TOKEN OF LOVE
2
『』の中は日本語です。
「トモ、どんなデートプランをたてているんだ?お前からのメールの後、私はずっとそれを楽しみにしていたんだが」
「え、あ、えと」
今日アレッシオに会えると分かっていても、なんの前触れもなく目の前に現れるとやはり驚きの方が先に立ってしまう。
その上、さっきは両親や海藤の前で挨拶という意味以上の濃厚なキスをされてしまい・・・・・友春は自分が言うべきことが頭の中
からストンと抜け落ちてしまった。
「友春、電車の時間はいいのか?」
しかし、そう言ってくれた父の言葉に、友春はあっと声を上げた。
「そ、そうだっ、時間!」
「時間?」
「ケイ、あのっ、温泉のことだけどっ」
いったん身体を離して説明しようとしたが、アレッシオは全くその拘束を緩めてはくれない。
(このまま説明?)
どうしようと思っても、彼の情熱に勝てるとはとても思えなかった。
何とか事情を説明した友春は、一応そこでアレッシオに選択をしてもらうことにした。
自分が切符を取った電車で行くか、それともタクシーで向かうか。連休初日なのでタクシーだと少し混むかもしれないが、それでも
今からならば十分夕食時間には間に合うはずだ。
「ケイの部下の人もいるし、車の方がいいかも」
海藤達が立ち去って以降も、まだ3台の車はここに止まっている。その中にいるだろうアレッシオの部下達も皆電車に乗ることは
無理だった。
せっかくの切符だが諦めた方が良いかもしれないと考えた友春だが、アレッシオは直ぐにいいやと否定をしてくる。
「せっかくのトモのプランだ、その通りに動こう」
「で、でも」
友春の視線が背後の車に行くのを見たアレッシオは、心配することはないと瞼に唇を寄せる。
「今回のこと、お前は誰かに話したか?」
「・・・・・と、友達に」
「それは、エサカとカイドーの恋人だな?」
「う、うん。色々と相談にも乗ってくれて・・・・・」
「それならばいい」
「え・・・・・?」
どうしてそんなに自信たっぷりに言うのか分からなかったが、それでもせっかく取った切符が無駄にならないのは嬉しかった。
何時もはアレッシオに世話を掛けてばかりだが、今回は自分が彼に喜んでもらうために、友春は準備をするから手を離してとようや
く口にした。
友春の旅行の誘いがあって直ぐ、アレッシオは日本で友春につけているガードから様々な情報を手に入れていた。
友春が電車の切符を取ったことも知っていたし、その道程は香田に調べさせてもいた。
さらに、江坂や海藤がその恋人から友春の計画を聞いていれば、手筈に問題はないと確信している。イタリアでは少々堅苦し
い生活のアレッシオにとって、近場らしいが友春と2人きりの旅行は何にも勝るビッグなプレゼントだった。
友春の両親に挨拶を済ませると、早速車で新宿へと向かう。
三連休らしい都内は想像以上に交通量は少なく、友春が予想していた時間よりも早く駅に到着をした。
「あ、駅弁」
「エキ、ベン?」
「電車の中で食べるお弁当。ケイ、お昼は食べましたか?」
「いや」
「それじゃあ、少し遅いけど・・・・・あ、あっち!」
さすがに混んでいる駅の中では、外国人の自分はかなり目立つようだ。声を上げられたり、どうやら携帯で写真を撮る者もいる
が、二度と会わない人間のことを気にしても仕方が無い。
それに、あの肖像は何時の間にか消えるだろうと部下の手際を知っているアレッシオは、背後を振り返らないまま自分の手を握っ
て小走りに走る友春の背中を見た。
イタリアでは、さすがに慣れないためか萎縮することが多かった友春。
以前はアレッシオが日本に来ても、出来るだけ目立たないようにと視線を俯かせていた。
しかし、想いを伝えてくれてからは、何度か日本に来た自分に対してかなり態度は軟化してきた。親しい者に対するというのだろ
うか・・・・・友春の何もかもが自分に向かってきていることを感じて、アレッシオは満足している。
「ケイはどれを食べますか?」
様々な料理を前に、友春が目を輝かせた。
「トモは何を食べる?」
「僕は・・・・・えーっと・・・・・どれも美味しそう・・・・・」
「ゆっくり選んだらいい」
「でも、時間があるし・・・・・幕の内にします」
友春が指差したのは、様々な色合いが品良く纏められているランチだ。
「ケイは?」
思わず友春と同じものをと言おうと思ったが、別々のものを頼んだ方が友春も楽しめるに違いない。
アレッシオはディスプレイされているものを見た後、これをと指をさした。友春が日本風のものを選んだので、全く別のものが良いだろ
う。
「チキン、弁当?」
チキンを揚げたものと、赤いライス。
友春はそれを見た後、自分の方を見上げて、なぜか可愛らしく笑った。
「トモ?」
「・・・・・なんだか、可愛いですね」
「可愛い?」
(お前ではなく、私が?)
