海藤貴士会長、32歳お誕生日編です。
リクエストをくれた方々、ありがとうございます。
甘々な2人の甘い生活をご覧下さい。










                                                                
準備編






 「一番大切なのはダシだと思いますよ。日本食はもちろん、中華もフランス料理なんかも、スープって要のようですし・・・・・」
 「そうですよね」
 今、海藤の経営するコンサルタント会社の広い会議室では、難しい顔で講義する倉橋と、それを真剣に聞く真琴という
珍しいツーショットがあった。
 1時間ほど前に、突然倉橋の携帯に真琴から連絡が入り、「相談に乗って欲しい」という言葉と近くいにいるからという言
葉に事務所に呼んでみれば・・・・・。

 「海藤さんへのプレゼントに困ってるんです!」
 「・・・・・は?」

 真琴の用件は、何事だろうと身構えていた倉橋にとっては微笑ましいものだった。
1週間後に迫った海藤の誕生日に何を送ったらいいのかというプレゼントの相談だ。
 何しろ海藤の誕生日を知ったのは3日前、切れるパスポートの申請書類を偶然見たからだった。
それから数日、真琴は色々考えたものの全く何も思い浮かばず、時間だけはどんどん過ぎてしまうので、焦ってしまった挙
句、今海藤の一番身近にいて、海藤の事を一番熟知しているだろう倉橋に助けを求めたのだ。
 もちろん、倉橋は喜んで協力すると言ってくれたが、実際にこれというものは倉橋の頭の中にもなかなか浮かんでこない。
(一番欲しいものは手に入れられたからな)
人生の伴侶として、同性ながらこんなにも誰かを大切に慈しんでいる海藤を、倉橋は大学時代に知り合ってから初めて見
ている。
元々そんなに物欲のない海藤は、物はもちろん、人間に対してもあからさまな欲は見せたことがないのだ。
 きっと、海藤という男は、人生の中で大切なものはたった1つあればいいと思っているタイプの人間だろうと倉橋は推測し
ていた。
そんな真琴から貰えるのならば、本当に飴玉1つでも海藤は喜ぶだろう。
(真琴さんは納得しないだろうな)
 海藤にとって自分がどれ程価値があるのか、今だよく分かっていない真琴にとって、ただいるだけでいいと言われても納得
がいかないだろう。
 「・・・・・そういえば、食事は社長が作られているんですよね?」
 「え?あ、はい」
 「では、誕生日には真琴さんが作って差し上げたらいかがですか?」
 「む、無理ですよ!」
 真琴は慌てて頭を横に振る。
 「海藤さん、すっごく、料理上手なんですよっ?お店で出てくるのにも全然負けないくらい!そんな海藤さんに俺が作る不
味いご飯なんか食べさせられませんよ〜」
 「真琴さんはそんなに料理が苦手なんですか?」
 「・・・・・小学生の時、レンジで卵をゆでようとして爆発させちゃったんです・・・・・。その光景がインパクト強過ぎて、それ以
来料理する気起きなくて・・・・・」
 「それは・・・・・大変な経験ですね」
倉橋は何と慰めていいのか分からず、辛うじてそう言った。
 「だから、多分、無理ですよ・・・・・」
 「難しいものを作る必要はないんじゃないんですか?普通の簡単なものでも・・・・・」
 「簡単って、ご飯と、お味噌汁・・・・・とか?」
 「ええ。深く考えることはないんじゃありませんか?一番大切なのはダシだと思いますよ」


 倉橋の講義はこと細かく、ダシの取り方から味噌の合わせ方、白米をふっくら炊く方法など、まるで料理人のように次々
と小技を披露する。
真琴はメモを取りながら、感心したようにそれを聞いていた。
(ばあちゃんみたい・・・・・)
既に亡くなっている祖母が、こんな風に生活の知恵をたくさん知っていたなあと思った真琴は、ふと思いついたように言った。
 「倉橋さん、その日、マンションに来て手伝ってもらえませんか?倉橋さんが来て一緒に作ってくれたら、絶対失敗しない
と思うんですけど」
 いいアイデアだと思ったが、それまで滑らかに話していた倉橋の顔が少し曇った。
珍しく困ったような表情を見せた倉橋に、真琴は無理を言ったかと慌てて言葉を打ち消した。
 「あ、あの、すみません、倉橋さん忙しいのに」
 「・・・・・いえ、お手伝いしたいのは山々なんですが・・・・・」
少し言いよどんだ倉橋は、直ぐに苦笑を浮かべて言った。
 「実は私も料理は駄目なんです」
 「え?だって、こんなに色々知ってるのに・・・・・?」
 「理論だけは。頭の中では三ツ星ホテルのシェフにも負けない自信があるんですが、現実となるとパンを焼くのがやっとなく
らいなんですよ。申し訳ありません」
 「いいえ、それはいいですけど、倉橋さんにも苦手なものがあるんですね」
 真琴の頭の中では倉橋は常にパーフェクトな存在なので、こんな風にふいに綻びを見せられると可愛いと思ってしまう。
じっと真琴の視線を横顔に感じたのか、倉橋はコホンと咳払いをして気を取り直すように言った。
 「代わりに、まあ、少しは出来る人間を行かせますから」
 「え?それって・・・・・」
 「悔しいですが、綾辻は調理師免許を持ってまして、まあ、食べれるものは作れるはずですよ。あくまでも、社長の次です
が」
きっぱりと言い切った倉橋に、真琴は思わず笑ってしまった。



