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バスの中でも会話は止まらなかった。
夕食を一緒にという話も出たが、それぞれの恋人が・・・・・それは数人だが、今日の所はこのまま帰宅すると断言し、それならまた
日を改めてということになった。
こんな風に集まる機会を増やせば、それだけ恋人の許可を得ることは容易くなるし、難しいと言われたらそれこそこっそり自分達
だけで会おうかという話を年少者達がしているのを・・・・・もちろん、その恋人達は気付いている。
ただ、こんな所で絶対に駄目だということは大人げないと思うので黙っているだけだった。
それに、恋人に弱い自分達はきっと、お願いと頼まれたならばきっとその願いごとを聞いてしまうだろう。それがたとえ己の嫉妬心を
刺激することだとしても。
都内の羽生会事務所前にバスが着いた時、太朗は盛大な溜め息をつきながら言った。
「あー、本当に帰ってきちゃったあ〜」
そんな太朗を見て静が笑う。
「早かったね」
それに答えるように真琴が言って、
「正月以来だし、話すことは色々あるし」
友春がしみじみと呟いた。
「もっと会えたらいいんだけど」
そう思っているのは残りの者達も同じだ。
「今度も誘ってくれる?」
日和の懇願に、
「そんなの、当たり前。な?」
楓が暁生の肩を叩いた。
「う、うん」
性格の違いや恋人の地位の違いがあったとしても自分達には垣根は無いと、それは7人共通の思いだった。
せっかくこうして知り合え、今までも楽しい時間を過ごすことが出来たのだ。もっともっと、関係を親密にしたいとそれぞれが思ってい
た。
もちろん、それは嫉妬深い恋人達には内緒だが。
「じゃあね!」
車の中から大きく手を振って、相手の姿が小さくなるまで視線を離さなかった日和は、やがて後部座席に座り直すとはあと深い
溜め息をついた。
「疲れたのか?」
そんな日和を見ながら秋月が声を掛けると、日和は首を傾げて少し違うかなと答えた。もちろん、朝から遊んで身体は多少疲れ
ているものの、それよりも感じているのは寂しさだ。
「またしばらく会えないなあって」
「・・・・・随分気に入っているようだな」
「だって・・・・・」
(秋月さんとこうして一緒にいても不思議に思われないし)
揃いも揃って恋人がヤクザという友人達は、相手が男だということに表面上は何のこだわりもないように見える。もちろん、外に出
ればそれが特別な関係だという意識はあるのだろうが、気負わない関係というのは心地良い。
「今度も誘われたら会っていいんですよね?」
「・・・・・」
そう言えば、秋月の眉根が少し寄せられたが、少ししてああという返事が返ってきた。
秋月は日和が友人達と会うことを心から喜んでいる風には見えないものの、それでも頭ごなしに反対しないのは日和がこの時間
を本当に楽しんだことを分かってくれているからだろう。
「ありがとうございます」
「・・・・・」
「もちろん、秋月さんも一緒ですよ?」
付け足すように言えば、秋月は日和を見下ろして当たり前だと返してくる。しかし、その口元が少しだけ綻んだ様子を見て取った
日和は、自分も何だか嬉しくなって思わずふふっと笑ってしまった。
また電話をするからと約束をし、楓は伊崎と共に車に乗り込んだ。
「あー、面白かった」
満足そうな笑みを浮かべる楓に、伊崎も穏やかに笑みながら訊ねる。
「遊園地が、ですか?」
「それもあるけど、こうして恭祐とこんな場所にこれたことが。ずっと小さい頃に一度だけあっただろ?」
「・・・・・ああ、そうでしたね」
もちろん、場所はここではなく、もっと規模の小さい遊園地もどきであったが、小学校低学年の楓は満面の笑みを浮かべて楽しん
でいた。
しかし、一瞬伊崎の目が離れた時に不審な男に声を掛けられてしまい、大泣きをして・・・・・もちろん事無きをえて、男も警察
ではなく日向組の人間で半殺しのめに遭わせたが、それ以来、楓は学校の遠足や修学旅行は欠席をすることになってしまった。
ヤクザの組としての力は大きくなかったものの、その生まれ持った美貌のせいで行動を制限される。楓本人は幼いながらそのこと
を理解して我が儘は言わなかったが、周りの者は不憫で仕方が無いと感じていた。
だからこそ、伊崎は楓が望むことを何でも叶えてやりたいと思ってしまうのだ。
