「どうしてここに来るんだよ!」
 日向楓(ひゅうが かえで)は怒ったように、恋人であり、自分の実家のヤクザの組、日向組の若頭でもある伊崎恭祐(いさき
きょうすけ)に詰め寄った。
 「お二人にお世話になったことはご存知でしょう?」
 「それは分かってるけど!でもっ、だったらやっぱりちゃんとしたとこに連れて行ったらいいじゃないか!」
 「前回いらしてもらった時、随分居心地が良かったらしいんですよ。どうせ招待してくれるのならこの屋敷がいいと直々おっしゃっ
て頂いたらお断りすることなんて出来ないでしょう?」
 「・・・・・」
 「それに、今回は楓さんの為に動いて下さったお二方をご招待するんですから、出来るだけあちらの御要望通りにするようにと
組長が」
 「・・・・・兄さんめっ」
色々思うことはあるが、楓も今回のことでは周りに迷惑を掛けたことも自覚しているので強く拒絶することも出来ず、唇をむっと引
き結びながら伊崎に背を向けた。
 「楓さん」
 「分かった!」



 日向組というヤクザの組の次男である楓は、先日チャイニーズマフィア、香港伍合会(ほんこんごごうかい)のウォンに危うく誘拐
されかけた。
結局、日向組の母体組織である広域指定暴力団、大東組がウォンの上司である龍頭に話を通して事なきを得たが、その時
色々と影で骨を折ってくれたのが開成会の海藤貴士(かいどう たかし)と羽生会の上杉滋郎(うえすぎ じろう)だった。
 あれから少し時間を置いてしまったが、改めてその時のお礼をと、楓の兄である日向組の現組長、雅行が席を設けることにした
らしい。
最初はどこか料亭にと言ったらしいが、正月の飲み会が随分と気に入ったらしい上杉は、出来るならばこの日向の屋敷でと言っ
てきた。
海藤はどうぜ反対はしないと笑って言った上杉の提案に雅行が反対することなどなく、結局今週末に2人の大物を再び日向家
へ迎え入れることになったのだ。
 「恭祐の奴っ、俺のこと無視してっ」
 楓は怒ったまま部屋に向かった。
確かに今回の事ではあの2人には世話になったらしいが、海藤だけにならともかく、上杉にまで頭を下げるのは気が進まなかった。
それは・・・・・楓が上杉を苦手としているからだ。
あの人をくったような態度に、(楓から見れば)上から目線でからかってくる上杉。
本当にどうしてこんな男が、今では楓の大親友といってもいい1歳年下の友人、苑江太朗(そのえ たろう)の恋人なのだろうかと
不思議に思う。
太朗は少し馬鹿だが、素直で凄くいい奴なのにと。
 「・・・・・あ」
 そこまで考えて楓は急に足を止めた。
 「・・・・・いい考えじゃん」
上杉は楓と太朗が仲良くするのを面白くないと思っている・・・・・と、楓は感じている。
それはごく普通の高校生である太朗と、ヤクザの組の次男坊である楓が付き合うのが好ましくないのだということに加え、大人のく
せにどうやらあの男は妬きもちやきらしい。
今日の午後太朗と交わしたメールでも、今回の上杉の日向家訪問については何も触れていなかったので、多分、上杉は太朗
には何も言っていないはずだ。
ならば、あの男には内緒で、太朗を家に呼んでやろうと思った。
 「俺の友達を呼ぶんなら全然構わないよな。・・・・・あ、マコさんも連絡してみよう」
突然頭に浮かんできたいいことに、楓の顔はたちまちのうちに綻んでいった。



