(・・・・・以前も見たような光景だな)
 豪奢なサロンバスに向き合って座って。
何時もは自分の傍を離れない愛しい恋人は、今日は同世代の友人達と楽しそうに話している。
そんな姿を見ているのは微笑ましいと思うものの、どこか面白くない気もして、江坂は黙ったまま出されたコーヒーを口にしていた。
(全く、どういう考えになったら遊園地に行こうと思うんだろうか)
 別に、これがあの煩い少年だけが行くというのなら構わないが、そこに自分と静を巻き込むから話がややこしくなっている。

 「お願い、江坂さんっ。太朗君の合格を皆で祝うのに、俺だけ参加しないなんて寂しいです」
 「お願いします、江坂さん。お仕事が大変なのは分かりますが、静と一緒に来てもらえませんか?」

静と、真琴。外見は似ていないものの、持っている雰囲気は同じように穏やかで優しい2人の懇願をむげに却下することは出来ず
に、渋々ながらもこうしてやって来てしまった。
 「・・・・・あなたも、よくOK出しましたね」
 江坂は自分の隣に座っているアレッシオに話し掛ける。自分以上に遊園地という場所の似合わない男。いや、そもそもイタリア
からそのためだけに日本に来るとは、普通ならば信じられないことだった。
 「恋人が傍にいるお前には分からないかもしれないがな」




 確かに、距離が離れているせいで、アレッシオは友春のことが気になって仕方が無い。
ガードと称して付けている者達の毎日の報告を聞きながら、それでも手を伸ばしても触れることの出来ない存在に焦がれている。
ただ、今回はそれだけではなかった。

 【えっと、ケイ、俺、太朗です。早速なんですけど、俺達今度みんなで遊びに行くつもりで、友春さんが1人じゃ寂しいと思うんで
す。ちらっとでもいいから、日本に来ること出来ませんか?あ、ついでに本場のチーズも買ってきてくれると嬉しいんですけど】

 友春の年下の友人である太朗が進学したことは聞いていた。何度も会ったことがあるし、歳に見合わない幼い少年は、とても印
象に残っている。
 友春に会いたいがために日本に行くことはもちろん大きな理由になるが、今回はそれと同時にあの少年に祝いの言葉を伝えたい
と思ってここまで来た。
(私も、少しは変わったのかもしれない)
 自らの利益にならないものには指先さえも動かさなかった自分が、日本のたった1人の少年のために自家用ジェットを飛ばして来
ている。
馬鹿なことをしていると思うものの、アレッシオはそんな自分が嫌いではなかった。




 「ええっ?じゃあ、アッキー、本当の恋人同士になったんだっ?」
 「・・・・・っ」
 いきなりバスの中に響いた声に、倉橋と警備のことで話していた楢崎は思わずうっと動きを止めてしまった。
 「え、えっと・・・・・」
 「確か、前はまだだって言ってたよね?」
友春が興味津々に問えば、
 「だから言ったでしょ?ああいうタイプって思慮深いんだって。顔がいい男ほど何も考えずに手を出すのっ」
恭祐は別だけどと楓が言っている。
 「太朗君、知らなかった?」
 「だ、だって、そんなこと聞くのも変だし・・・・・ってか、ジローさんも教えてくれればいいのに〜っ!」
 「・・・・・」
(本当に黙っていたのか)
 太朗の言葉に、楢崎は内心驚いていた。
楢崎が恋人である暁生と本当の意味で結ばれたのは3月。ほんの数週間前の出来事だったが、その時に協力してもらった上杉
と小田切には直ぐにバレてしまっていた。
 てっきり、上杉は太朗に伝えていると思ったが・・・・・さすがに部下のプライベートなことは言わないという理性はあるのだなと嬉
しく思ったが。
 「・・・・・あ、忘れてた」
 「・・・・・」
 ぽつりと聞こえてきた上杉の呟きに、やっぱりなという気持ちが湧きあがる。
(ただ単に、忙しかっただけか)
故意ではなく、本当に偶然、今まで太朗に言う機会が無かっただけかと分かり、楢崎は今分かったことが良いのか悪いのか考え
たが、チラッと見えた暁生の横顔があまりに嬉しそうだったので口を挟むのは止めることにした。




