SUPER BOY



28








 太朗も、それほどにバカではない。
あんなことがあって1人で久世に会うことは頷かなかったが、会わないということも言えなかった。
そこで条件として、上杉の同行も申し出たが、久世はあっさりと太朗のその条件も飲んだ。
(いったい何の用なんだろ・・・・・)
 太朗が連絡をすると、上杉は笑いながら、

 「よく気がついたな、偉い」

と、なぜか褒めてくれた。1人で会わないと言ったことを褒めてくれたらしいのだが、それくらいで褒められても少し面白くない気も
した・・・・・が、とにかくもう一度久世と再び会うことを約束した太朗は、その時間、自らが指定した場所へと、番犬のジローを
連れて向かった。



 指定したのは、いつも上杉と待ち合わせる公園だった。
上杉と久世、どちらの組にも行くのは変なような気がしたし、かといってホテルのような密室はなんとなく嫌な感じで、結局は自
分のテリトリーを選んでしまったのだ。
 「あ!」
 すでに、そこには上杉が来ていた。
何時も太朗より少し遅れて(それも計算したかのように)現れる上杉だが、今日は笑いながら太朗を迎えてくれた。
 「ジ、ジローさん、ごめん、俺」
 「いいって。気になることは終わらせちまった方がいい。中途半端にしてお前がいつまでもあいつを気にする方が嫌だしな」
 「・・・・・」
(俺・・・・・コイビトらしくないことしてるのかな・・・・・)
自分と上杉は付き合っている。
それなのに、自分を欲しいと言った久世に、性懲りもなく会おうとしている。
自分の行動が間違いではないと信じたいが、太朗は少しだけここにいる自分を後悔していた。



 「・・・・・来た」
 車の音を聞いて上杉は視線を向けた。
いったい、久世が何を思って太朗を呼び出したのかは分からない。あれほどきっぱりと太朗に拒絶され、放心したように自分達
を見送っていた久世の姿を思い浮かべても、彼が何を考えているのかはさすがに上杉にも分からなかった。
危険は、ないと思う。ただ、太朗を傷付ける言葉を言うかもしれない危険はあるので、上杉は慎重に現れる久世を見据えた。
 「悪かった、遅れて」
 「い、いえ」
 湯浅を引き連れて現れた久世の表情は以前と変わらなかった・・・・・いや、以前よりも僅かにだが表情があるように見える。
それは絶望というよりは・・・・・。
(明るい・・・・・?)
 久世は太朗をじっと見た後、直ぐ側にいる上杉へと視線を移してきた。
 「・・・・・先日は、失礼をした」
 「いや」
一応話はついてしまったものを蒸し返す気も無かったので、上杉は軽く返事をして頷く。
その様子を見た久世は、再び太朗へと向き直った。
 「怖い思いをさせて悪かった」
 「い、いいです、もう」
 最初から謝罪をされて、太朗はどうしていいのか分からないのかモゾモゾと手にしたリードを弄んでいる。
久世はようやく太朗の足元にいる犬に視線を向けた。
 「それが、ジローか」
 「う、うん、あれ、俺、ジローのこと話したっけ・・・・・?」
 「話してくれた。楽しそうに、愛おしそうに・・・・・」
 「久世さん?」
 「あの言葉を取り消しに来た。お前を俺のものにするって言う言葉。確かに、お前は俺の腕の中には納まりきらないようだしな」
 「・・・・・」
(タロを諦めるって言うのか?)
 あれほどの激情を見せた久世が、たった数日で本当に心変わりをしたのだろうか・・・・・上杉は注意深く久世の顔を見つめた。
これが自分ならば、たった一度の挫折くらいで諦めることは絶対にない。それが金では買えないかけがえの無い存在ならば尚更
だ。
だが、久世の表情には無理をしている様子はないし、卑屈な様子も見えなかった。
(・・・・・まあ、良かったと思っていいのか・・・・・?)
 「あー、えっと、あの、ごめんなさい、俺・・・・・」
 太朗も何と言っていいのか分からないようで、可哀想に口ごもっている。
 「タロ」
取り合えず今回は本当に謝罪しに来ただけかもしれないと思った上杉は、途惑う太朗の肩を抱き寄せようとした・・・・・が。
 「!」
 「へ?」
その上杉よりも早く太朗の腕を掴んだ久世は、いきなり自分の方へと引き寄せていきなり太朗にキスしてきた。
 「・・・・・っ前!」
 多分、唇にしようとしたのだろうが、上杉がとっさに反対側の太朗の腕を掴んだので、キスは頬にズレたようだ。
しかし、たとえ頬でも太朗の身体に他人が触れたことが許せなくて、上杉はとっさに太朗の身体を自分の背に庇うとそのまま久
世に殴りかかろうとする。
ただ、その拳は直前で湯浅に止められると同時に、腰には太朗がしがみついてきた。
 「喧嘩は駄目だって!ジローさん!!」
 「・・・・・失せろ」
 太朗が止めたから、辛うじて低く唸った。
その恫喝するような声にも久世は全く頓着ぜず、自分の前に立つ湯浅の身体をどけるようにして太朗に視線を向けて言った。
 「お前のものにしてくれ、タロ」



