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−日向組面々−



 「・・・・・お疲れ様でした」
 「ああ、本当にお疲れ」
 雅行はしみじみとそう組員達を労った。
上杉と海藤だけでもかなり緊張していたというのに、その上大東組の理事とイタリアマフィアの首領までが現われた。
雅行はたった数時間で何キロも痩せた気がした。
 「全く・・・・・」
(楓の奴・・・・・)
多分、自分達の言いなりになるのが面白くなかった楓の差し金だったのだろうが、終わった今となっては何を考えても仕方がないだ
ろう。
しかし、一応楓にはきつく注意するようにと伊崎に言いはしたが、楓に甘い伊崎がどこまで叱れるだろうか。
(まあ、俺も同じだろうが・・・・・)
可愛い弟に雅行も強く出る自信はなく、とにかく今日はもう寝てしまおうと重い足取りで自分の部屋に向かった。






−上杉&太朗−



 「へへ、おーさまみたい」
 太朗は自分の足元に跪いている上杉を見下ろしながら笑った。

上杉のマンションに着いて早々風呂に押し込まれた太朗は、そのまましばらく動かないまま浴室にいた。
 「なんだ、まだ脱いでいなかったのか」
しばらくして戻ってきた上杉は、先程から少しも動いていない太朗を見下ろしながら呆れたように言い、そのまま浴槽の縁に太朗
を座らせると親のように服を脱がしてくれた。
 「へへ、おうさまみたい」
 上杉のような立派な大人の男が細かなボタンを外し、ベルトを取ってファスナーを下げる。
服を脱がされているのに少しも色っぽい雰囲気ではないので、太朗も完全に上杉に身体を預けた。
 「ね、びっくりした?」
 「ああ、驚いた」
 「嬉しかった?」
 「まあ、な」
 「よかったあ〜」
楓と話した時、もちろん上杉を驚かせたいと思ったのが一番だったが、突然外で会っても嬉しいと思ってくれるのかというのも知り
たかった。
目が合った途端に視線を逸らされたら悲しいし、もし上杉の側に大人の女の人がいたとしたら(楓の家なのでそんなことはないと
は思ったが)嫌だと思った。
こんな機会は滅多にないのでチェックしたいと思ったのだが、上杉は太朗の顔を見た瞬間、初めは驚いた表情をしていたが、次の
瞬間には何時もの悪戯っぽい笑みを浮かべながら名前を呼んでくれた。
嬉しくて、少し・・・・・はしゃぎ過ぎたかもしれない。
 「みんなも楽しかったかな?」
 「お前、社会人になったら宴会部長になれ。絶対それだけで出世するぞ」
 「ぶちょー?俺、しゃちょーになりたいんだよなー、ジローさんみたいに」
 「俺みたい?・・・・・あまりいい例じゃないな」
 「そんなことないよ!ジローさんはかっこいいし、頭だっていいし!」
 「タロ・・・・・」
 「ちょっと意地悪で、すっごくスケベだけど、俺にとっては一番だもん!」
 「・・・・・そっか」
嬉しそうに笑う上杉の顔を見て、太朗は心の中で父親は別だけどと呟く。
それでも、今まで太朗にとっての一番は父親だけだったところに、上杉はこんなに短期間で急接近してきたのだ。もしかして父親を
抜かすのもそう遠くないかもしれない。
 「ほら、立て」
 ふらっと立ち上がった太朗の足から下着ごとジーパンを脱がすと、太朗はあっという間に丸裸になってしまった。
さすがに明るい風呂場の明かりの中で1人だけ裸なのは恥ずかしい。
 「ジローさんも脱いで」
 「もちろん、お前1人だけじゃ風呂に入れられないしな」
 上杉の言葉を聞きながらシャワーを出そうとした太朗はあっと叫んだ。
 「母ちゃんに電話!」
 「さっきした。明日は一緒に怒られてやるって」
 「やっぱり怒られるかな・・・・・」
今日は外泊する気ではなかったので、母親には遊びに行くとだけしか言わなかった。きっと明日は雷が落ちるだろう。
(・・・・・ジローさんが一緒なら大丈夫か)
とにかく明日はひたすら謝ろうと、太朗は頭からお湯を被った。






