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−楢崎&暁生−



(怒ってる・・・・・)
 散々泣いた暁生は、車に乗ってしばらく経つとかなり意識もしっかりしてきた。
楢崎も飲んでしまったので、車は組から呼んだ部下が運転していて、楢崎は暁生と共に後部座席に座っている。
 「・・・・・」
腕を組み、目を閉じている楢崎が相当怒っているのは確かだろう。
暁生は、どうしてあんなに酔ってしまったのだろうと自分自身が情けなくて、楢崎から身体を離して車の端で小さくなっていた。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「どうした」
 不意に、楢崎が言った。
 「まだ気分が悪いのか?」
 「う、ううんっ、あ、いえ、大丈夫ですっ」
車の中は2人きりではないと言い直した暁生に、楢崎は眉を顰めた。
 「暁生」
 「ご、ごめんなさい!あんなにたくさんの人の前で、俺、楢崎さんに絡んじゃって、でも、本当に今まで酔ったことがなくて分からなく
てっ」
 「おい」
 「もう、俺、絶対、お酒飲みませんからっ、もう絶対楢崎さんに迷惑掛けないようにしますからっ、俺っ、俺のこと、嫌いにならない
で下さい!」
一気にそこまで言った暁生はギュッと目を閉じる。
すると、少したって誰かの笑い声が車内に響いた。
 「ナラさん、慕われてますね」
笑いながらそう言ったのは、運転をしている人物だった。
地位的には中堅ながら、もうかなり長い間この世界にいて楢崎よりも年上のこの組員は、楽しそうに笑っている。
 「そんな怒った顔ばかりしてたら、暁生に怖がられますよ」
 「・・・・・」
 暁生はチラッと楢崎を見上げる。
その顔は怒っているというよりも、少し困ったように見えた。
(・・・・・怒ってない?)
 「・・・・・怒ってないぞ」
 「ほ、ほんとう?」
 「あれだけ大勢の前で、大好きだ、離さないでくれと言われて困ってただけだ」
 「・・・・・っ」
(俺、そんなこと言ってんだ・・・・・?)
ずっと泣いていたことは覚えているが、その時に口走った言葉はほとんど覚えていない。しかし、楢崎が嘘を言う必要もないので、
多分そう口走ったというのは本当のことだろう。
地位のある人間達の前で楢崎に恥をかかせたのかと真っ青になって俯いた暁生だったが、そんな暁生の頭をポンと優しく叩いて
楢崎は言った。
 「別に嫌だったわけじゃない」
 「・・・・・」
 「嬉しくて困っただけだ」
 「・・・・・っ」
普段甘い言葉など言う事もない楢崎のその言葉に、暁生は再び涙腺が緩んできてしまう。
けして酔いのせいではないその涙を流しながら、頭上で感じる楢崎の困ったような気配を暁生は愛しく思った。






