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大東組系羽生会会長、上杉滋郎(うえすぎ じろう)は、これまでにないほどに悩んでいた。
この世界に飛び込んだ時も、会派を立ち上げた時も、多少悩んだものだったが、どちらかといえば楽しみの方が大きく、実際、大
変なこともあったが、我ながらうまく乗り越えて来たと思う。
しかし、今回のことは・・・・・どうすれば上手くいくのかはまったくもって自信が無かった。
「どうするかな・・・・・」
全ては、自分の責任だと分かっている。大学を合格した恋人に、祝いは色々と贈ったものの、その時の反応が可愛くて、
「しばらく、お前は王様だ。俺が出来ることだったら何でもしてやるぞ」
そう、愛しい恋人に言ってしまった。
もちろん、その言葉を後悔はしていないが、あの幼い、いや、もう大学生になったので幼いとは言い切れないが、恋人の可愛い
願いごとは、可愛い内容の割には酷く大変で。
「海藤と、伊崎、ナラもいいな。だが・・・・・後の2人が問題か」
(どこから攻めるもんかな)
脆くは無い壁を打ち破るためにしなければならないこと。
上杉は少し考えた後、デスクの上の電話を取って内線を掛けた。
「・・・・・はい、分かりました。もちろん上手くやりますよ」
電話を切った羽生会会計監査、小田切裕(おだぎり ゆたか)はこみ上げる笑みを消すことが出来なかった。
「ふふふ、何を言い出すかと思ったら」
面倒な仕事をしないための変な命令は何度も聞いたことがあったが、今回のことほど難しく、成功すれば楽しい命令は聞いたこ
とが無い。
「さて、どうしましょうか」
どこから手をつけようかと改めて考えれば、動かす人間はそれぞれ最小で済む。
「一番遠い人から説得しましょうかね」
そう言った小田切は自分の携帯電話を取り出した。
「あら、楽しそう!・・・・・ええ、もちろん協力させてもらいます。私も呼んでもらえるんでしょう?・・・・・ふふ、じゃあ、また後で」
鼻歌を歌うほどに上機嫌に携帯を切った大東組系開成会幹部の綾辻勇蔵(あやつじ ゆうぞう)は、さてとと直ぐにパソコンを打
ち込んだ。
「あれだけの人数だし、警備のことも考えるとどこがいいかしらねえ。でも、考えたら私、行ったことないかも」
(直ぐに大人の遊びを覚えちゃったし)
「克己にはギリギリまで秘密にして〜、あ、マコちゃんには連絡しないと」
小田切と自分が絡めば失敗はあり得ない。特に、こんな楽しい遊びには情熱を注いでしまうしなと、綾辻は画面に現れたもの
に思わず笑みを浮かべる。
「折角だから、何か楽しい企画でも考えてあげないと」
多分小田切にSOSをしたのは上杉だろうが、きっと後でしなければ良かったと後悔するだろう。どんな表情になるのか楽しみに
なりながら、綾辻はどんどんと画面を移動した。
「うん、聞いたっ?びっくりしたよ!え?・・・・・うん、最初は凄く渋ったけど、俺と真琴が説得したら最後は頷いてくれたよ。優しい
人だしね。・・・・・海藤さんと上杉さん、それに楢崎さんは小田切さんが説得してくれたみたい。後は・・・・・うん、彼だけ」
「あのなあっ、決まってから連絡するなよなっ。大体、俺はもう子供じゃないんだし、そんなとこ行って喜ぶはずないだろっ。あ〜、
煩い!喚くなよ、タロッ!気はすすまないけど、仲間外れにはされたくないし、恭祐は引きずってでも連れて行く!」
「びっくりしたよ、昨日ケイから電話が来て、来週日本に来るって!太朗君が電話したみたい。何を言われたのかは話してくれ
なかったけど、ちゃんと行くから安心するようにって」
「話したら、ちゃんと江坂さんは分かってくれたよ。俺が言わなくても、静の言葉でほとんど決まっていたようなものだし。でも、あ
の人はどう連絡取るのか分からないんだ。何だか、違う組織の人みたいだし・・・・・でも、みんな集まって欲しいよね」
「お、俺なんか行ってもいいのか・・・・・。え、ええ、小田切さんがそう言ってくれたから、楢崎(ならざき)さんもいいって言ってくれ
たけど・・・・・緊張しちゃう・・・・・」
「綾辻さんから。うん、ありがとう、誘ってくれて。秋月(あきづき)さんには俺から伝えたから。はは、驚いてたよ?どうして自分が
とか、あんなとこにとか。でも、俺は久し振りだから凄く楽しみ」
「えー?何て言ったかって?そんなの、遊びに行くから来れないかって。そんなことで国際電話掛けるなって怒られちゃったけど
さ、日本にいないから国際電話になっちゃうんだよな〜。でも、あんまり怒鳴られなかったけど」
「全部、手筈は整いましたか?」
【ええ、一緒に行く方が楽しいと思って、前と同じサロンバスを用意させたわ。集合は羽生会の事務所にしたけれど】
「構いませんよ。今回はこちらが発案者ですし」