−海藤&真琴−



 「・・・・・」
(・・・・・ここ?)
 まだ少し気分がフワフワとしているような気がして、真琴はゆっくりと瞬きを繰り返す。
そこに、カチャッとドアが鳴る音がして振り向いた真琴は、グラスを手にした海藤の姿を見つけて頬を緩めた。
 「海藤さん・・・・・」
 「酔いは醒めたのか?」
 「・・・・・まだ、頭がグルグルしてます」
そんな真琴の言葉に海藤は目を細める。
優しいその表情に真琴は見られている自分の方が恥ずかしくなって視線を泳がせたが、ふと視線を下に下ろすと自分がパジャマ
を着てベットに座っていることに気付いた。
 「・・・・・ごめんなさい」
自分が着替えた記憶がないとすると、してくれた人間は1人しかいない。
しかし、頭を下げようとした真琴をそっと止めた海藤は持っていたグラスの中身を口に含むと、そのまま真琴に口移しで飲ませてく
れた。
冷たい水だ。
分かった途端に急に喉が渇いた気がして、真琴は海藤の持っているグラスに視線を移した。
 「飲めるか」
頷くと直ぐに手渡してくれたので、真琴は一気に水を飲み干した。
 「・・・・・はぁ・・・・・」
 「まだいるか?」
 「も、いいです」
真琴の答えに海藤もベットに腰を下ろすと、そのまま肩を抱き寄せてくれる。
 「今日は驚いた」
 「ごめんなさい、あの・・・・・」
 「怒ってはいない。結果的に皆楽しんだようだからな」
 「・・・・・」
(そうなのかな・・・・・)
太朗と楓と静。今年の花見での楽しい時間を再現出来ると思ったのだが、そこに思い掛けない人物達が参加してきた。
自分と1つしか歳の変わらない友春は随分大人しい性格のようで、初めはなかなか会話も続かなかったが徐々に慣れて笑顔を
見せてくれるようにもなった。
そこへ現れたアレッシオ。
深い碧の瞳を持つエキゾチックな容貌の男は、かなり友春に影響力を持っているらしく、彼が現われた途端に友春の気配が初
対面の時以上に硬くなったのが直ぐに分かった。
 「・・・・・高塚さん・・・・・大丈夫でしょうか」
 事情は全く分からないが、普通の恋人同士とはとても思えない2人の雰囲気が気になって仕方がない。
しかし、
 「あ・・・・・んっ」
そんな真琴の思考を海藤は自分の方へと引き戻すように、真琴の唇を奪った。
少し強く押し付けるようにしたキスに、真琴は直ぐに海藤のことしか考えられなくなった。
 「真琴」
 「・・・・・」
(・・・・・そっか・・・・・大丈夫なんだ・・・・・)
 何も言わない海藤は冷たい男ではないと分かっている。
何も言わないというのは、心配がないという事なのだ。
 「他の事を考える余裕が出てきたか?」
少し楽しそうに笑んだ海藤に、真琴も笑みを返した。
 「全然・・・・・考えられないです」
 「真琴」
 「海藤さんのことしか・・・・・考えられない」
 まだ、少し酔っているのかもしれない。普段の自分ならば恥ずかしくてとても言えない言葉だ。
 「・・・・・」
そんな真琴の気持ちを十分分かってくれている海藤は、揶揄することなく再び唇を重ねてくる。
(大好き・・・・・)
思いを全て伝えるように、真琴は海藤に手を伸ばした。






−綾辻&倉橋+小田切−



 「ちょっと、お邪魔だって事分かってます?」
 「倉橋さんにとってはいい緩和剤だと思いますけどね」
 ねえと同意を求められた倉橋は、バックミラー越しに引きつた笑みを返した。
(何でこんなことに・・・・・)

