すようにして手を振っている少年がいる。
 「もうっ、早く行かないと、初詣には遅くなっちゃうぞ!」
 「・・・・・いったい、何なんだ?」
状況が全く掴めないアレッシオは、眉を顰めながら唸るように言った。




(こいつ、わざわざトモさんに会いに日本まで来たっていうのか?)
 今の会話を聞けば、そうとしか考えられなかった。たったそれだけのために、イタリアから日本へ来る時間やお金を考えたら、とて
も楓には出来ないことのような気がする。
 そもそも、友春はアレッシオを本当に好きなのかどうか、その様子を見ているだけでは判断は付かなかった。
 「どうしました?」
楓が眉間に皺を寄せているせいか、伊崎が気遣うように声を掛けてくる。そんな伊崎の顔を見上げた楓は、あれというように顎で
アレッシオのいる方を指した。
 「元旦に日本にまで来るなんて信じられない」
 口をとがらせて文句のように言うと、伊崎は苦笑を浮かべて答える。
 「・・・・・会いに来たかったんじゃないですか?」
 「会いに?」
 「自分が唯一、愛している人に」
 「・・・・・」
(相変わらず、メルヘンチックな男なんだから)
 もちろん、こうして傍で見ているだけだったら凄いなと感心するだけだが、伊崎に真っ直ぐに見つめられながらそう言われると、何
だか自分に対してそう言われているようで照れ臭い。
 「馬鹿じゃないの」
二ヤけてしまいそうな顔になるのを必死で誤魔化しながら、楓は友春とアレッシオの姿を視界から外した。




 今度こそ全員が揃い、まるでバスガイドのようにマイクを握った綾辻が楽しそうに言った。
 「は〜い、それでは、今日のスケジュールを説明しま〜す。皆さんももうご存知のように、今向かっているのは湯島天神です。タ
ロ君の合格をみんなでお願いしましょうね〜」
 「・・・・・」
 隣に座っている太朗が、自分の腕を掴んできた。上杉が視線を向けると、その顔は恥ずかしそうに赤くなっている。
(なんだ、可愛いじゃねえか)
素直に見せるその表情が可愛らしく、上杉は自分こそが笑ってしまう。
 今回、皆が太朗の大学合格を願ってくれる初詣をしてくれるということは、上杉も来るまで分からなかったが、いくら自分の恋人
が同意をしたとしても、その恋人である男達までも付いてきてくれるとは実際に思わなかった。
 特に江坂など、理由を聞いたとしても断りそうなものだが、こうして今同じバスに乗っているということは、案外太朗のことを気に
入ってくれているのかもしれない。
(これじゃあ、合格しないとなあ、タロ)
 自分が会う時間を減らしてまでも応援しているくらいだ。絶対に大学には合格してもらい、その延長上として大人の付き合いが
出来るようにしたいと思っていた。




 「湯島天神に行った後は、江東区の亀戸天神社、そして、原宿の東郷神社に向かいます。都内だから、移動時間はそれほど
掛からないけど、元旦だから初詣客は結構多いと思うので、それぞれが自己防衛してくださいね〜」
 「どうして、東郷神社なんだろ?」
 綾辻の説明を聞きながら、暁生は思わず呟いた。湯島天神と亀戸天神社は学問の神様だと聞いたことがあったものの、東郷
神社に行く意味が分からなかったからだ。
 「東郷神社は勝利の神様と言われているからな」
 そんな暁生の疑問を即座に晴らしてくれたのは楢崎だ。
 「勝利の神様?」
 「そう。綾辻か、それとも小田切さんの考えかは分からないが・・・・・」
(少し、攻撃的な選択ではあるがな)
 ただ、有名所とはいえ、動けないほどに混んでいるとは言えず、それでも受験にご利益がありそうな場所ばかりを選択している
のはなかなからしいと言える。
 「・・・・・」
 楢崎は暁生を見下ろした。
 「少しは落ち着いたか?」
 「え?」
 「緊張すると言っていたが」
 「あ、うん。みんなの顔を見るとやっぱり楽しいし・・・・・」
側についている人達にはやっぱり緊張するけどと苦笑しながら言う暁生に、楢崎も苦笑を向けるしかなかった。
自分の組織の長はともかく、他の組の組長クラスの人間や、本部の理事を前にして緊張するのは自分も同じだ。ただ、暁生には
おろおろしている自分を見られたく無くて、何とか平静を装っているだけだった。
(新年早々、心臓に悪い)
 何だか今年一年の動向を予想させるなと、楢崎は零れそうになる溜め息を噛み殺した。




(大東組の理事だけではなく、イタリアマフィアも同行、か)
 いったい、どんな三社参りなのだろうと秋月は思う。自分が部外者であるという意識が強いからそう思うのかもしれないが、この
面子が揃った意味を邪推したくなってしまうのだ。
 「どうして東郷神社なんですか?」
 「ん?」
 内心そう思っている自分とは違い、当初は緊張していたはずの日和は既にリラックスをしているように見える。子供は順応が早い
・・・・・そう言ったら、きっと怒るだろう。
 「東郷神社は東郷平八郎を祀っているからな。お前も知っているだろう?」
 「あ〜、その東郷なんだ」
 秋月もこの世界に入る直前、一度だけだがこの神社を訪れた。どうせ人々から忌み嫌われるこの世界に入るのならばトップにま
で勝ち抜きたいと思ったからだ。
その恩恵が今の地位かもしれないと、改めて考えれば思えるかもしれない。
(受験、ね)
 そう言えば、日和もそうだ。
ただ、もう推薦で進学は決まっているらしく、太朗のようにこれからが勝負の人間とは立場が違うかもしれないが。
(・・・・・お守り、買っておくか)
 この先、まだ多くの勉強をしなければならない日和のために、少しでも出来ることはしてやりたかった。




(やはり、カッサーノ氏も来たか)
 小田切の目からすれば小奇麗に整った容貌の、それでいて少し気が小さいというか・・・・・大人し過ぎる友春に不思議なほど
の執着を持って、頻繁に来日してくるアレッシオが簡単には理解出来なかった。
 もちろん、自分が友春を抱くということが考えられないので、そこに何か・・・・・アレッシオが友春を離さない理由があるかもしれな
いと思ってもいたが。

 「裕さんっ、すみません!」

 今年も元旦から仕事がある飼い犬、宗岡哲生(むねおか てつお)は、身体をこれでもかというほど折り曲げて謝ってきたが、小
田切には毎年のことなので寂しいと思うことも無い。
 「小田切さん」
 「何です?」
 今回の初詣の仕切り役である綾辻に声を掛けられて振り向くと、彼は悪戯っぽい笑みを向けてきて小声で言った。
 「ワンちゃんがいなくて寂しいでしょう?
自身は恋人である倉橋と一緒にいるために余裕を持ってそう言っているのかもしれないが、いくら良い飲み友達だとしても小田切
にタブーは無く・・・・・。
 「何なら、倉橋さんに慰めてもらっても良いんですか?」
 自分と倉橋ではどちらが攻める側なのかと笑ってみせると、自分の失言に直ぐに気付いた綾辻はごめんなさいと言ってきた。
 「人の気持ちを他人が分かるわけ無いのに。それに、何時もと変わらず楽しそうに見えるし」
 「ふふ、楽しいですよ、凄く」
人間観察ほど面白い物は無い。小田切はそう思いながら、バスの中の恋人達の姿を目を細めて見つめていた。