−江坂&静−



 マンションに戻ると、静はは〜っと溜め息をついた。
皆と一緒にいる時間は楽しかったが、ここに戻ると自分の居場所に帰ったのだと思えてホッとするのだ。
 「疲れたでしょう?」
 優しく笑いながら後ろから抱きしめてくれる江坂に、静は笑いながら振り向いて言った。
 「江坂さんこそ・・・・・。でも、今日は本当に楽しかった」
同世代との賑やかな食事というものをした事がない静にとって、今日の酒宴はカルチャーショックの連続だった。
同じ箸で食べ合うことも、行儀悪く足を崩すことも、食事の間中ずっと話しているのも、今までほとんど経験が無かっただけに楽し
くて仕方なかった。
大学でも家の名前のせいか距離を置かれたり、誘ってくれてもかなり高級な場所だったりと、それまでの静の生活と大差なく、大
学に行けば変化があるかもしれないという期待をするだけ無駄かと思っていたのだ。
 「江坂さんのおかげです」
 「私は何もしていませんよ。彼らと友人になったのはあなたの力でしょう」
 「・・・・・友達・・・・・かな」
 「そうとしか見えませんよ」
 静はくすぐったそうに笑った。
 「そうだとしたら嬉しいですけど」
 「私が妬きもちを焼きそうなほどに楽しそうだった。私のことを忘れていたでしょう?」
 「そんなことないですよ!ちゃんと江坂さんのこと見てました!」
江坂の存在を忘れることなどありえなかった。
今の静の生活の中で江坂の存在はとても大きく、忘れるなんて出来ないし、それ以上にしたくも無い。
現に、今日も皆と楽しく食事をしていても、時折確認するように江坂を振り返っていたくらいだ。
 「最後はみんな酔っちゃって大変でしたけど」
 「・・・・・静さんは強いですよね。酔うことなんてあるんですか?」
 「パーティーによく連れ出されて、少しづつ飲んできたから鍛えられたのかな?それに、酔うほど飲んだこともないし」
 「・・・・・じゃあ、絶対に酔わないという事も無いということ?」
 「多分」
 よく分からないけどと言いながら首を傾げた静を見て、江坂は何を思ったのか抱きしめていた腕を離した。
 「江坂さん?」
そのままキッチンに行った江坂は、素早くグラスと氷を用意してくる。どうやらこのまま酒を飲もうとしているというのは分かったが、日
付が変わったこんな時間からと静は途惑ってしまった。
それに、江坂はさっきも結構飲んでいたはずだ。
(明日も仕事があるみたいなのに・・・・・)
アレッシオに何か言っていたと思い出した静は、手際よく準備をする江坂に言った。
 「あの、飲むのはまたにしませんか?明日も仕事あるんでしょう?」
 「静さん」
江坂はリビングのテーブルの上にグラスを置くと、そのまま静の腕を引いて一緒にソファに座った。
 「少しだけ付き合ってください」
 「で、でも・・・・・」
 「可愛く酔ったあなたを見てみたいんです」
 「か・・・・・」
(可愛く・・・・・なんて・・・・・)
 自分の容姿に無頓着な静は、江坂が何度も自分の容姿を褒めてくれるのはお世辞だと思っている。自分は無表情であまり
可愛げのない方で、本当に綺麗だというのは楓のような人間のことを言うはずだ。
それでも、江坂にそう言われるのは嬉しくて、静はわざと困ったように眉を顰めるもののその頬は緩んでいた。
 「・・・・・少しだけですよ」
 「ええ、ありがとうございます」
いったいどれだけ飲めば自分が酔うのかは分からないが、もしも酔えたのならば今日の皆のように恋人に可愛く甘えることが出来
るかもしれない。
恥ずかしさが先に立って何時も江坂の行動を待っている自分だが、自ら手を伸ばして江坂に触れることが出来るかも・・・・・そう
思うと、静は少し濃い目の酒を口にする。
 「無理はしなくていいんですよ?酔わなくてもあなたが可愛いのは変わらないんですから」
 「・・・・・っ」
普通の顔で、普通の声で、こんなに恥ずかしいことを江坂はよく言えると思う。
静は早く自分も酔ってこの恥ずかしさを消してしまいたいと、慌ててグラスの中身を飲み干した。






−アレッシオ&友春−



(な・・・・・に?)
 唇に何か触れる感触がして、友春は少し嫌がるように顔を逸らした。
しかし、その感触はどこまでも追ってきて、友春はやがて根負けしたように動くのをやめた。
 「・・・・・モ」
 「・・・・・」
 「トモ・・・・・」
独特のニュアンスで自分を呼ぶ声。こんな呼び方をするのはたった1人しかいないはずだ。
友春はゆらゆらと揺れる意識の波からようやく浮上して、やがてゆっくりと目を開いた。
 「・・・・・ケイ?」
 「やっと目覚めたか。お前が相手をしてくれないから時間を持て余してしまった」
 自分を見下ろす深い碧の瞳。その光にこちらが恥ずかしくなってしまうほどの愛情が込められているように感じて、友春はぎこち
なく視線を外してしまった。
 「あ・・・・・の、ここ・・・・・」
間接照明だけが点けられた薄暗い部屋の中・・・・・かなり広い空間のゆったりとしたベットに横になっているのは分かる。
何時の間にか服ではなくバスローブ姿だというのにも気付いて、友春は瞬時に頬を染めた。
 「私が滞在するホテルだ」
 「ケイの・・・・・」
 「昨日のパーティーは終わっているぞ。お前達が酔ってしまったからな、保護者は世話をしなくてはならないだろう?」
 穏やかに説明するアレッシオの言葉を聞きながら、友春は意識をなくす前までのことを断片的に思い出した。
静以外は初対面の相手ばかりだったが、思った以上に早く溶け込めた感じがする。同じ世代との会話がこんなに楽しいものだっ
たのだと改めて思い、その彼らの力を借りるようにしてアレッシオと向き合うことも出来た。
 「・・・・・」
どうしても2人きりで会うと、緊張と恐怖の方が先に立って会話を成立させるのも難しいのに、今日のアレッシオは纏っている雰囲
気も穏やかで側にいてもそれ程怖いとは思わなかった。
(みんなのおかげ・・・・・あ)
 「トモ?」
 急に友春の表情が曇ったことに気付いたアレッシオがその顔を覗き込んでくる。
思った以上に近くなってしまったその距離に途惑いながら、友春は今思ったことを口にした。
 「みんなの連絡先・・・・・聞いてなかったから・・・・・」
あらためて思うと、静とさえ携帯の番号もアドレスも交換していない。大学で会ったら話をするというスタンスだったので、わざわざ連
絡を取り合うという事をしていなかったのだ。
それに気付くと、今回の礼さえも直ぐには言えないのだと落ち込んでしまった。
 「シズのアドレスならエサカに聞けばいい」
 「え?」
 「それに、ターロのアドレスなら知っている。ほら」
 友春は目の前に差し出されたアレッシオの手の甲を見て目を見開いた。そこに、アルファベットのようなものが書かれてあったから
だ。
 「それ・・・・・」
 「船に乗って本場のピザが食べたいそうだ。ジローと行くのに、美味しい店を紹介しろと言ってた」
 「あ・・・・・」
アレッシオの言葉に、友春もパッとその時の光景を思い出した。
まだ酔ってはいなかった時、それでもテンションの上がった太朗は、イタリアはピザだと叫んでアレッシオにどんな種類があるのかと聞
いていた。
その上誰かからボールペンを借りると、紙に書いたら失くすと困るという事で、アレッシオの手に直接自分のアドレスを書いたのだ。
友春からすればアレッシオにそんなことをする太朗が凄いと唖然としたが、周りの者達もかなり驚いていた。
さらに驚いたのは、それをアレッシオが許したという事だ。
もしかしたらアレッシオは太朗を気に入ったのだろうか・・・・・そう思うと、友春はなぜか胸が締め付けられるような気がしたが。
 「これは新たな鎖だな」
 「・・・・・え?」
 「お前を捕まえる手段がもう一つ増えたというところだ」
 「・・・・・?」
 「私がこの子に何かしないように、お前は私を避けるわけにはいかなくなった。トモ、私は私からの連絡を無視したお前を許したわ
けではない」
 「あ・・・・・」
 不意に、アレッシオの纏っている空気が淫靡なものに変わった。
 「せっかくエサカがスケジュールを開けてくれた。今日の昼まで、ベットから出れると思うな」
言葉の内容とは裏腹に、優しく唇を重ねてくるアレッシオ。
友春は思わず目を閉じてそれを受け止めながら、こんな気持ちになるのはまだ酔いが醒めていないせいだと、途惑う自身に言い
訳をしていた。