 【絶対、海藤さんには秘密にしてくださいねっ?】
 楓の勢いに反射的に頷いてしまった西原真琴(にしはら まこと)は、電話を切ってからどうしようかと考えてしまった。
楓や太朗に会いに行く位で海藤が怒ることはないと確信しているが、丁度その時が海藤と上杉が日向家に招待された日となる
とどうだろうか。
ヤクザの世界のことで集まっているはずの中に、自分のような一般人がノコノコ現われてもいいものなのだろうか・・・・・?
 「あ、太朗君も呼ぶって言ってたっけ」
 海藤はまだ帰宅していない。
真琴は少し考えて綾辻に電話を掛けてみた。頭の回転が速く、的確なアドバイスをくれる彼に相談しようと思ったのだ。
 【あら、マコちゃん、どうしたの?】
 綾辻は電話に出るなりそう言った。
普段は仕事の邪魔にならないようにあまり電話を掛けることがない真琴だったので、何か緊急の用があったのかと思ったらしい。
その気遣いに真琴はすまないと思いながら、今回の楓の電話の内容を相談してみた。
すると・・・・・。
 【楽しそうじゃない!】
 「え、えっと、いいんでしょうか?」
 【だって、マコちゃんと日向のお坊ちゃまが友達なのは本当でしょう?友達の所に遊びに行くのなんて普通のことじゃない】
 「ま、まあ、そうですけど」
 【タロ君も来るんでしょ?私、あの子好きよ】
単純に考えればそうなのだろうが、本当にこんな風に単純に考えてもいいのかと真琴はまだ途惑っている。
その気配を感じ取ったのか、綾辻は笑いながら背中を押してくれた。
 「・・・・・いいのかな」
 【全然大丈夫よ。今回私はお供しない予定だから、マコちゃん達の運転手してあげる。怒られる時は背中に庇ってあげるわよ】
その言い回しに、真琴は思わず笑ってしまった。
 「ありがとうございます。じゃあ・・・・・思い切って海藤さんを驚かせてみようかな」
 【私も克己を驚かそっと。共犯に選んでくれてありがとう、マコちゃん】
 「こちらこそ、よろしくお願いします」
 電話を切った時、先程まで感じていた真琴の躊躇いはかなり小さくなっていた。
海藤の仕事の事をよく知っている綾辻が構わないと言ってくれたので、随分心境的に楽になったのだ。
その上、普段はあまり驚かすことの出来ない海藤のビックリした顔が見れるかもしれない。
(わ・・・・・何か楽しみになってきちゃった)



 「え!楓の家に遊びにっ?ジローさん全然言ってなかった!」
 【だろ?内緒にしてるんだよ、あいつ】
 「俺と楓が友達なの知ってるくせに〜!遊びに行くのなら連れてってくれてもいいじゃんか!」
 太朗は電話口で唸った。
今日の午後もメールをした楓から電話が来たのは、太朗が丁度風呂から上がった時だった。
メールも楽しいがやはり直接声を聞く電話の方がもっと楽しい太朗は、ゆっくり話そうと冷蔵庫から父親のお土産のプリンを取り
出しながら話していたが、楓の電話の内容に思わず声を上げてしまい、手の中のプリンを落としそうになった。
 「ああ!」
 【どうした?】
 「な、何でもない。それより、ジローさんだよ!俺には何も言ってくれないで、1人で楓んちに行くつもりなんて〜!俺だって楓の
兄ちゃんに会いたい!!」
 2人兄弟ながら長男の太朗は、兄という存在に憧れていた。ましてや楓の兄の雅行は父に良く似た雰囲気で、一緒にいてと
ても和むのだ。
前にも上杉にはそう言ったし、本来なら自分を連れて行ってくれてもいいだろうにとあまり面白くない気分だ。
 【じゃあ、来るか?】
 「もちろん!真琴さんも来るんだろ?俺が行かないと始まらないって!」
 【・・・・・まあ、そうかもしれないけど】
 「ジローさんに秘密ってとこも面白いし!」
 【そうだぞ、あくまで秘密だからな?じゃあ、また当日に連絡する。あ、マコさんから連絡あるかもしれないから】
 「了解!」
 元気に電話を切った太朗は、自分が突然行った時の上杉の反応を思い浮かべてニンマリと笑った。
正月の楓の家へのお泊りの時は、上杉の方が突然訪ねてきたのだ、これでおあいこだろう。
冷静に考えれば、上杉が楓の家へ太朗を連れないで遊びに行くことなどありえないと分かるはずなのだが、既に上杉を驚かすこと
に思考が向いた太朗には全く疑問は浮かばなかった。
 その上、人間はこんな時悪知恵というものが働くらしい。
太朗はふと、この間の花見の時の事を思い出した。
あの時、飛び入りで仲間に入った2人。後から上杉よりも偉い人だと小田切から聞かされ、へえと感心したのだが・・・・・彼を来さ
せることが出来れば、上杉はもっと驚くのではないだろうか?
(飛び上がってひゃっとか言ったりして・・・・・)
 妄想し出すと止まらなくなり、太朗は再び携帯を開いた。
 「え〜っと・・・・・あ、あった」
あの夜、自分が酔ってしまっている間にゲットしたらしい2人のうちの1人、大人しくて綺麗な小早川静(こばやかわ しずか)の携
帯番号とアドレス。
あの後、番号を教えてもらったお礼と、くだらない内容のメールを何通か出した。
そのどれにもちゃんと返事を返してもらっていたし、反応も迷惑そうではなかった・・・・・と、思う。
 「・・・・・なんか、ドキドキするな」
メールを交わしたといっても、あれ以来直接は会ったことがない静。
でも、本当に楽しかったことは太朗の脳裏に刻みついているので、少し考えた後太朗は思い切って電話を掛けてみた。