 当初、海藤と真琴をマンションまで送る役目を引き受けた倉橋だったが、疲れているだろうからと日向家の前で帰るように言い
渡された。
何時の間に手配をしたのか送迎の車はやってきて、海藤と真琴はそれに乗って帰って行き、倉橋はどうしようかとポツンと立つしか
なく・・・・・しかし、綾辻を送らなければと思い直した倉橋に、背後から悪魔の声が聞こえた。
 「私もアシがないんですけど」
 「・・・・・小田切さん」
 あなたは酔っていないだろうと言い返したくなった倉橋はぐっと我慢した。
自分以外の面々は皆酒に強く、一見しただけでは飲んだという事も分からない。
しかし、さすがに呼気を調べられれば引っ掛かることは確かだろうし、そんな些細なことで警察と関わりあうのも嫌だという事は分か
る。
ただ。
 「車を取りに来られた方がいるんではないですか?」
 ここに来る時に乗ってきた小田切の車を運転する者も来ているので、そのまま後部座席に乗れば話は済むのではないだろうか。
そう言った倉橋に、小田切は笑いながら首を振った。
 「それはちょっと」
 「なんです」
 「面白くないでしょう?」
 「・・・・・」
 「せっかく楽しい気分なんですから、帰りも楽しく帰りたいじゃないですか」
 「・・・・・」
(あなただけは楽しいでしょうけど・・・・・)
倉橋はチラッと綾辻を見た。
 「・・・・・あなたは、どうなんです?」
ついさっき、マンションに泊まるかどうかまで言っていた綾辻。このまま彼が小田切の同乗を了承するとは思えなかった。
案の定綾辻は少しだけ眉を顰めて小田切に言った。
 「私達だって楽しい時間を過ごしたいんですけど」
 「・・・・・」
(もっと言葉を選んでっ)
 なんだかそのものずばりな事を言われた気がして倉橋は耳が熱くなるのを感じたが、それでもここで訂正するよりはと口を噤んで
小田切の返答を待つ。
小田切は綾辻と倉橋の顔を交互に見ていたが、やがてくっと笑みを浮かべると、綾辻に向かって言った。
 「綾辻さん、せっかくいい物を分けて差し上げようと思ったんですが」
 「あ」
 「?」
何のことか分からない倉橋は首を傾げたが、綾辻は何か心当たりがあるのか、あっと叫んだ。
 「いらないんですか?」
さらに追い討ちを掛ける様に言葉を続けた小田切に、やがて綾辻は渋々といったように頷いた。
 「仕方ないわねえ」
 「綾辻さんっ?」
 「克己、困った時はお互い様よ」
 「いい言葉ですねえ」
何時の間にかタッグを組んだらしい綾辻と小田切は顔を見合して笑っている。
 「・・・・・」
その笑みにはかなり悪い予感はするものの、ここで断れるのならば今まで倉橋も苦労は無かった。
 「・・・・・どうぞ、お乗り下さい」

 「ちょっと、お邪魔だって事分かってます?」
 「倉橋さんにとっては、私はいい緩和剤だと思いますけどね」
 「・・・・・そうですね」
 「もうっ、克己〜早く2人きりになりたいわね〜」
 わざとらしく大きな声で言う綾辻に、倉橋はもう言い返すことも出来ない。とにかく嫌そうな顔は見せないようにと(後から何を言
われるのか分からないので)、必死にハンドルを握り締める。
 「克己〜」
 「・・・・・」
(もう、絶対にマンションには寄らない・・・・・っ)
小田切を送り、綾辻のマンションに戻ったら絶対にそのまま帰ってやる。
倉橋はそう決心すると、なにやらまだコソコソ話している2人を振り返らずに真っ直ぐに前を見つめていた。




                                                                      end




                                        





完結です。長い間お付き合いくださってありがとうございました。

書いていた私が楽しんだように、皆さんも楽しんで頂けたら嬉しいです。