SUPER BOY
1
「よし、積んだな?」
「オッケー!!」
助手席に乗った太朗がシートベルトをしたのを確認して(法令順守というより、太朗の身の安全の為の意味合いが大きいが)
上杉は滑らかに車を発進させた。
「この車いいよね、自転車も積めるし」
「いいとこはそれだけか?」
「座席も高いから眺めもいいよ」
思い切り利用面での利点を言い、外見には全く拘っていなさそうな太朗に上杉は苦笑を零した。
それまでは外車のスポーツカーが気に入っていた上杉の信念を呆気なく曲げた太朗の一言。
「え〜、だってジローさんの車、俺の自転車のらないじゃん」
事務所に遊びに来てもなかなか送らせないで帰る理由を問いただした時、太朗は口を尖らせながらそう言った。
上杉からプレゼントした自転車を、大事に、そして実用的に活用している太朗は、登校時には必ずこの愛車を使っているらし
い。
上杉にしてみれば気に入ってくれたのは嬉しいが、そのせいで(帰り時間を計算して)早々にさよならをするのは面白くなかった。
その為、上杉は自転車をのせる事が出来る四駆を買ったのだ。
太朗にわざわざ買ったと言えば怒られることは確実なので、知り合いがいらなくなった車を譲ってもらったと言ったが、見る者が
見れば車が新車だというのは分かるだろうし、そもそも上杉が誰かが乗ったお古に太朗を乗せるはずがない。
太朗が少年にしてはこういったものに興味がないことを、上杉はホッとした反面残念だと少し思っていた。
「そうだ、タロ、お前明後日の土曜暇か?」
「あさって?どうして?」
「仲間内の変わったパーティーに呼ばれてるんだよ」
「パーティー・・・・・」
呟きながら情けない顔をした太朗に、何を考えているのかは直ぐに分かった。
「堅苦しいものじゃないって。仮装パーティーだそうだ」
「か、仮装?そんなの日本でやってるんだ?」
「ありがちだろ?一応顔だけ出して直ぐ帰るつもりだったんだが、お前が来るなら遊んでもいいしな」
誘ってきたのは、上杉の裏の顔を知っているがヤクザ関係ではない人間だ。
上杉が羽生会を立ち上げる前に知り合った遊び仲間で、今はイベント会社を経営していた。
その相手を気に入っていた上杉は、自分の名前を出さないようにイベント会社の株も買ってやっているし、また別の知り合いを
客として紹介もしてやっている。
それに感謝しているその相手は、毎年自社の創設記念パーティーには上杉を呼んでいるのだ。
(今まで女を連れて行ってたことは口止めさせとかないとな)
パーティーに1人で参加するのは面白くないと、上杉は女を同伴させていた。もちろん、毎年違う女だ。
それに、そのパーティーにはモデルや新人タレントが来ることもあり、見目が良く、向こうから誘ってくればそのまま同伴の女を放っ
てしまうか、3人でという大人の遊びもしてきた。
とても太朗には言えないが。
今回太朗を誘おうと思ったのは、特別ゲストでタレント犬が来るというのを聞いたからだ。
テレビにも出るその犬を太朗が可愛いと何度も言っていたことを思い出し、せっかくの機会だから会わせてやりたいと思った。
(当日まで内緒にするがな)
「どうする?タロ」
(パーティーか・・・・・)
太朗の頭の中には、赤い仮面を付けた髪がモジャモジャの女達が、羽根の扇子を持って『オホホ』と笑っている光景が浮かん
でいた。
多分それは、数日前にテレビであった古い外国映画の記憶があるのかも知れないが。
(俺も、オホホってしなくちゃいけないのか・・・・・?)
仮装=仮面としか繋がらなくて、とても自分はそんな恥ずかしい格好は出来ないと思う。
「・・・・・俺、いいよ」
てっきり喜ぶとでも思っていたのか、上杉は意外そうに聞き返してきた。
「どうして?美味い物もたくさんあるぞ?」
「だって・・・・・俺、女装なんかとても出来ないって」
「女装?」
「だって、仮装パーティーなんだろ?すっごいドレス着て、カツラ被ってオホホって・・・・・」
そこまで説明した途端、上杉は急に車を止めてしまった。
「じ、ジローさん?」
「あっはっはっ!」
危ないじゃないかと文句を言おうとした太朗は、突然ハンドルに突っ伏して笑い始めてしまった上杉に、どうしたのだろうかと困
惑してしまった。
(女装!女装か・・・・・!)
さすがにそれは考えていなかった。
上杉は別に太朗が女だったらと思ったことは無かったし、そもそも今回はそんなつもりは無かった。
ただ、太朗にとっては仮装と言えば女装という頭があったらしい。
(可愛いかもしれないが・・・・・くっ)
「ちょっと、ジローさん、どうしたんだよ?俺変なこと言った?」
「い・・・・・や、言ってない」
「嘘だ!声笑ってる!」
叫ぶ太朗の声に剣呑な響きがこもり始めた。
これ以上笑い続けていれば太朗の機嫌が斜めになり、キスさえもさせてくれなくなってしまうかもしれない。
せめて送ったお駄賃分は堪能したいと、上杉は何とか笑いを収めながら口を開いた。
「いや・・・・・あのな、仮装ってのは別に女装だけじゃなくって・・・・・例えば、ドラキュラとか、熊の着ぐるみとか、何でも有りな
んだよ」
「何でもいいの?」
「ああ、お前に似合いそうなものはこっちで用意してやるから、お前は身体一つで来たらいい」
「・・・・・女装は嫌だ」
「分かってるって」
「どうせなら、笑えるものの方がいいかも」
「任しとけ」
太朗の言葉が既に出席することを前提としていることに気付き、上杉は楽しそうに口元を緩めた。
結局子供だましのキスしかさせてくれなかった太朗を送った後、上杉は事務所にユーターンした。
まだ午後7時前、中にはほとんどの者が残っていたが、たった1人、既に帰ろうとしていた人物がいた。
「おい、上司がまだ残ってるっていうのにお帰りか?」
「その上司は途中で抜け出して楽しいことをされたようですから、私も帰って可愛いペットと遊ぼうかと」
にっこり笑って言い返す小田切の言葉は既に決定事項で、上杉も今更引きとめようとは思わなかった。むしろ小田切にネチネ
チ言われないで仕事をした方が効率が良さそうだ。
ただ、もう時間が無いのでこれだけは言っておかなければならない。
「明後日の日浦のパーティー、タロも連れて行くぞ」
「太朗君も?」
意外だったのか、部屋を出掛かった小田切の足が止まった。
「で、太朗が似合いそうな仮装、用意しておいてくれ」
「太朗君の仮装・・・・・楽しそうですね」
何を思い浮かべたのか、小田切が艶やかな笑みを浮かべる。
普通の人間ならば見惚れるほどに綺麗な笑みだが、小田切の本質を知っている者からすればそれは悪魔の微笑といってもい
いものだった。
「・・・・・変なものにするなよ?」
「可愛いものを用意しますよ」
「・・・・・」
「ふふ、楽しみですねえ」
「・・・・・頼む」
(まあ・・・・・そんなに趣味の悪いことはしないだろうが)
少しだけ、小田切に相談したのは間違いだったかと思いながらも、上杉は明後日のデートを楽しむことに意識を切り替えた。
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