【でも、まさかカッサーノ氏もOK出すなんてね。トモ君が言えば大丈夫かなとは思ったけど、タロ君さすがねえ】
「本当に、うちの会長よりも凄いですよ。携帯番号を知っているとは思っていましたが、躊躇わずに掛けて、あのマフィアのボス
を説得するなんで、さすが未来の公務員」
【え?】
「ふふ、何でもありません。全てが整ったことを会長に知らせます。来週水曜日、楽しみにしていますよ」
【こっちこそ。楽しい1日になりそうね】
電話を切った小田切は、そのまま上杉の部屋に向かい、ドアをノックした。
「失礼します」
「どうした?」
今回の難解な問題を解決する代わりにと、小田切は上杉にかなりの仕事の処理を任せていた。本人も悪いと思ったのか、ちゃん
と真面目にしているようだ。
「先日の件ですが、全て準備は整いました」
「・・・・・」
その言葉に上杉は顔を上げる。
「もういいのか?」
「ええ」
上杉に問題を出されたのは2日前。それがもう解決したとあっては、本当に終わったのかと疑われても仕方が無いかもしれない。
しかし、小田切にすれば、任せられたことを普通にこなせばこれくらいの時間になったというだけだ。
「カッサーノは?」
「太朗君が説得してくれました」
「タロが?」
さすがに思い掛けなかった人物の名に、上杉の目がつり上がる。
この反応も予想済みの小田切は、良い恋人を持ちましたねと笑った。
「頭の回転も速いし、度胸もいい。それ以上に、性格も良いとあっては、あなたに掴まったことが可哀想に思ってしまいますよ」
「あいつが俺を選んだんだよ」
「ええ、知ってますよ」
それが、大人のずるさを十分発揮してのことだったと、傍にいた小田切は一部始終を見ていた。だからこそ、そんな風に思ったの
だが・・・・・これ以上言って拗ねさせてしまい、仕事を放棄されても困ると、小田切は話題を変える。
「江坂理事の方は、西原君と小早川君が説得してくれました」
それは上杉も想像出来たのか、鷹揚に頷いて笑った。
「まあ、あの人は恋人だけには甘い人だからな。だが、海藤のトコのあの子、江坂理事は気に入ってるのか?」
「雰囲気が似ているからじゃないですか?西原君も小早川君も、ああいう張りつめた雰囲気を柔らかくする抜けた所があるんで
しょう」
ここに江坂や海藤がいないから言えるセリフ・・・・・ではない。元々、小田切は他人に機微に敏いのとは裏腹に、こうして人の悪
い冗談を言うのが好きなのだ。
「・・・・・お前、それを理事の前で言うなよ」
「あなたと違ってTPOはわきまえていますから。とにかく、時間は希望通り来週水曜日。午前9時にここに集合です」
「分かった。ご苦労だったな」
「感謝して下さるなら、特別奨励金でも下さい」
「あー、考慮する」
言質は取った。
羽生会の全ての金の流れを管理している小田切は既に頭の中でその金額を計算しながら、久し振りに楽しい時間を過ごせるだ
ろうということにも笑みを漏らしていた。
【えっと、ケイ、俺、太朗です。早速なんですけど、俺達今度みんなで遊びに行くつもりで、友春さんが1人じゃ寂しいと思うんで
す。ちらっとでもいいから、日本に来ること出来ませんか?あ、ついでに本場のチーズも買ってきてくれると嬉しいんですけど】
「お前、そんなこと言ったのか?」
今日のことが決まってから昨日まで、小田切にこき使われていた上杉は愛しい恋人、苑江太朗(そのえ たろう)と電話しか出
来なかった。
そのせいで、高塚友春(たかつか ともはる)の恋人で、イタリアマフィアの首領、アレッシオ・ケイ・カッサーノと太朗がどんな会話
をしたのか聞けずじまいだったが・・・・・約束当日の朝、家にまで迎えに行った時、車の中でその経過を聞いた上杉はさすがに呆
れたように太朗を見てしまった。
(いや、電話の内容っていうより、大体電話を掛けられること自体凄いことなんだが)
太朗が無理矢理アレッシオに携帯の番号を聞いたことは覚えていたが、そこに本当に自ら電話を掛けるとは。
マフィアの首領であると同時に、かなりの資産家でもあるアレッシオの携帯番号はかなりの希少価値で、知っているだけでも男に
とって特別な存在であるということだが・・・・・。
「全く、お前には負けるな」
「だってさ、ジローさんが俺の無理なお願いを聞いてくれるんだし、それなら自分でも出来るだけのことはしたいって思って」
「タロ」
「・・・・・本当は、ジローさんも嫌だっただろ?・・・・・いいの?」
当日になってそう言う太朗に、上杉はぷっとふき出した。アレッシオをわざわざイタリアから呼び寄せておいて、今更計画は無し
ということは出来ない。
「バ〜カ、お前が望んでいることをしてやるって俺が言ったんだ。今日はお前は王様でいいんだよ」
「・・・・・王様?」
「きっと、お前の友達もそう思ってる。精一杯我が儘言え」
