TOKEN OF LOVE
1
『』の中は日本語です。
《 ケイ 何時も電話をありがとうございます。
夏も日本に来てくれたのに、僕の方はなかなかイタリアへいけなくてごめんなさい。
忙しいのは分かっていますが、来月時間を空けることは出来るでしょうか?父のお得意様が温泉旅館をされていて、今度
新装オープンをされるのに招待をされました。
丁度、父は京都の展示会に行かなければならず、誰か代わりをと僕が行くことになったのです。
何時もケイには色んな所に連れて行ってもらっていて、たまには僕もどこかに招待をしたいなと思っていました。
もちろん、無理かもしれないことは承知のうえです。お返事、お待ちしています。 友春 》
自家用ジェット機の中で、アレッシオ・ケイ・カッサーノは何度も送られてきたメールの文句を頭の中で繰り返していた。
電話とは違い、メールの文句はどうしても硬い調子で、なかなか恋人としての甘えを見せてくれない恋人だったが、内容自体はと
ても魅力的なものだった。
今回のメールも小難しい言葉が多く、日本人である執事に訳してもらったほどだ。
まさか・・・・・あのシャイな恋人が、自分を温泉に誘ってくれるとは思わなかった。
過密スケジュールは、もちろん全て調整させ、友春が指定した10月の日本の祭日に合わせてこうして日本に向かっている。
『ごゆっくりなさってきてください』
屋敷を出る時に、執事の香田夏也(こうだ なつや)は穏やかに笑みながら頭を下げて言った。アレッシオがどれ程恋人を欲して
いるかを間近で知っているからこそ、香田は無茶なスケジュールを魔法のように全て解消して見せたのだ。
『・・・・・トモ』
夏の終わりに会いに行って以来、一ヶ月以上も顔を直接見ていない。早く、あの柔らかな身体を抱きしめたいと思いながら、ア
レッシオはサングラスの向こうの目をゆっくりと閉じた。
イタリアでも有数の資産家であり、裏の顔はイタリアマフィアの首領、アレッシオ・ケイ・カッサーノは、日本の大学生である青年、
高塚友春(たかつか ともはる)を見初めて強引に関係を持った。
母親が愛人だったので、少年時代は随分不遇だったが、本妻が失脚した後、アレッシオが跡継ぎに指名されてから全てが逆
転した。それからの彼は、望めば何でも手に入ってきた。
友春の気持ちなどいっさい関係なくイタリアまで連れ去ったが、なかなか心を開いてくれない友春の気持ちを思い、一度は日本
へと帰した。
それからアレッシオは、それまでの己からは考えられないほどの忍耐強さで友春の心が自分へと寄り添ってくれるのを待ち、ようや
くそれが報われたのは今年の二月、カルネヴァーレの夜だ。
アレッシオの思いを受け入れてくれた友春だったが、イタリアと日本ではあまりにも距離がありすぎた。
アレッシオは忙しい仕事の合間に何度も日本へとやってきたがそれはあっという間の時間しかなく、余計に焦がれる想いを高まら
せる結果にしかならなくて・・・・・。
それでも、今回こうして友春の方からアレッシオを招待してくれたのはとても嬉しい。
友春と居られるのならば、別に何処でもかまわなかったが、それが温泉ならば普段とは違う友春の姿を見ることが出来るかもしれ
ないと、楽しみはさらに膨らんでいた。
空港のロビーを何人ものガードに囲まれながら歩く。
イタリアのブランドスーツを身にまとい、俳優のように容姿の整った長身のアレッシオを見る周りの視線は多かった。
しかし、そんな視線には慣れているアレッシオはいっさい無視したまま空港を出る。ちょうどそこには一台の黒いベンツと数台の黒い
セダンの車が停まっていた。
『・・・・・』
ベンツの助手席から男が下りてきてアレッシオに一礼すると、そのまま後部座席のドアを開く。そこから下りてきた人物に、アレッシ
オの目が細められた。
『お疲れ様です』
流暢なイタリア語に満足し、アレッシオは口元に笑みを浮かべる。
『director になったそうだな』
『ありがとうございます。江坂の方も後日ご挨拶をさせていただくと』
『エサカ・・・・・ふふ、まさかこんなにも早く上に上がってくるとは思わなかったがな』
怜悧な面影の男が何というのか、今から楽しみだ。
アレッシオが日本での取引相手として選んだ、日本のマフィア、大東組。
