目が覚めたのは、和沙の方が先だった。
 「・・・・・ぁ・・・・・」
うつ伏せに、少し身を丸くした体勢で寝ていた和沙は、そのまま起き上がろうとして・・・・・うっと小さく呻いてしまった。
下半身が痺れて、全く動くことが出来なかったのだ。
(これ・・・・・昨日の、せい?)
 深夜まで続いたセックスが、何時終わったのか和沙は良く分からなかった。
何度も射精して、沢渡の精液も身体の奥深くで受け止めて・・・・・嬉しくて、痛くて、何時の間にかストンと意識を手放し
てしまったのだ。
少しだけ焦ったような沢渡の声が聞こえたような気がしたが、それでも結局和沙は今まで起きなかった。
 「・・・・・」
(綺麗に、なってる・・・・・)
 どちらが吐き出したかも分からないもので下半身が濡れそぼっていたはずなのに、今和沙は風呂上りに着ていたはずのパ
ジャマを身に着けていた。頬に触れるシーツも洗剤の良い香りがするさらっとした感触で、これも替えられたのだろうということ
が分かった。
 身体を綺麗にしてもらい、パジャマを着せられ、シーツまで交換してもらった。
そこまでされたのに全く目が覚めなかった自分が恥ずかしくてたまらないが、それ以上に胸の中を支配するのは、嬉しいという
気持ちだった。
 大好きな人に抱いてもらえて、こんなにも優しく気遣われて。
自分は本当に恵まれていると、和沙は改めて感じてしまう。
 「・・・・・」
 目線を上に上げれば、直ぐ間近に沢渡の寝顔があった。
彼もパジャマを着ていて、まるで寝ている間も放さないと思っているように、その腕は和沙の腰に回されている。
 「・・・・・」
寝乱れた髪。
少しだけ、生えている髭。
無防備なその寝顔は、何時も颯爽としている大人の男というイメージの沢渡とは少し違うものの、それでも和沙の目には十
分にカッコ良く見えた。



 何かが、頬に触れた。
遠慮がちなそれが気になってしまい、沢渡はようやく重いまぶたを開いた。
 「ぁ・・・・・」
直ぐ間近にあった和沙の顔。沢渡が目を覚ましたことに驚いたのか、大きな黒目が更に大きく見開かれた。
そんな子供っぽい表情に少しだけ笑った沢渡は、手を伸ばして頬に掛かった髪をかき上げてやる。
 「おはよう」
 「・・・・・おはよう、ございます」
 自分の少し寝ぼけた声と、和沙の枯れてしまったような声。それがどうしてなのかを十分知っている沢渡は、改めて和沙
の顔を見つめた。
腫れぼったい目元に、赤く色づいた唇。何時もは白い肌も、ほんのりと赤く染まっている。
昨日の和沙とは明らかに違うその変化はあまりにも鮮やかで、沢渡はこのまま和沙を人目に晒してしまうことが心配だった。
(今までも、十分可愛かったんだけどな)
 人に対して臆病で、それでいて何とかしようと一生懸命だった和沙。大人しやかで繊細な容姿も合わさって、可愛いと表
現する者も多かったが、今の和沙にはそれに付け加えて艶やかさが増した。
男を知ったというよりも、誰かを愛して豊かになった心がもたした結果のような気がする。
 「早いね」
 「あ、あの、パジャマ・・・・・」
 「まだ冷えるからさすがに裸はね。俺としては和沙の中にずっと入っていれば熱いくらいだとは思ったけど」
 「・・・・・?」
 「後ろ、きつくない?」
 「・・・・・っ」
 その言葉で、ようやく沢渡が何のことを言ったのか思い当たったらしい和沙は、瞬時に肌を赤く染め、それでも慌てたように
首を横に振って見せた。
 「ぜ、全然大丈夫ですっ」
 「うん、和沙は上手に俺のを飲み込んでくれたしね」
 「さ、沢渡さんっ」
 「ありがとう」
 「さわっ・・・・・え?」
 「俺を、好きになってくれてありがとう」

 夕べ、気を失うように眠りに落ちた和沙を見た時、初体験の相手に無理を強いてしまったと沢渡は焦った。
汚れた身体を洗ってやった時も、赤く腫れてしまったそこを目にして、可哀想なことをしてしまったと後悔もした。
 しかし、その温かく柔らかい身体を抱きしめて眠りに落ちる瞬間、沢渡の心に浮かんだのはありがとうという気持ちだった。
あれ程の痛みや恐怖を乗り越えてまでも自分を受け入れてくれた和沙に対する感謝の気持ち・・・・・。目が覚めた時、や
り過ぎてしまったことを謝る前に、沢渡はその言葉を先ず最初に和沙に伝えようと思ったのだ。

 突然のその言葉に、和沙はしばらく沢渡の顔をじっと見つめていた。
しかし、
(あ・・・・・)
不意に、滑らかな頬に涙が伝ったかと思うと、
 「・・・・・僕も・・・・・嬉しいです・・・・・。僕を、見付けてくれて・・・・・ありがとう、ございます」
 「・・・・・っ」
 その時感じた痛みを何と言っていいだろうか・・・・・沢渡は一瞬何を言っていいのか声にならず、和沙の身体がまだ苦痛
を訴えていることも承知の上で、強く・・・・・強く、抱きしめていた。