 本当に幸せそうに笑う暁生に、真琴も人事ながら嬉しいと思ってしまう。
海藤よりも年上の楢崎はその分慎重で、思慮深い性格のように見えたので、これだけ時間を掛けたことも2人にとっては結果的に
良かったのではないかとも思えた。
(でも、何だかおかしい)
 ここにいる友人皆が、恋人が男であるというのもおかしい。
もちろん、確率的には稀なのだろうが、揃いも揃って同性、それも、ヤクザという特殊な生業を持つ人とは・・・・・もしかしたら自分
達はどこかで似ているのだろうか。
 「・・・・・」
 真琴はチラッと海藤に視線を向ける。
(けど、やっぱり、海藤さんが一番だなあ)
容姿に関してはそれぞれの好みもあるだろうが、自分が改めて誰を恋人に選ぶのかと聞かれたとしても、きっとまた、迷わずに海
藤を選ぶと思った。自分にとっては、海藤が一番なのだ。
 「どうしたの?」
 「え?」
 顔を覗き込むようにして見てくる静に、真琴は今自分が考えていたことがバレてしまったのではないかと思って顔が赤くなってし
まった。
 「な、何でもないよ」
 「そう?」
 「う、うん。それより、太朗君っ、今回どうして遊園地に行こうと思ったわけ?」
 静の意識を変えるためと、自分でも疑問に思ったことを太朗に聞くと、太朗はう〜んと首を傾げた。
 「出来ないかもしれないことを頼もうかなあって」
 「で?」
 「ジローさん、たいてい俺の頼みごとを聞いてくれるんですよね。今回は大学を合格したお祝いってのもあって、どんなことでも聞
いてやるって言われて・・・・・。嬉しいんだけど、何だか子供に向かって言ってるように思えちゃって、思わず言っちゃったんです。
遊園地なら、絶対に行けないっていうかもって」
 「太朗君・・・・・」
太朗は自分の思いをどう言葉にしようかと考えながら話していたが、真琴もその気持ちは何となくだが分かるような気がした。
真琴にとっては海藤も恋人であると同時にかなり大人で、事あるごとに甘やかされていると思う。
 子供の考えることなど何でも叶えられるんだぞと言われているわけではないのだが、そんな思惑も追いつかないことも考えてい
るのだよと、少しだけ脅かしたいと思う気持ちがどこかにあった。
 今回、太朗は遊園地に行きたいと、上杉が絶対に頷きそうでないことを頼んで、思いがけなくその願いが叶おうとした時、他の
友人達も巻き込んでしまおうと考えたのではないか。
(やっぱり、可愛いな、太朗君)
 上杉の愛情の確かめ方が本当に太朗らしい。そして、そのおかげで今回自分も、遊園地と海藤という、非常にアンバランスで、
それでいて微笑ましいシチュエーションを過ごせることになったのだ。
(太朗君に感謝しないとな)




 「変なことばっか考えるな、お前は」
 この歳で遊園地なんて、楓は想像もしたことが無い。いや、幼い頃から大人の中で育ってきた楓は、あまり子供らしい遊びをした
いとは思わなかった。
 「じゃあ、なんで楓は来たんだよ」
 「富士急ハイランドって聞いたから」
 「は?」
 「あそこって、絶叫マシン多いだろ?怖がって乗りたくないっていう奴が出るんじゃないかな〜って」
 それが、何時も自分を鼻であしらう上杉だったら面白い。すました江坂が高所恐怖症だったら面白いし、お化け屋敷に入ったア
レッシオが青褪める姿も見てみたい。
 「オプションが楽しみなのっ」
 「なんだよ、結局楓も楽しみにしてるんじゃんっ」
 「だから〜っ、俺はお前とは意味が違うって」
 太朗と話すとどうしても喧嘩腰になってしまうが、けして太朗を嫌いでそう言っているわけではなく、一番話しやすいのでつい口調
が乱暴になってしまうのだ。
他の者達が自分より年上なので少し甘えるというか、遠慮もあって、余計に太朗にきつい物言いになってしまうのかもしれない。
 「とにかくっ、ふつーのデートだったら許さないからな、タロ!」




 「とにかくっ、ふつーのデートだったら許さないからな、タロ!」
 「・・・・・」
(デ、デート・・・・・)
 楓の言った言葉に、暁生は酷く動揺してしまった。
楢崎が旅行に連れ出してくれ、そこで数年越しに抱いてもらい・・・・・本当の意味での恋人同士になってから、実はまだあまり時
間が経っていない。
 もちろん、あれから何度も楢崎と顔を合わせる機会があったが、そのたびにドキドキとしてしまい、変に動揺して顔が見れないこと
が多かった。
 そんな自分を楢崎がどういうふうに見ているのか。

