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 女の子でもないのに、誰かにチョコを渡すなど、和沙は恥ずかしくてとても出来なかった。
だが、沢渡が自分以外の誰かに・・・・・それは確実に女性だろうが・・・・・貰うのも面白くは無い。
大切で大好きな人なのだ、チョコではなくても、何かを渡したかった。



 大学1年生の杉野和沙(すぎの かずさ)は、自分よりも一回り以上も年上のサラリーマン、32歳になる沢渡俊也(さ
わたり としや)と、男同士ではあるが付き合ってもう1年になる。
 叔父の喫茶店『彩香』でバイトをしていた時に客として訪れていた沢渡の、少し強引ともいえる求愛に引きずられた感
じもあるが、今の和沙にとっては沢渡はとても大切な存在になっていた。



 外資系の企業に勤めるエリートサラリーマンである沢渡は、その身分だけでもなく容姿も十分女性を惹きつけるほど整っ
ていた。
和沙には分からないようにしてくれているが、多分会社でもそれ以外でも、様々な誘いがあるのだろうということは想像がつ
く。
それなのに、沢渡は和沙を好きだと言ってくれる。
他には目が行かないのだと、君だけだと、言葉でも態度でも示してくれる。
そんな沢渡に応えたいのに、どうしても恥ずかしくて普段はあまり恋人らしい態度をとることが出来なかった。
 出会って、そろそろ1年経つ。
変わらなければならないと、和沙は時間が経つに連れて強く思っていた。



 「俺に?」
 「あ、あの、気に入るかどうかは分からないんだけど・・・・・」
 結局、和沙が用意したのはありきたりだがネクタイだった。
チョコはやっぱり恥ずかしかったし、学生である自分にはプレゼントに掛ける金額は限られている。
それでも、何日も前から、何回も通って選んだ物だ。ノーブルな沢渡に似合うと思った、シルバーとダークグリーンのストライ
プ柄。
 「どう?」
 直ぐに包装を解いて胸に当ててくれた沢渡の気持ちが嬉しくて、それでも恥ずかしさが勝った和沙は微妙に視線を揺ら
しながら言った。
 「あ、あの、変、じゃ、ないと思います」
 「似合うって言ってくれないのか?」
既に和沙の性格をよく知っている沢渡は、和沙のそんな子供っぽい態度も笑って見逃してくれた。
 「ありがとう」
 「い、いえ」
 「俺も、和沙にチョコを用意すればよかったかな?」
 「!」
(気、気が付いたんだ・・・・・)
 バレンタインから数日過ぎたというのに、沢渡は和沙のプレゼントの意味を正確に読み取ったらしい。
これでは恥ずかしさの為に日にちをズラした意味が無いとも思ったが、よく考えれば誕生日でも無い日に何かプレゼントを
渡すというのは明らかに不自然な行為だ。
(・・・・・嫌、に、思ってない?)
 男からのバレンタインの贈り物だと変に思っていないか心配になったが、沢渡の表情は本当に嬉しそうで、心からこのプレ
ゼントを喜んでくれているのが分かり、和沙はほうっと安堵の溜め息を付いた。



 悪いなとは思っている。
自分のこの臆病な性格の為に、沢渡がじれったいほどゆっくりと歩み寄ってくれるのを、和沙は何時も受け身側でいるから
だ。
大人の男である沢渡が、キスと・・・・・子供だましの愛撫だけで1年間もの間我慢してくれているのは相当な愛情を感じ
てくれているからだとも分かっている。
それでも、やはり怖い。
男っぽくない自分の容姿に沢渡が愛情を持ってくれているとしたら、服を脱いでしまえば誤魔化しようのない男の証を見せ
てしまうことになる。
女になりたいと思ったことは無いが、女ならば良かったとは最近常に考えることだ。
女だったら、もっと素直に沢渡の愛情に身を委ねることが出来ただろうに、男の自分ではそう簡単にいかない。
 男同士でも、沢渡に惹かれ、好きになった。
しかし・・・・・男同士だからこそ、躊躇いはどんどん大きくなるばかりだ。



 3月に入ると、ほとんど大学も休みで、和沙は喫茶店にいる時間が多くなった。
かなり慣れたせいもあるし、ここにいればかなりの頻度で沢渡に会うことも出来る。
わざわざ沢渡の時間を割かなくてもいいのだ。
(時間のある学生の僕と働いている沢渡さんじゃ、時間の大切さが違うし)
 喫茶店で会う沢渡は、和沙が出来るだけ他の客と同じ様に接しようとしても、その眼差しや仕草、そして言葉で、和沙
への所有権を他の人間に見せ付ける。
甘く激しい独占欲は、和沙にとっても嬉しいものだった。
 そんなある日・・・・・。