幼い頃は抵抗も出来なかったが、楓も今は知恵も付き、逃げる術も心得ているし、周りも自分を含め、力を持つようになった。
「今度は楓さんが誘って差し上げたらどうです?」
「・・・・・タロが言わないのに・・・・・来てくれるか?」
「もちろんですよ。皆さん、楓さんの大切な友人でしょう?」
「・・・・・そうだな」
繕わなくても、素の自分を見せても好意を向けてくれるし、喧嘩も出来る相手。そんな相手を得た楓を一緒に喜んでやりたい
と思うからこそ、伊崎はこういった集まりに参加する楓を止めることはない。もちろん、多少の嫉妬はするが。
「次はディズニーランドでも行こうかな。上杉にミッキーの帽子被せて」
想像したのか、クスクス笑う楓は本当に可愛い。
伊崎は心の中で上杉に謝罪しながらも、きっと自分はまた楓を止めないだろうなと思っていた。
「ホテルに」
車に乗るなり部下にそう命令するアレッシオは、少し驚いたように自分を見つめる友春の肩を抱き寄せた。
「今日は十分トモに付き合った。今度は私の番だ」
「ケイ・・・・・」
友春が嫌だと言うわけがないと思っているし、もちろん許すつもりは無い。
「いいな」
それでも、一応言葉で確認を取るのは、友春からOKの言葉を聞きたいからだ。求めているのが自分だけではないと、友春も一
緒なのだと、普段の距離が離れているだけに、アレッシオも確認を取りたくなる。
「トモ」
「・・・・・はい」
友春は頷いた。
「きょ、今日は外泊するって、言ってます」
続けて、既に家を出る時からそのつもりだったのだという言葉に、アレッシオの頬には笑みが浮かんだ。
ここまで来るのは本当に長く、アレッシオ自身諦めるつもりは無かったが、苛立つ時も多かった。それでも諦めきれない深い想いが
今こうして友春には通じているのだと思うと嬉しくて仕方が無い。
「・・・・・ケイ、今日は楽しくなかったですか?」
「いや、思ったよりは有意義だった。イタリアは移動遊園地が多くて、あんな大きな乗り物はなかなか無い。ただ、トモと一緒にい
る時間が少なかったのは不満だがな」
「そ、そうなんですか」
「トモが楽しかったのならばシチリアに作るか」
「え・・・・・ええっ?」
「その時には、煩いターロも呼んでやろう」
「ケ、ケイ、本気なんですか?」
「・・・・・さあな」
軽い冗談で言ったつもりだが、口に出せばとても良いアイデアのように思う。アレッシオは戸惑う友春の肩を抱く手の力を強くし、
珍しく声を上げて笑った。
先に帰ることを許された楢崎は、暁生を送るために夜の街を歩いていた。
本当は車も用意させていたのだが、もう少し一緒にいたいという暁生の可愛い願いに、それならばと車を置いてきたのだ。
「どうだった?」
「すっごく楽しかった!」
言葉以上に輝く顔を見て、楢崎はそうかと目を細める。こんなにも喜んでくれたのなら、自分も年甲斐も無く乗り物に乗った甲
斐があったものだ。
せっかく身体も繋げたというのに忙しい自分のせいで、暁生とゆっくりと会う時間が取れていなかった。寂しい思いをさせていると
思っていただけに、今回誘ってくれた太朗には感謝したい。
「悪いな」
「え?」
「もっと一緒にいる時間を作ればいいんだが・・・・・」
「そ、そんなことない!俺は、こうして一緒に歩くだけでも嬉しいし、電話で話すだけでもいいしっ。楢崎さんが忙しい人だってこと
は始めから知っていたんだから、全然気にしないで下さい!」
「・・・・・」
物分りの良い恋人だ。しかし、そう言うくせに、別れる時は何時も寂しそうな顔をしていることに自身は気づいていないのだろう。
若い恋人との距離をどう取っていいのか未だ手探りの状態だったが、それでもこの手を離そうとは全く考えなかった。
「・・・・・」
「・・・・・!な、楢崎さん?」
突然手を繋いできた楢崎の横顔を暁生が驚いたように見上げてくる。夕方、まだ明るい時間で、通り掛る者の数も多く、現に
自分達を見てギョッとした表情もされたが、楢崎は全く気にしなかった。
「いいだろ、恋人同士なんだし」
仲の良い親子と見られるかもしれないが、楢崎の中では自分達は恋人だという意識は崩れない。
そんな楢崎の気持ちが通じたのか、握っていた暁生の手からも握り返され・・・・・2人は黙ったまま暁生のアパートに向かって歩き
続きた。
車に乗り込むと自然に息をついてしまう。
そんな己を見て、隣に座る静が笑った。
「今日はお疲れ様でした、江坂さん」
「疲れてなどいませんよ?静さんと一緒だったんですし」