 「お前のものにしてくれ、タロ」
 「・・・・・はぁ?」
 一瞬、何を言われているのか分からなかった太朗は、上杉の腰にしがみついたまま惚けたように久世を見つめた。
それは上杉も同様だったようで、今の今まで太朗が痛いほど感じていた殺気がまるで煙のように消えてしまって、太朗と同じよう
に久世を見つめる。
 「・・・・・どういうことだ?」
 頭の中が混乱してなかなか言葉が出てこなかった太朗に代わり、上杉が用心深く久世を睨みつけながら言う。
すると、久世の頬には初めて見るといってもいい笑みが浮かんだ。
 「タロが手に入らないのはもう分かった。でも、俺は・・・・・初めて欲しいと思ったものを簡単には諦められないんだ」
 「それが、タロのものになるっていうのとどう繋がるんだ?」
 「発想の転換。手に入らないのなら、こっちから飛び込めばいいってこと」
 「・・・・・だ、そうだ、タロ」
 「な、なんだよ、それ、俺、俺にどうしろって〜っ?」



(参った・・・・・結構頭が使えるじゃねえか)
 まさか、久世がこんな方法で太朗に絡んでくるとは思わなかった。
確かに太朗は簡単に他人のものになるような男ではないが、他人に頼られるとどうしてだか甘い対応になってしまう。暴力や権
力には屈しないのに、お願いされることには弱いのだ。
(・・・・・ったく、動物を寄せ付け過ぎだって)
久世を動物に例えるのもおかしな気がするが、どうやら太朗はどんな動物にも好かれてしまう・・・・・それが例え人間でも・・・・・
天性の動物の王子様のようだ。
 「どうする、タロ」
 「ど、どうするって・・・・・どうしよう・・・・・」
 本当にどうしていいのか分からないような困った顔で自分を見上げる太朗は、頭から噛り付きたくなるほどに可愛い。
上杉はにっと笑った。
 「本当に考え付かないのか?」
 「う・・・・・えっと・・・・・」
簡単には降参したくないのか、太朗は口をへの字にして何とか打開策を考え始めているようだ。
その様子に笑った上杉は、チラッと久世に視線を向ける。偶然なのか、久世も上杉の方へ視線を向けていて・・・・・目を細め
て笑った。
(いい顔しやがる)
もしかしたら、将来太朗の視界に入るようになるのかも知れないが、当然上杉も引くことはない。
 「タ〜ロ、浮気するなよ?」
 「うわっ!ちょ、ちょっとっ、人前でヘンなことしないでよ!」
 背中から太朗に抱きつくと、久世や湯浅に見られているのが恥ずかしいのか太朗はワーワー叫びながらジタバタと暴れている。
その身体をしっかりと抱きしめた上杉は、じっと(羨ましそうに)自分達を見つめている久世に向かって尊大に言い放った。
 「こいつの一番は俺なんだよ。永遠の二番でいいなら尻尾を振ってればいいんじゃねえか」



どんな動物にも好かれる動物の王子様。
しかし、皆のものであるその王子様も、自信たっぷりな俺様のものにかわりはないのだ。




                                                                     end