 「苑江君って・・・・・あの太朗君っ?」
 思い掛けない相手からの電話に、静は途惑いと嬉しさが混ざったような声を上げた。
丁度風呂に入っていて戻ってきた恋人は、普段あまり声を上げない静のその様子に足を止めて振り返っている。
 【そうです、太朗です。この間もメールの返事、ありがとうございました】
 「いいえ、どういたしまして」
電話の前でペコッと頭を下げる太朗の姿が容易に想像出来て、静の頬には柔らかな笑みが浮かんだ。
 「どうしたの?」
 【えっと、今日はですね・・・・・】
 そう言って太朗が切り出したのは嬉しい誘いだった。
 「本当に俺も誘ってくれるの?」
静にとっても先日の花見はとても楽しいものだった。
友達という存在はもちろん大学にもいるが、特殊な職業に就いている恋人の事を気軽に話せる相手は居なかった。
それが、あの花見の席で知り合った彼らも同じ立場だということを知って、静は急速に心を開いていったのだ。
 「え・・・・・と、ちょっと待ってね」
 静は携帯を持ったまま恋人を振り返った。
同時に、恋人は問い掛けてくる。
 「誰からですか?」
 「苑江太朗君です、ほら、この間花見の時に会った」
 「・・・・・ああ、あの。彼が?」
 「今度の週末遊ばないかって。日向君の家に誘われたんですけど・・・・・」
 「日向の?」
何と言われるだろうかと、静は少し緊張して恋人を見つめた。
江坂凌二(えさか りょうじ)。出会った当初は、会社の社長だと思っていた彼の正体が日本でも有数の広域指定暴力団、大
東組の理事の1人だと知ったのは、もう彼の事を好きになってしまってからだった。
静が想像していたような暴力的で怖いというヤクザのイメージは全く無く、紳士的で静にはとても優しい江坂を既に嫌いになるこ
とは出来なくて、色々悩んだりもしたが今は恋人という位置に納まっていた。
 随分年上の恋人である江坂は何時も静の意思を尊重してくれるが、少しだけ妬きもちやきな所もある。
あまり誰かと深く付き合うことをよく思ってはいないらしいのは感じていたし、静もそんな江坂に反抗してまで特別な友人を作る気
はなかった。
ただ、前回の花見はとても楽しくて、静はあの時居たメンバーに自分のアドレスを教えるのに躊躇いは無かったのだ。
 「行っちゃ・・・・・駄目ですか?」
 「・・・・・行きたいんですか?」
 「・・・・・江坂さんが駄目なら・・・・・」
(どうしよう・・・・・怒らせた?)
 江坂の口調が平坦なままだったので、静はどうしようかと動揺してしまった。
もちろんあのメンバーとまた会いたいとは思うが、江坂が嫌な思いをするのならば・・・・・。
 「・・・・・断わります」
急なことだったし、今回は断わろうと思った静の頬を、馴染んだ優しい指が撫でた。
 「いいですよ」
 「え?」
パッと顔を上げると、そこには苦笑する江坂がいた。
 「そんな顔をするくらい行きたいんでしょう?いいですよ」
 「・・・・・本当に?」
 「ただし、私も一緒に付いて行くのが条件です。初めての場所にあなただけ行かせることは出来ませんからね」
 「は、はい!」
 思いがけず簡単に江坂が了承してくれたので、静の顔には満面の笑顔が浮かぶ。
そして、嬉しいという思いそのままに、待ってもらっていた太朗に返事をした。
 「太朗君っ?あのね・・・・・」



 嬉しそうに電話をしている静を見つめながら、江坂は内心苦々しく思っていた。
(あのガキ・・・・・上杉はきちんと躾してるのか?)
大東組理事の恋人を気安く誘うなど、本当に何も知らない一般人ならまだしも、ヤクザの組を背負っている男の情人ならば本
来とても出来ないはずのことだ。
それを易々としてしまえるというのは、それほど江坂の事を安易に思っているか、よっぽど世間知らずの子供でしかない。
 「・・・・・」
 ただ、あの夜の静がとても楽しそうだったのは江坂もよく覚えていたので、今回もしも反対したとしたら静はかなり落ち込んでしま
うだろうというのも想像出来た。
ならば、何が許せるか・・・・・後はそれしかない。
江坂はまだ楽しそうに太朗と話している静を見つめながら、この行き場の無い鬱憤は一緒に来るであろう上杉にぶつけるかと密か
に考えていた。





                                  





始まりました、100万hit記念企画です。ヤクザ部屋のみんな総出演にしたいと思ってます(笑)。

次回は何とか、トモ君と「子犬と闘犬」の暁生も出せたら・・・・・出せるのか?