SUPER BOY



プロローグ








 「こんにちわ〜〜!!」
 午後3時過ぎ、厳つい男達が集う事務所に響く場違いな元気な声。
すると、普段は笑い顔もないのではと思われるような男達が、いっせいにぎこちない笑みを浮かべながら飛び込んできた少年を
出迎えた。
 「こんにちは」
 「いらっしゃい」
 「こんにちは!ジローさんいますかっ?」
 「会長は丁度今・・・・・」
 入口に一番近い男が答えようとした時、別の扉から秀麗な容貌の男が顔を出し、そこにいる少年を見て目を細めて言った。
 「いらっしゃい、太朗君。会長は上にいらっしゃいますよ。たった今私が頭が痛いことを忠言したばかりだから、君が顔を見せる
と喜ぶはずですよ」
本人が聞けば怒りそうなことを飄々と言う綺麗な顔の男の言葉に、少年は笑いながら頷いた。



 苑江太朗(そのえ たろう)はこの春高校2年生に進学したばかりの少年だ。
身体は小柄ながら元気一杯で、学校ではみんなに可愛がられているマスコット的な存在だった。
その年頃にしてはまだ精神的に幼く、女の子と付き合うよりは男友達と遊んだり、家のペット達と遊んでいる方がはるかに楽し
いと思っているぐらいだ。

 しかし、そんな太朗には人には言えない秘密があった。それは・・・・・恋人が出来たということだ。
普通なら友達にも自慢が出来るはずなのだが、太朗の恋人は少し、普通とは違っていた。
上杉滋郎(うえすぎ じろう)・・・・・そう、それは太朗と同じ男、同性の恋人だからだ。
同性の恋人。それだけでも結構大変なことなのだが、上杉の肩書きはさらに秘密を要するものだった。

 上杉滋郎・・・・・この少し古めかしい名前をした男の肩書きは、最大指定暴力団大東組系羽生会の会長だ。
35歳の会派の会長と言うのは若い方だが、大東組は生き残る為に年功序列というよりも実力を重んじているらしいのだが、
太朗はそんな詳しい事情などは全く分からない。
出会った時、太朗は上杉の正体を全く知らなかった。騙していたわけではないだろうが、上杉も故意に自分の事を言わなかっ
たのかもと思う。
 上杉の強引なアタックもあったが、太朗は意地悪だが優しくて、子供っぽいが大人な上杉のことが好きになって、好きになっ
たら男同士ということも、ヤクザだということも全く関係がなくなった。
そして今現在、少し恥ずかしいが2人はラブラブの恋人同士だった。



 「ジローさん!!」
 ビルの3階にある会長室に形ばかりのノックをした太朗は、中から返事がある前にドアを大きく開けて飛び込んだ。
 「おう」
大きな椅子に(太朗の目からしたら)ふんぞり返っていたこの部屋の一番偉い男・・・・・上杉は、子供のように飛び込んできた
太朗を見て笑った。
 「どうした、いいことがあったか?」
 「分かるっ?俺、身長3センチも伸びたんだ!」
 「3センチ?1ヶ月でか?」
 「1年だよ!高校に入学した時から!」
 上杉だけではなく、学校の友人達からもチビだチビだと言われ続けている太朗にとって、1センチは10センチにも思えるほど
大きなものだった。
 「1年で3センチなら、後何年経ったらジローさんに追いつくかな」
とても自分では追いつかないだろうと思っていた上杉に少し近付いた気がして、太朗はウキウキと嬉しそうに笑っている。
その太朗に、上杉は唇の端を上げて笑った。
 「俺も、伸びたんだけどな」
 「え?何が?」
 「身長。去年の検査より1センチ伸びてた」
 「うそ〜〜っ?」
 「ホント」
 「そんなの、何時まで経っても追いつかないじゃん!!」
 「だな」
 「何時までおっきくなる気なんだよ〜!」



(ちっせえ方が可愛いだろうが)
 叫ぶ太朗を、上杉は楽しそうに見つめる。思った通りの反応が、思った以上に可愛かった。
怒ることが分かるのに、こうしてからかってしまうからしょっちゅう怒られるのだが、これ程鮮やかな反応を見せてくれる太朗の方が
悪いと上杉は思っている。
大体、子供は煩くて面倒だから嫌いなのだが、太朗だけは初対面の時から別だった。
飛び抜けて美しい容姿をしているというわけでも、天才的な頭脳を持つわけでも、ましてや家が金持ちだからというわけでもな
い。
ごく普通の高校生・・・・・いや、こうしてヤクザの組の会長である上杉と普通に話せること自体、普通ではないのかもしれない
が・・・・・それが上杉にとっては新鮮で、信じられないほど早く惹かれていった。
 身も心も手に入れた今、上杉はもう太朗を離すつもりはない。もしもこの先、太朗が上杉との関係に悩んで別れようと思っ
たとしても、その身体を縛り付けてでも手放さない。
 「太朗君、ケーキ食べます?」
 そんな2人の時間を堪能していた上杉の耳に、悪魔の声が再び入ってきた。
 「・・・・・俺のは?」
手際よく用意されるケーキと紅茶は、なぜか太朗の前と、それを持ってきた主・・・・・羽生会の会計監査役であり、上杉の補
佐役の実質No.2の小田切裕(おだぎり ゆたか)の前にしか置かれていない。
 「あなたはまだ仕事が残ってるでしょう?」
 「・・・・・」
 「なに、ジローさん仕事中だった?」
 邪魔しちゃったかと慌てた太朗に、上杉ではなく小田切が優しく笑いながら言った。
 「ここ何日か後回しにしていたものが残ってるんですよ。面倒臭がって放っておいた自分が悪いんですから、太朗君は気にせ
ず私とここでお茶をしましょう」
 「こ、ここでいいんですか?」
さすがに上杉に悪いと思った太朗が、ケーキと上杉と小田切の顔を交互に見つめて言う。
もちろんと、小田切は頷いた。
 「そうですよね、会長」
 「・・・・・」
 「早くしないと、このままタイムリミットですよ」
 まだ高校生の太朗はそうそう遅くまで道草をすることは出来ず、その上2人の関係を黙認している太朗の母佐緒里の目もあ
る。
 「・・・・・分かったって」
大事な太朗との貴重な時間をこれ以上小田切に渡すわけも行かず、上杉は溜め息を付いて面倒臭いと放り出していた数字
だらけの書類に仕方なく手を伸ばした。