 「和沙、旅行に行かないか?」

休憩時間という名のサボリの口実で沢渡の隣に座ることが出来ていた和沙は、不意の沢渡の言葉に一瞬息を止めてし
まった。
 「・・・・・旅行?」
 「ああ。和沙はもう学校は休みに入ってるだろう?土日を使った1泊2日くらい、時間空けられないかな」
 「・・・・・」
(旅行・・・・・)
 1日中、沢渡と一緒に過ごすことが出来るのは嬉しい。
ただ、もう子供ではない和沙は、その旅行の意味というものがどんな意味を含めているのかは分かる。
付き合って1年間、キス以上の事をなかなか許すことが出来ない自分に、沢渡は焦れているのかもしれない・・・・・自分
でも、そんなにもったいぶる事はないのだと分かっていても・・・・・。
 「和沙」
 黙り込んでしまった和沙に、沢渡は苦笑しながら言葉を続けた。
 「何か、考えてる?」
 「え、あ・・・・・」
俯く和沙の耳元に、沢渡は唇を寄せる。
 「セックスが怖い?」
 「・・・・・っ」
あからさまな言葉に、和沙はバッと沢渡から距離を取った。
そんな和沙の反応は分かっていたのか、沢渡は気分を害した様子は見せない。
 「そのことを、全く考えないこともないけど・・・・・今更無理強いはするつもりはないよ?」
 「・・・・・」
 「それだけが、恋人同士の全てじゃないしね」
 「あ、あの・・・・・」
 「ただ、和沙の全てを欲しいと思っているのも本当だけどね。和沙がどんどん綺麗になってくるから、俺も少し・・・・・焦っ
てる」
沢渡の指先が、テーブルの上でギュッと握り締められた和沙の手の甲をゆっくりとなぞる。
ビクッと肩を震わせ、一瞬引こうとした和沙の手を、沢渡は少し強引に掴んで引き止めた。
 「・・・・・」
 「返事はゆっくりでいい。これを断わったって、俺達の関係が変わるわけじゃないからね。ただ、和沙に一度、ちゃんと考え
て欲しいと思ってるんだ」



(僕は・・・・・酷いことをしてるのかな・・・・・)
 もう、1年も待たせてしまったことへの罪悪感を感じている和沙だが、それで素直に頷けるほど大人でもなかった。
あれからも沢渡は店に来るが、旅行のことは一切に口に出さず、何時もと変わらず和沙をからかって笑っている。
ただ・・・・・沢渡が何も言わないだけに、和沙の中ではどんどんジレンマが大きくなっていった。
 「和沙、どうした?」
 そんな和沙の様子に、今まで黙って見守ってくれていた叔父がたまりかねたように声を掛けてきた。
既に閉店後の掃除も終わってエプロンを外しかけていた和沙は、叔父のその言葉にふと手を止めて・・・・・次の瞬間、堪
えきれないかのようにポロポロと涙を流し始めた。
 「か、和沙?」
 「叔父さん・・・・・どうしよう・・・・・」
 「お前・・・・・」
 和沙はしゃくりをあげながら、叔父に自分の不安を吐露した。
沢渡に旅行に誘われたこと。
一緒に行きたいと思ってること。
そして・・・・・それ以上に、怖いと思っていること。
 「・・・・・そうかあ」
 「・・・・・」
 「お前、あいつと深い関係になるのが怖いっていうよりも、それで2人の関係が変わるかもしれないってことが怖いんじゃな
いか?」
 「・・・・・え?」
 自分の不安を言い当てられて、和沙はじっと叔父の顔を見つめることしか出来ない。
 「普通・・・・・って、こんな言い方は変かも知れないけど、世間的にはセックスは男と女がするもんだろ?今はあいつはお
前を好きだと言っているが、実際に男の身体を前にした時、もしかしたら違うって思われるかもしれない・・・・・その方が怖
いんじゃないのか?」
 「叔父さん・・・・・」
 「お前の身内として、そういう関係になるかもしれないって事に表立って賛成は出来ないが、和沙、怖がっていたら何も変
わることは出来ないぞ?変えたいなら、頑張って一歩踏み出してみろ」
 「・・・・・」
 「1年間も付き合ってきたんだ。あいつのことは、今は俺よりもお前はよく知っているはずだ。あいつは、お前が感じている
不安通りの男か?」
2人のことをずっと見守ってくれてきたからこそ言ってくれる言葉なのだろう。
和沙はギュッと手を握り締めた。



 和沙は考えた。
叔父の言葉と、沢渡の態度と。
そして、何よりも自分の気持ちを、眠れなくなるほど考えた。
そして・・・・・。

 『和沙?どうしたんだ?』

 どうしても、沢渡に伝えたくなって、普段の自分ならば絶対に躊躇するはずの午前7時過ぎの電話を沢渡に掛けた。
電話の向こうの沢渡の声は、何時もと変わらずに優しい。
(・・・・・うん、知ってるよ、叔父さん)
この1年、誰よりも沢渡の傍にいて、沢渡の愛情を受け入れてきた。
その愛情に応える為にも、そして、なにより自分の気持ちを沢渡に伝える為にも、出てきた答えは一つしかなかった。
 「あの・・・・・」




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