−伊崎&楓−



 「・・・・・もう、眠ったんですか?」
 ある程度の片づけを終えた伊崎が、ようやく楓の部屋を訪れた。
さっきベットに運んだ時はまだ酔いが残って全く無反応だった楓だが、今は伊崎の声に僅かに反応して肩を揺らした。
それでも頑なにベットに顔を伏せているのは、目が合えば伊崎に叱られることが分かっているからだ。
(マコさんやタロを呼んだこと・・・・・絶対怒ってる)
 もしかしたら、真琴と太朗だけだったら怒られることはなかったかもしれない。困った人ですねと眉を顰めたかもしれないが、それ
でもそれ程問題にはならなかった気がする。
問題は、太朗が誘った静だ。
(タロの奴・・・・・っ)
 上杉を驚かせる為にと静と江坂を誘った太朗。その静が偶然連れてきた友春。その友春を捜してやってきたアレッシオと、まさに
《友達の友達はみな友達》状態になってしまった。
(確かに俺も賛成したけど・・・・・)
あの上杉を驚かせるのは楽しみだと思っていたが、事は楓の想像以上に大きかったらしい。
伊崎だけでなく、兄も組員達もかなり緊張して気を遣っているのを見て、後からしまったと思ってももう遅かった。
 「起きてるんでしょう」
 「・・・・・」
 ベットが沈んだ。
伊崎が側に腰を下ろした気配を感じ、楓は更に緊張する。
 「楓さん」
 「・・・・・」
 「楓さん」
 「・・・・・ごめん」
ようやく、それだけを言った。
 「・・・・・何がごめんなさいなんですか?」
 「・・・・・恭祐を困らせた」
 「それだけ?」
 「それが一番・・・・・」
兄にも組員達にも悪かったとは思うが、楓が一番気にするのは伊崎の反応だった。
 「・・・・・」
 楓はモゾモゾと身体を動かし、伊崎の腰に手を回してギュウッと抱きついた。
 「恭祐・・・・・」
 「・・・・・酔いが醒めたのならいいですね」
 「え?・・・・・わっ」
いきなりグイッと身体を反され、楓はベットの上に仰向けになってしまった。その楓の真上から伊崎が顔を覗き込んでいる。
 「恭・・・・・祐?」
 「酔っていたら、お仕置きをしても忘れてしまうでしょう?ちゃんと覚えておいてもらわないといけませんから」
そう言いながら伊崎の手は楓のシャツのボタンを外し始める。
まだ熱い素肌に伊崎の冷たい指先が触れて、楓はビクッと身体を震わせてしまった。
 「恭・・・・・!」
 「私の苦労を労ってくれるのなら、今日はあなたが嫌だというまで付き合ってもらいますよ」
 「え?え?」
 「大丈夫。優しく、泣き出すほど気持ちよく・・・・・叱ってあげますから」
綺麗な顔に笑みを浮かべ、伊崎は楓の首筋に顔を寄せてくる。
甘く噛まれたその刺激に背を反らせながら、楓は何時終わるかも分からない甘い責め苦を甘受することになった。





                                  





酒宴その後。今回は4カップルです。

みんな結構甘く書けたと思いますがどうでしょうか?後3組プラスα、お待ち下さい。