「でも、江坂さんは毎日遅くまで仕事をしているし、今日だって無理に時間を作ってくれて、こうして俺の遊びに付き合ってもらっ
て・・・・・」
「静さん」
「本当は、江坂さんにはゆっくり休んでもらった方がいいのは分かってるけど、俺が一緒にいたくて・・・・・引っ張ってきて、本当にご
めんなさい」
静はそう言うが、それは絶対に違う。確かに今回無理に休みを作ったが、それは静のためではなく自分のためだ。自分のいないと
ころで静が誰かと一緒にいるのは許せなくて、笑顔を見せたくなくて、こうして付いてきた。
「謝ることはありません、私も楽しかった」
「え?」
「静さんと、こうして日中出歩くことは少ないですしね」
出掛けるといえば夜が多く、考えたらこんなことは本当に珍しい。
(それも、遊園地とはな)
今時、小学生までくらいしか喜ばないのではないかと思ったが、今日集まった者はかなり楽しんでいたと客観的に見えた。その中に
はもちろん静も含まれる。
今後も喜んで付き合ってやれるかといえば直ぐに答えは出てこないが、取りあえずはしばらくこんな出来事はないだろうと、江坂は
笑みを浮かべながら自分を見上げている静の唇にキスを落とした。
「・・・・・っ」
「私はあなたといられるのならば何をしてもいいと思えるほどに馬鹿な男なんですよ」
「・・・・・江坂さんは馬鹿じゃないですよ?」
「あなたのことに関しては、です」
重ねて言えば、静は笑った。仕方ないと、寛大な彼は江坂の独占欲を容認してくれたらしい。さらに、
「じゃあ、俺も馬鹿かも。江坂さんといられるのならどこでもいいし、楽しいから」
そう続けて言った静の言葉に、江坂は珍しく瞠目した後、照れ隠しに苦笑してしまった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるということはこういうことだろう。
己の隣で、真琴はそれぞれ恋人と共に帰っていく友人達と手を振っていたが、その眼差しはとても寂しそうに見えた。
車に乗った時も、真琴はずっと窓の外を見ている。羽生会の事務所前で皆を見送っている太朗を見ているのだろう。
「真琴」
「・・・・・これで最後じゃないんですけど。一度にみんなが集まることって少ないし、何だか寂しさも大きくて」
「そうだな」
確かに、2人、3人ずつなどでは会うことも多いようだが、一度にこれだけ集まるのは年に数えられるくらいだ。
特に、秋月の恋人とは、秋月が自分達とは属している組織が違うのでなかなか会う機会は無い。幾らヤクザである自分達とは関
係ない次元の話だとしても、秋月がそれを簡単に許さないのかもしれない。
(独占欲が強そうだからな)
それは、自分にも言えることだが。
「海藤さん」
「ん?」
「俺ね、思ったんです。今日は海藤さん以外の人と話すことも多くて、普段怖そうな人も優しいんだなってことも分かったんですけ
ど・・・・・俺、やっぱり海藤さんがいいなって」
「真琴」
「海藤さんが、一番カッコイイ」
少しだけ恥ずかしそうに俯きながらも、言葉ははっきりと言いきった。
愛する者にそんな可愛いことを言われ、海藤も嬉しくないはずがない。そして、海藤自身、真琴が思っていたようなことを感じてい
た。
真琴以外の相手と共に過ごした時、皆一様に言葉数の少ない自分ともにこやかに会話してくれたし、恐れる様子も無かった。
それぞれの恋人が海藤と同じ世界に生きているから当然かもしれないが、そこには本人達の性格ももちろんあるに違いない。
だが、どんなに好感を持ったとしても、海藤にとって一番なのはやはり真琴で・・・・・いや、順位をつけることもおかしいのかもしれ
ない。海藤にとっては真琴は唯一の存在なのだから。
「俺にも、お前が一番可愛く思える」
だから、海藤の口からは自然とそんな言葉が出た。たちまち顔を赤くする真琴の髪をかき撫で、海藤はさらに続けた。
「お互い様でいいんじゃないか」
「な、なんだか、バカップルみたい」
「バカップル?」
「・・・・・でも、いっか」
呟くように言った真琴の顔には既に寂しさは消えている。
どうやらあの友人達には勝ったようだと子供っぽいことを思いながら、海藤は自分達の家に戻る間ずっと真琴の肩を抱いていた。
「もうっ、合格!!」
「ん?」
「今回のジローさんの仕事!俺、すっごく楽しかったし、大満足!!本当にありがとう!!」
「なんだ、偉く素直じゃねえか」