 ゆっくりと時間は流れた。
沢渡の前でみっともなく泣いてしまった自分を、ただ抱きしめてくれていた沢渡は、しばらくして起き上がると頬にキスを落とし
て部屋を出て行った。
 和沙の涙が止まった頃、まるでそのタイミングを見ていたかのようにやってきた沢渡は既に服に着替えていて、その手には
簡単な朝食を持ってきてくれていた。
 「こ、ここで?」
 「そう」
 「でも、えっと」
 「今日の和沙は王子様だから」
 笑う沢渡の髪はもうきちんと櫛を通してあって、髭も剃ってしまっている。
何だかそれが少し寂しいと感じてしまったが、和沙はここまで自分を甘やかしてくれる沢渡に、小さく礼を言って受け入れる
ことにした。
きっと、こうしたら沢渡は喜んでくれる、和沙はそう思った。



 「・・・・・」
 小さな唇がゆっくりと動いている。
野菜サンドを両手で持ち、ゆっくりゆっくり食事を進めていく和沙。
まるで小動物のようなその様子が可愛くて抱きしめたくなるが、沢渡はそれを我慢して、自分用にと入れてきたコーヒーを口
にした。
 今は午前10時を過ぎた頃で、少しでも観光をするつもりならばもう出なければならない時間だ。だが、和沙の今の体調
を考えれば、とても歩き回るといったことは出来ないだろう。
学生の和沙とは違い、沢渡には会社があるので、本来ならば夕方には都心に帰った方がいいのは確かだが・・・・・。
(体調がもう少し回復するまで・・・・・)
 「沢渡さん」
 「ん?」
 そこで沢渡は思考を止め、和沙を見た。
 「これ、頂いたら、帰る準備をしましょうか」
 「和沙・・・・・でも、まだきついんだろう?」
 「きつい、ですけど・・・・・」
 「けど?」
 「幸せな痛み、ですから」
 「・・・・・」
(・・・・・驚いた)
まさか、和沙がそんなことを言うとは思わなかった。不意を突かれてしまった自分の方が頬が熱くなっている気がするが、沢
渡は今更その表情を隠そうとは思わない。
 「お前には負けてばっかりだな」
そう言うと、沢渡は無造作に自分の前髪をかき上げた。



 少し休めば多少は動けるようになると思ったが、初セックスのダメージは和沙の想像以上のものだったらしい。
結局全ての後片付けを沢渡に任せることになってしまい、和沙は申し訳なく思いながらたった1日だけ過ごした別荘を振り
返った。
 来た当初はあまりにも立派過ぎて、自分だけが浮いた存在に感じていたが、たった一夜でその印象は変わってしまい、甘
く懐かしいものになってしまった。
(また・・・・・来れたらいいな)
 今度は、自分も少しだけお金を出させてもらおうと思う。社会人の沢渡と学生の自分ではもちろん収入の格差もあるだろ
うが、2人での旅ならば2人共に負担をするのが当然の気がする。
何より自分は女の子ではなく、沢渡と同じ男なのだ。
 「・・・・・ぁ」
(僕・・・・・またって、考えてる)
 こんな風に2人きりの旅行に行けば、また夕べのようなこと・・・・・あの、痛くて恥ずかしくて、それ以上に気が遠くなるほど
の快感を感じ合うセックスをすることになる。
それでもいいと・・・・・自分は思っていた。
 「和沙」
 ドアの鍵を閉めた沢渡が車のドアを開けてくれた。
 「歩ける?」
 「大丈夫です」
何時も以上に心配性になってしまっている沢渡に微笑み掛けると、和沙は助手席に乗り込んだ。
 「シート倒そう」
 「え?」
 「少しでも横になっていた方が身体が楽だろう」
 「・・・・・ありがとうございます」
シートを倒して和沙を横たわらせた沢渡は、運転席に回ってエンジンを掛ける。
車の振動は大きなものではなかったし、出掛ける間際までゆっくりとさせてもらっていたので身体の痛みはかなり楽になってい
た。
 「大丈夫?」
 「はい」
 「・・・・・窓の方じゃなくていいのか?」
 行きとは違い、今和沙は沢渡の方を向いている。
和沙の気持ちを考えてそう言ってくれる沢渡に、和沙は照れてしまったが、それでも小さな声ではっきりと言った。
 「沢渡さん・・・・・見ていたいから」





 「・・・・・」
 和沙は本当に自分を驚かせてくれる。
あんなにも頑なだった身体が甘く解けて自分を全て受け入れてくれたように、臆病で恥ずかしがり屋なのに、こうして大胆
な言葉を告げてくれる。
 「・・・・・全く、和沙には負けてしまうな」
思わずさっきと同じ言葉を言って笑った沢渡に、和沙も小さく笑い返した。




                                                                  end