 そして、海藤の誕生日当日ー


 「すみません、わざわざ」
 「いいって、いいって。あら、似合うじゃない」
 「そ、そうですか?」
 真琴は綾辻が持ってきてくれたピンクのエプロンをした自分の姿を見下ろした。
 「・・・・・変じゃないですか?」
 「ぜ〜んぜん。むしろこのマコちゃんを社長に食べてもらいたいくらいよ」
 「あ、綾辻さん!」
綾辻が考えた今日のメニューはカレーライスだ。
誕生日にカレーかと真琴は首を傾げたが、カレーは材料を切って炒めて煮込むだけで、ほとんど失敗がないし、ルーも市
販の物を使って、後少しだけ隠し味を入れればいいらしい。
綾辻は手伝いといっても自分が手を出すつもりはないらしく、真琴が作れるだろう範囲で考えてくれたようだった。
 今も、真琴をからかいながら、ぎこちない手付きでジャガイモの皮を剥く真琴を見ているだけだ。
 「あ、綾辻さん・・・・・」
 「甘えちゃ駄目よ。私が手伝って美味しいカレーを作るより、マコちゃんが全部作った不味いカレーの方が、社長にとって
は美味しいんだから」
 「・・・・・はい」
 「後はサラダと美味しいケーキ。これでバッチリよ」
 「ケーキは大学の女の子の友達に聞いたんです。すっごく美味しいフルーツケーキだって。海藤さん、甘いものあんまり食
べないから、1ホ−ル買うよりもいいかなって」
 「ふふ、その気遣いに愛を感じるわ」
 「・・・・・でも、本当に料理だけでいいのかなあ」
 タマネギを切りながら涙を流す真琴は思わず呟いた。
 「料理って、食べたら無くなるじゃないですか?なんか、形に残るプレゼントした方が良くないですか?」
 「形に残るプレゼント?」
綾辻は少し考えるように目を閉じたが、やがて何かを思いついたのか悪戯っぽく笑いながら真琴の耳元に囁いた。
 「貴士って呼んであげれば?」
 「!なっ、何をっ?」
 「だって、マコちゃんいまだに社長を苗字で呼んでるじゃない?それって私や倉橋と同列ってことでしょう?」
 「そ、そんなことは・・・・・」
 「目上の人だからっていうのはいい訳よ?年上でも年下でも、恋人を名前で呼ぶのは愛情の証だと思うわよ?」
 「・・・・・」
 「だから私も倉橋を克己って呼ぶんだし」
 「・・・・・そうなのかな」
(そう・・・・・だよね)
確かに、海藤の名前を呼んだことはなかった。
いや、何度かあったかもしれないが、それは自分が海藤の腕の中で我を忘れた時くらいだ。
 「・・・・・っ」
 海藤に抱かれている時を思い出してしまい、真琴は真っ赤になる顔を誤魔化す為にエプロンで目元の涙をぬぐった。
(恋人同士なら・・・・・)
『海藤さん』という呼び方は、真琴の中では日常になってしまっているが、この誕生日を切っ掛けにしてその日常を変えるこ
とは出来る・・・・・はずだ。
 「綾辻さん」
 「ん?」
 綾辻は、真琴の切った少し大き過ぎるジャガイモをそのまま鍋に入れながら聞き返す。
 「それって、プレゼントになりますか?」
 「プレゼントって、その人がもらって嬉しいものでしょう?それなら間違いなくプレゼントになるわよ」
 「・・・・・そっか」
 「マコちゃん、キュウリはカレーに入れないのよ」
 「あっ」
誕生日ディナーの完成はまだまだ先だ。






                                   





続きは「お祝い編」で。
いよいよ海藤さんの登場です。