 「そう、怯えるな。俺も歳だし、がっつくことは無いぞ」

数日前、楢崎は苦笑しながらそう言い、伸ばした手を引っ込めてしまった。あの手に頭を撫でられるのを嬉しく思っているのに、変
に遠慮をされてしまうと、自分もどんなふうに接していいのか迷ってしまう。
(エッチする前は、バンバン迫ることが出来たのになあ)
 だから、今日誘って貰った時は驚いたし、嬉しかった。また改めて楢崎と話すことが出来るいい切っ掛けだと思ったが、他の者達
はこれをデートだと言っている。それならば、自分と楢崎もそう思われているのだろうか?
 「・・・・・だったら・・・・・嬉しいけど」




 幸せそうなのに、少し陰りが見える暁生のことが気になるが、友春は何と声を掛けていいのか分からない。
自分が恋愛というものに未熟だと十分分かっているし、先程から横顔に向けられる視線にも気を削がれてしまい、思考が散漫に
なっているという自覚はあった。

 【ターロに招待をされた。日本に行くぞ、トモ】
 【ケイに電話したら、OKだって!】

 静から今回の話を聞いた時、友春はアレッシオを誘うなどということを考えもしなかった。彼はイタリアにいて、簡単に誘って来れ
るという距離ではないのだ。
 他の友人達は恋人と一緒なのだろうと思えば少し寂しい気もしたが、それでも納得していたのに・・・・・。
(太朗君の言うことはきくんだな)
明るく、素直な太朗のことは友春も大好きだ。友人と呼ばれる立場になって嬉しいと思っていたし、事あるごとに大勢で集まるとい
うのも楽しい。
 それでも、自分しか見ていないのではないかと思うようなアレッシオの気持ちを動かすなんて、何だか胸がモヤモヤとしてしまう。
(や、やだな、妬きもちみたいで)




 「でも、こうして皆が集まるのはやっぱりいいよね。今回は太朗君のお祝いっていう意味もあるし、本当に楽しくなりそう」
 静は心からそう思っていた。
普段は友人との付き合いもどこか気にしている様子な江坂だが、このメンバーだと自分も参加することが多いせいか案外許容範
囲が広い。
 江坂に束縛されることは嫌だとは思わないが、本当に大切だと思う友人達との付き合いは認めて欲しいと思う。
 「遊園地なんて、小学校の遠足以来」
 「あ、俺は高校の時友達と行ったけど」
 「僕は中学かな」
 「あ、俺もっ」
 「俺は、去年!」
 「タロのは参考にならないって」
こんな風に、賑やかに話すのがとても楽しいと、きっと江坂も分かってくれているのだろう。
(それに、絶叫マシンに乗った江坂さんの反応も見たいし)
その時も、何時もと同じように冷静なのかなと、静は密かに楽しみにしていた。




 これだけのメンバーが揃ったのだ。
太朗は一同を見まわしてから、来い来いと手招きをする。それにつられるように一同が頭を寄せると、真ん中に陣取ってあのさと切
り出した。
 「俺、凄いこと考えてるんだけど」
 「凄いこと?」
 「なに?それ」
 「へへ、現地でのお楽しみ」
 リュックの中に入れているものを想像すると、何だか笑いがこみ上げてくる。もちろん、それを実行するにはここにいる年長の友人
達の協力が必要なのだが、きっとみんな面白がって協力してくれるだろう。
(せっかくなんだもんな)
何時もとは少しだけ違うことがしたいではないか。
 「・・・・・」
太朗はアドバイスをくれた小田切に視線を向けると、偶然こちらを見た小田切と目が合って笑われてしまった。




 「何か、考えてるんでしょ?」
 太朗と目配せし合っている小田切に気付いた綾辻がそう声を掛けると、小田切は相変わらず読めない笑顔を向けてきた。
 「さあ、どうでしょう?」
 「まさか、私は引っ掛けないでしょうね?」
 「楽しいことは全員参加がいいと思いますけど」
 「あなたも?」
 「私はオブザーバーですよ」
なんだか、体よく逃げられた気がする。今回のことでは2人して色々と考えたが、彼ならばそんな自分を裏切るような、いや、騙す
ようなことを考えるのはありえるだろう。
(用心しておいた方がいいかしら)
 ある程度のことはその場の状況によって逃げられる自分とは違い、真面目な倉橋は予想外の出来事に関しては弱い。
そんな彼を守るのは自分の役目ではあるが、今回のような同業者の前で表立って動いてしまっては、それこそ倉橋の面目がたた
ないだろう。
 面倒なことにならなかったらいいがと思う反面、その状況を面白く思うかもしれない自分もいて、綾辻はこんな時でも自分の楽天
的な性格は変わらないのだなと苦笑が漏れてしまった。






                                          





ただいまバスの中。

次回は遊園地に到着です。