弁当の種類でなぜそんなふうに思うのかは分からなかったが、妙に喜んでいる友春の気持ちに水をさすつもりは無い。
それに、他の誰でもなく友春にそう思われるのはくすぐったいが悪い気はしなくて、アレッシオは店の人間に注文する友春の横顔
をじっと見つめた。
「あ、ここです」
「景色がよく見えるな」
その言葉に、窓側をとって良かったと思った。
高速道路の料金が安くなってマイカー族が増えたとはいえ、連休中の行楽地への電車の切符はなかなか取れないと思っていた。
しかし、それを静に相談したところ江坂の知り合いという人間が手筈を整えてくれて、友春の希望したとおりの切符が手に入っ
たのだ。
(お礼代わりに、お土産買って帰らないとな)
「トモ、お前が窓側に」
「ケイが座ってください。あんまりこういう景色を見たことないでしょう?」
荷物を置いて、2人並んで座る。アレッシオの膝の上に置かれたビニール袋を見ると、自然に笑みがこぼれた。
(チキンライスって・・・・・)
別に、それを選んだからといって子供っぽいとは言い切れないのだが、アレッシオとはあまりもイメージが重ならなくてさっきは笑ってし
まった。
次の瞬間には自分が笑ったことでアレッシオが不快な思いをしたら嫌だなと思ったが、彼も何時に無く上機嫌に友春の隣を歩い
ていた。
「・・・・・」
それにしてもと、友春は周りに視線を向ける。
構内を歩いていた時から妙に視線を感じていたが、ホームに出ても電車に乗り込んでもその視線は付きまとっていた。
母親が日本人のアレッシオは黒髪で、一見して外国人に見える感じではないのだが、エキゾチックな容貌と目の色を見れば直ぐ
に日本人でないというのは分かる。
そんなアレッシオに惹かれる人間がいるのはもちろん分かるが、隣にいる友春からしたら気持ちの良い視線ではなかった。
以前ならばともかく、今は友春自身アレッシオを好きだと自覚しているのだ。
「・・・・・」
「トモ?」
「え?あ、どうしました?」
名前を呼ばれて振り向けば、綺麗な碧の瞳が真っ直ぐに自分を見ていた。
「これが邪魔だと思わないか?」
「これ・・・・・って、肘掛?」
「私とトモの仲を裂いている」
「で、でもこれは」
「手を」
子供っぽいアレッシオの我が儘に戸惑いながらも言われた通り手を差し出せば、しっかりと指を絡めて握られる。
「ケ、ケイ?」
まるで熱々の恋人同士のような仕草に、友春は焦って周りの目を気にしてしまった。
(見、見られてる・・・・っ)
「せっかくのトモとの旅行だ。何時でもこうしていよう」
「ケイ・・・・・」
アレッシオの愛情は相変わらずで、友春の気持ちが追いつく間もなくグイグイと引きずられる。嫌だとは思わないが、どうしようかと
戸惑うことは多くて、友春は直ぐにうんと頷くことが出来なかった。
周りの人間がいない方が良かったが、その目があるからこそ友春の恥らう表情が堪能出来る。
これだけ友春との関係をアピールしていれば近付く人間はいないだろうし、ガードも何人も同じ車両にいるので暴漢を気にすること
も無い。
「あ、これ美味しい」
「ん?」
「食べてみますか?」
電車に乗っている時間は1時間半。友春は早速ランチにすることにしたらしい。