俺が通してやると言えば、太朗の満面の笑顔と、大好きという言葉がサービスでついてきた。
運転中でなければキスでもしてもらえたのになと思っていると、信号待ちで頬に柔らかい感触を感じて・・・・・以心伝心だなとます
ます楽しくなって笑ってしまった。
太朗と上杉が事務所に着き、それから30分後に一番最初にやってきたのは開成会会長、海藤貴士(かいどう たかし)と、そ
の恋人である西原真琴(にしはら まこと)だった。
「太朗君!」
車から降りてきた真琴は、出迎えた太朗を抱きしめた。
「おめでとう!」
「へへ、ありがとうございます」
実は、祝いの言葉は既に貰っていたが、こうして身体ごと祝福をしてもらうと嬉しくて仕方が無い。
やはり、少しだけ自分よりも目線の高い真琴を見て、それから太朗はゆっくりと近付いてきた海藤に向かってペコっと頭を下げた。
「今日は無理言ってすみません」
「いや・・・・・おめでとう」
何時もはあまり表情の変わらない海藤のことを気難しい人だと思っていたが、少し目元を緩めるだけで随分と雰囲気が優しく変
わった。
(こうやって見ると、海藤さんって綺麗な顔をしてるよな)
女っぽいわけではないが、そう表現するのが一番合うなと思いながら、太朗はありがとうございますともう一度頭を下げる。
「私達もお邪魔するわね〜」
「すみません、押し掛けてしまって」
そう言ったのは、海藤の部下である綾辻と倉橋克己(くらはし かつみ)だ。綾辻はともかく、倉橋はとてもこれから行く所に望ん
で同行するようには思えないが、きっと海藤についていなければならないからだろう。
(悪いことしちゃったな)
にこにこ、本当に楽しそうな綾辻と、心なしか頬が強張っているような倉橋を交互に見つめながら、太朗は自分の思い付きを少
しだけ申し訳なく思った。
次に姿を現したのは、走ってきた日野暁生(ひの あきお)だ。
「お、遅れてすみませんっ」
「アッキーッ!」
「あ、え、えっと、太朗君、合格おめでとう!」
何時もどこか遠慮がちな暁生だが、今日は直ぐに太朗に駆け寄ってそう祝いの言葉を告げてくれた。
「ありがと!」
「本当はもっと早く来て準備を手伝おうと思ってたんだけど寝坊しちゃって・・・・・あっ、楢崎さん!」
嬉しそうに表情が緩むのは仕方が無い。羽生会の幹部である楢崎久司(ならざき ひさし)は暁生の恋人であるのだ。
「遅かったな、暁生」
「昨日眠れなくって、寝坊しちゃって。手伝えなくてごめんなさいっ」
「お前が手伝うことは無い。間に会って良かった」
そう言いながら暁生の頭を撫でる楢崎の顔は優しくて、何だかラブラブだなと羨ましくも思えてしまった。
次に現れたのは、連れ立った二組。
大東組の理事である江坂凌二(えさか りょうじ)と恋人の小早川静に、アレッシオと友春だ。どうやら、江坂達がホテルに宿泊し
ていたアレッシオを迎えに行き、そのままここにやってきたらしい。
「おめでとう、太朗君」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
ここでも、静と友春から祝いの言葉を送られた太朗は上機嫌だ。頑張った成果を皆に認めてもらったようで、本当に合格して良
かったと思った。
わざわざ来てくれたアレッシオにも礼を言おうと視線を向けると、それに気付いたのかアレッシオは少しだけ目を細めて頷いてく
れる。
(このお礼は、たっぷりのサービスで返すから!)
そして、日向組の若頭である伊崎恭祐(いさき きょうすけ)と日向楓(ひゅうが かえで)がやってきた。
「まったく、お前の考えることは分かんないよ」
顔を合わせる早々そう言った楓に太朗は口を尖らせるが、そんな太朗の額を小突いて楓はふっと笑んだ。
その顔は見惚れるほどに綺麗で、口の悪さを考えると勿体ないような気もするが・・・・・それが無ければ楓ではないなとも思えて、
太朗も笑うしかない。
「いいんだよっ、楽しければ!」
「まあ、確かに」
そんなことを言い合っていると、今回の計画者の1人である小田切が姿を現した。
「これで皆さん揃いましたね」
「あ、待って下さい、ひよがまだ・・・・・」
「秋月さん達は仕事が少しおしたらしくて現地で合流するそうです」
「そっか・・・・・じゃあ、これで出発ですよね?」
「ええ」
笑う小田切に太朗もしっかりと笑みを返し、一同を振り返って思わず叫んでしまった。
「じゃあ、これから富士急ハイランドにいくぞ〜!!」
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三周年記念企画、ヤクザ部屋のコラボです。
今回は揃って遊園地へ。某有名ランドではなく、絶叫マシンもほどほどに揃っている場所をターゲットに。
今回も受けちゃん達の暴走と、旦那様方の過保護ぶりを楽しんでください。