日本でも屈指の組織である大東組はカッサーノ家にとって恐れるに足らないものだが、中の人物にはかなり有能な人間が揃って
いた。
その筆頭が、出会った当初は理事として対応していた江坂凌二(えさか りょうじ)という男で、男は組織の中でも最年少で役に
就いているほどにやり手だった。
アレッシオからすれば能力のある者が上に登るのは当たり前だったが、日本の組織の中でも男は異端者だったはずだ。その江坂
が、この春大東組のNo.3になり、一介の組の長だった海藤貴士(かいどう たかし)が理事に就任した。
他にも、この組織の中には多くの有能な人間がいる。きっと、もっと大東組は大きな組織になるだろうと思った。
『このまま、高塚君の家に向かわれますか?』
『ああ。今回の来日はプライベートだ。何人かガードが居て目立つと思い、一応そちらに連絡を入れただけなんだが』
それも、友春の友人が大東組と浅からぬ関係があるからだ。
彼らの口から今回のことが知らされる可能性があり、それならば前もって知らせておけばいいかと思っただけのことだった。
『箱根に行かれると聞きましたが、よろしければ車でお送りしますが』
『いや、トモがどう思っているか聞かなければな。今回のプランは全てトモが考えてくれている。それを私は存分に楽しむつもりだ。
余計な手は出さなくていい』
『分かりました。では、今から彼の自宅にお送りします』
『・・・・・』
アレッシオは頷き、そのままベンツの後部座席へと乗り込み、その後に海藤が続いた。ガードは他の車に分乗するようだ。
『権力を持つことに慣れたか』
『・・・・・いいえ、まだ』
『慣れないのも・・・・・いいのかもしれないな』
江坂の余裕がある態度とは違い、海藤はまだその地位に慣れていないのか硬い雰囲気がする。この硬さが何時頃取れるのか、
アレッシオはまた別の楽しみを見つけたような気がした。
友春は落ち着かないまま時計を見つめる。
(まだ着かないのかな・・・・・)
アレッシオが今日日本に来ることは知らされていたが、それが何時なのかは全く分からなかった。空港まで迎えに行くと言ったのに、
危ないから家に居るようにという言葉には嬉しさよりも戸惑いを多く感じる。
確かにアレッシオはイタリアでは有名らしいが、日本ではその名を知る者はあまりいないはずだ。容姿が目立ってしまうのは仕方
が無いにしても、そんな彼の側にいる自分まで目立つわけはないと思う。
(・・・・・なんか、落ち着かないし)
アレッシオに対して好きだという気持ちを自覚して以降、友春はどうしても意識してしまう。電話でも言葉に詰まることが多いし、
メールでは堅苦しい文章になる。
夏に彼が日本に来てくれた時も、お互いに身体だけが暴走してしまった気がする。その時のことを思い返すと羞恥で身体が熱く
なってしまい・・・・・。
「友春」
「!」
そこまで考えていた友春は、急に声を掛けられてパッと顔を上げた。
「あ、何?」
「向こうに連絡を入れようかと思ったんだが、何時ごろになるのか分かっているのかい?」
父の言葉に、友春は首を横に振った。
「それが、まだケイから連絡が無くて・・・・・」
「都合が悪くなったってことは?」
「それは・・・・・多分、無いと思う。駄目になったら連絡をくれると思うし」
両親も、友春とアレッシオの関係は知っている。
いや、イタリアでアレッシオに好きだと告げた後、彼は友春と共に日本へやってきて両親に2人の関係を告げたのだ。
それ以前から、家業の呉服店に融資をするなど、多少関係を怪しんでいたらしいものの、はっきりと恋愛関係を伝えられた実直
な両親はかなり驚いていた。
外国人であるという前に、男同士という関係にも心配していたが、その心配を覆すほどに熱烈なアレッシオの言葉に押し切られ
てしまい、今は積極的ではない賛成をしてくれている。
今回の温泉旅館への招待も、何時も友春が世話になってくれているからと、父がわざわざアレッシオを誘ってはどうかと言ってくれ
たのだ。
「それはそうと、箱根までどうやって行くつもりだ?」
「一応、電車の時間は調べているけど・・・・・」
「カッサーノさんが電車で移動?大丈夫なのか?」
アレッシオのことを桁外れの金持ちだと思っている父は心配するが、友春も色々と考えたのだ。