友春はどれを口にしても美味しい美味しいと言っていたが、興味深そうにアレッシオが覗き込むと箸でその一つを摘んで目の前に
差し出してくれた。
「はい」
「・・・・・」
甘いソースが掛かったその肉は、今まで食べたどんな料理よりも美味しい。
「どうですか?」
「Buono」
その答えに、友春は笑った。
「ケイのも美味しそう」
「食べてみるか?」
今度はアレッシオが友春にチキンを食べさせた。
「美味しいっ」
「私と一緒だからな」
「え?」
「私も、トモが側にいれば何でも美味しい」
イタリアではどんな食事も、ただ口に入れるだけだった。もちろん、腕のある料理人が入っている為にそれはかなり上等な食事の
はずだったが、よく出来ているとは思ってもそこに感動はない。
(どうしたらトモをイタリアに連れて行くことが出来るのか・・・・・)
何時でも、友春の存在を身近に感じていたいアレッシオにとって、来年の友春の大学卒業は大きな切っ掛けになるはずだ。
友春の口からはまだ卒業後の話は聞かされていないが、どんな未来を選択しているとしてもそこに自分の存在がいなければ全て
を無にしてみせる。
その瞬間、友春が絶望に顔を歪めたとしても、未来を考えればそれが正しい選択なのだと分かってくれるはずだ。
「お、お茶、飲みませんか?」
「mineral waterでいい」
日本茶は苦い。
友春のためにも慣れた方がいいのだろうが、今はまだ甘えるつもりだった。
箱根湯本に着いた友春は、調べたメモを見ながら駅の外に出た。
ここからはタクシーで行った方が間違いが無い。
「ケイ、ちょっと待っていてください、今タクシーを・・・・・」
「あれにしよう」
タクシー乗り場に向かい掛けた友春の腕を掴んだアレッシオが指差したのは、少し離れた場所に止まっている個人タクシーだ。
どうしてわざわざあの車を指定したのかと首を傾げた友春に、アレッシオは直ぐに種明かしをしてくれる。
「ナンバーがトモのバースディだ」
「・・・・・あっ」
そう言われて初めて車のナンバーを見た友春は、確かにそれが自分の誕生日・・・・・11月20日だと初めて気がついた。
「・・・・・本当だ」
「決まりだな」
「ケ、ケイッ」
なんだか、凄く恥ずかしい気がする。でも、嫌じゃなかった。
友春たちが近付くと、後部座席が開く。
「あの、いいですか?」
「どうぞ」
愛想が良いというよりは、落ち着いた返答だ。それでも感触は悪くなくて、友春はアレッシオと共に乗り込んだ。
目当ての場所を言い、どのくらい時間が掛かるかと聞けば、思ったよりも少し時間が掛かるが、それでも周りの景色を見ながら行
けばあっという間のような気もする。
「お願いします」
「はい」
「・・・・・」
静かに車が走り出すと同時に、アレッシオの手が再び友春の手を掴んだ。
運転手からは死角になって見えない。そう思えば、友春も遠慮がちにそれを握り返す。
(喜んでくれるといいけど・・・・・)
友春も行ったことが無い旅館だが、父は静かでいい所だよと言っていた。忙しいアレッシオの休息になればいいなと思いながら、
友春は観光客が多く行き来する町中にじっと視線を向けていた。
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