つい今しがたまで帰っていく友人達を寂しそうに見送っていたと思うのに、振り返った途端自分に抱きつきながら言った太朗の変
わり身に笑いが漏れる。しかし、こんなふうに感情豊かなのが太朗だ。
「楽しかったのなら良かった。俺も、滅多に出来ない経験をしたしな」
「お化け屋敷で泣いた?」
ワクワクとした様子で訊ねてくる太朗の髪をクシャッと撫でる。
「お前じゃないって」
「俺だって、泣いてない!」
「はは、まあそうしておくか」
太朗が言うまでも無く、上杉が側で見ていても太朗は楽しそうで、今日という日を存分に楽しんでいた。
恋人同士をシャッフルすると言ったり、ヤクザをジェットコースターを乗せたりと、本当に太朗の考えていることは突拍子も無くて面白
い。
(だから、何時まで経っても飽きないんだな)
今回は太朗の合格祝いという名目だったが、子供達にとっては一様に楽しい時間だっただろうし、自分達大人にとっても案外、
気晴らしになったのではないだろうか。
「もっと、我が儘言ってもいいんだぞ?」
合格祝いという名目は今しかないので、普段はあまり甘えない太朗にここぞとばかりもっと何かしてやりたいのだが、歳の離れた
恋人は首を横に振ってきっぱりと言った。
「もう十分だって」
「欲がないな、お前は」
「ジローさんはサービスが良過ぎなんだって。本当はこういうのは程々がいいんだよ。今回は俺も甘えすぎちゃったけど、これからは
大学生になるんだし、もっと対等になれるように頑張るから」
「・・・・・」
早く大人になって欲しいと思うが、それ以上に、まだ子供であって欲しいと思うのは自分の我が儘なのだろうか。
太朗の言葉を自嘲するように笑いながら聞く上杉に、やはり太朗は太朗らしいことを言ってくれた。
「これからはジローさんだって俺に甘えていいんだぞ?」
「俺が・・・・・お前に?」
「ちゃんと、甘えさせてあげるからさ」
弟みたいにと悪戯っぽく笑う太朗を見ていると、上杉の胸の中がじわじわと温かいものに支配される。太朗なら、この図体の大き
い捻くれた自分も、ちゃんと甘やかしてくれそうだ。
「・・・・・じゃあ、今夜から早速甘えさせてもらうか」
「おう!」
上杉は太朗のように純粋なばかりではない。その言葉を盾に今夜どんな風にベッドで啼かせようかと考えて言ったのだが、素直
な太朗は普通の意味で取ったらしく自信満々に頷いている。
(さて、何をしてもらうかな)
太朗が泣いて出来ないと言うまで、徹底的に甘えてやろう。そう思いながら上杉は太朗の肩を抱き寄せ、自分達も帰路に付くこ
とにした。
「送って行きましょうか?」
皆の姿が消えた時、綾辻は側にいる小田切にそう声を掛けた。
「ありがとうございます。ですが、もう迎えが来ているようなので」
そう言う小田切の視線を追えば、少し離れた所に大型バイクが停まっていた。
「忠犬」
「今日はせっかくの非番なのに遊んでやれなかったので。今からたっぷり相手をしてやらないと」
小田切が言うと普通の言葉も淫靡に聞こえるが、多分その意味は想像したとおりだろう。綾辻もふっと笑い、隣に立つ倉橋の
肩を強引に抱き寄せる。
「今日は見せ付けちゃってごめんなさいね」
「あ、綾辻さんっ」
焦ったように倉橋は拘束から逃れようとするが、もちろん離してやる気は無い。
「今夜の刺激的な時間に貢献出来ていればいいんですけどね」
「それは十分」
「そうですか、それでは」
にっこりと笑みを返してきた小田切の細い背中がバイクの方へと向かっていく。
「綾辻さん、私もそろそろ・・・・・」
「克己はうちに直行」
「え」
「当たり前じゃない。お仕置きは続行中よ」
「お、お仕置きって、あのっ」
まだ明るいので、倉橋も騒ぐに騒げないようだ。そんな彼の性格を十分知っている綾辻は悠々とその腕を掴んで車へと向かう。
「綾辻さんっ」
「大丈夫よ。そんなに泣かさないから」
「!」
それが、多少は泣かすことになると言っているのだと、敏い倉橋はきっと気づいているはずだ。ビクビクとしながらそれでも自分につい
てくる倉橋の視線を横顔に感じながら、綾辻はようやく今から恋人同士の時間を過ごすことになると笑みが零れた。
その夜のことは、それぞれの恋人達だけの秘密だ。
end
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これにて終了。それぞれの甘い時間は妄想してください(笑)。
ここまでお付き合いありがとうございました。