アレッシオの立場から言えば車の移動が一番いいのだろうが、旅行の醍醐味は電車などの移動時間だったりもする。新宿からな
ら箱根まで約1時間半ほど。そこから宿までタクシーで移動したとしても二時間は掛からない。
(でも、ケイが疲れているようだったらタクシーを呼んだ方がいいかな)
小田急の特急ロマンスカーの午後2時過ぎの指定席も取ってあるが、最悪無駄になったとしても・・・・・。
「あ」
その時、携帯が鳴った。慌てて手に取ればアレッシオからだ。
「も、もしもし」
【トモ】
「・・・・・っ」
耳元で囁かれているかと思うほどに、魅惑的な低音が耳を擽る。友春は一瞬言葉に詰まったが、直ぐにアレッシオに言った。
「あ、あの、今どこですか?もしかしたら来れないかもって・・・・・」
【トモからのデートの誘いを私が断るはずが無いだろう?】
クスクスと楽しそうな笑い声と共に、
【今、家の前に着いた】
「えっ?」
唐突なその言葉に、友春は慌てて部屋を飛び出した。
モダンな店構えの友春の実家の真正面にベンツを止めさせたアレッシオは、ドアを開けさせて直ぐに外へと出た。
国際電話ではない友春の声は妙に艶かしく聞こえてしまい、早くその顔を見たいと心が急いてしまったのだ。
ガラッ
「ケイッ?」
物静かで大人しい友春には珍しく慌てたようにドアを開け放って出てきた姿を見て、アレッシオは緩む頬を隠さないまま自分から
歩み寄ってその身体を抱きしめた。
「ケ・・・・・んっ」
友春が何かを言う前に、アレッシオはその唇を奪った。恋人同士の挨拶は先ずこのキスで始まる。
随分生身の友春に触れていなかった飢えが一気にあふれ出したように、そこが普通の道路だということも、周りに幾人もの目が有
ることも、いっさいアレッシオの頭の中からは消えていた。
チュク
「ふ・・・・・ぁっ」
苦しげな声を耳にし、いったん息継ぎをさせるために唇をずらしたが、アレッシオは直ぐに舌を絡める濃厚な口付けを続ける。それ
は友春の舌が痺れ、唾液を飲み込む力も無くなってその顎に伝ってしまうまで、随分長い間続けた。
「・・・・・っ」
「トモ」
ようやく友春の唇を解放したアレッシオは、濡れた唇を舌で舐めてから目を細める。こんなたわいないじゃれあいですっかり身体が
蕩けてしまった友春がとても可愛い。
「あ、あ、の」
「ん?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「あ、会いたかった、です」
想いの込められた言葉に、アレッシオは鷹揚に頷いた。自分が欲しているのと同じように友春が己を求めているのは当然で、そ
れをきちんと言葉で告げてきた友春に良く出来たと頬にキスをする。
「私も会いたかった」
すると、友春は顔を赤くして俯いた。今更ながら恥ずかしいという思いがこみ上げてきたのかもしれないが、何時までも初々しさ
を失わない友春のその表情はさらにアレッシオの劣情を擽る。だが、さすがにこの場で押し倒すことが出来ないのは理解していた。
「カイドー」
ここまででいいと言おうとその名を呼んだアレッシオだったが、そのアレッシオの声で友春はその場に海藤がいることに初めて気がつ
いたらしく、一瞬で硬直して目を見開いている。
「・・・・・こんにちは、高塚君」
さすがに海藤は心得ていていっさい表情に何も出さずにそう挨拶をしていたが、可哀想に友春はどうしたらいいのかとしどろもど
ろで、なかなかちゃんとした言葉が出てこないようだ。
「トモ、気にすることは無い」
何をおいても一番に考えなければならないのは友春のことだ。
アレッシオは空港からここまで送ってくれた海藤に対し、後は構わないでくれと伝えた。
海藤も当初から予期していたのか一礼をして辞す挨拶をすると、そのまま車に乗って立ち去る。
スマートなその去り際に満足したアレッシオは直ぐにその存在を忘れ、再びまだ腕の中にいる友春へと視線を向けた。
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アレッシオ&友春の第7弾。
今回は恋人らしい彼らをお見せ出来るはず。
アレッシオがトモ君のどこに印を付けるのかは最後までのお楽しみに。