5
午後4時から始まった新年会は、それから5時間、午後9時まで続いた。
もちろんずっと飲んだり食べたりしていただけではなく、真琴と楓と太朗はそれぞれの学校の話をしたり、お互いの彼氏の
自慢や愚痴(結局は惚気になってしまうが)を話したりと、まるで花が咲いたように盛り上がり。
海藤と上杉と伊崎は今年の様々な義理事の話や、株の事など、お互いの情報(あくまでも協力し合える範囲でだが)
を話し合っていた。
そして、綾辻と小田切は仕事の話は一切しないで、恋人自慢に花を咲かせていて、傍に居た倉橋は無表情を装うの
に苦労しており、そろそろお開きといった頃にはほうっと溜め息をついた。
「今日はありがとうございました」
店を出た海藤は、今日の支払いを全て請け負った上杉に頭を下げた。
高級料亭とまではいかないものの、ある水準以上の料理に、上等の酒、そして貸切代と、安くはない金額だが、ここでワ
リカンなどと言えば上杉の顔が立たない。
近い内に自分が奢ればいいと思ったからこそ、海藤は素直に礼を言ったのだ。
「ご馳走様でした。とても楽しかったです」
真琴もペコリと頭を下げると、太朗に視線を向けて言った。
「太朗君、良かったらメールしてね。時間が合うようだったら今度遊ぼう」
「はい!じゃあ、楓も一緒な!」
真琴の言葉に即座に頷いた太朗が、楓に向かって笑いかける。
さすがにもう反発するようなことを言おうとは思わず、楓は綺麗な立ち姿のまま偉そうに言い放った。
「連絡はそっちからしろよ。俺は自分から動くなんて面倒だから」
「何だよ、その言い方は〜!」
たちまち小さな言い合いが始まってしまうが、太朗の顔はずっと笑っているし、楓の目も険などは見当たらない。
(仲良くなったんだ、2人)
最終的に一番いい形に落ち着いたようで、真琴は安堵感からホッと溜め息を零した。
「本日はお世話になりました」
伊崎も、上杉と海藤の両方に深々と頭を下げた。
本来ならば、この2つの組と日向組の間にはかなりの格差があり、同じ席で同じ酒を飲むなどなかなか許されることでは
なかった。
だが、上杉も海藤も実力主義者なので、格というものには拘らずに接してくれる。
それがどんなに貴重で心強いか、伊崎は嫌というほど経験していた。
(それに、楓さんも楽しそうだった)
普段は他人と・・・・・それも同世代の人間相手にはどこか距離を置いている楓も、真琴と太朗相手には素直な自分
を見せていた。
特に太朗との言い合いは見ていて年相応で、伊崎はこんな楓も可愛いと思っていたくらいだった。
「これからが大変だからな。まあ、何かあったら言ってきてくれ、出来るだけの手は貸そう」
「感謝します」
「海藤もそうだろ」
「・・・・・ええ」
短いが、その言葉には深い意味が汲み取れる。
伊崎は2人に感謝して、更に深く頭を下げた。
「絶対、連絡くれよ?メールが苦手なら電話だっていいしさ」
満面の笑顔の太朗に、楓は内心苦笑するしかなかった。
(俺の言ったこと、信じてるんだ)
携帯の番号とアドレスを交換した時、楓はわざと「俺はあんまりメール好きじゃない」と言った。
それは、もし相手からメールが来なくても、楓がメールを好きじゃないと言ったからだと思えるようにする為だ。
ヤクザという特殊な家庭環境に育った楓は、昨日まで仲が良かった友達が、翌日には背を向けたという経験を嫌という
ほどしてきた。
今でこそ、楓の飛びぬけて美しい容姿に惹かれて周りに群がる人間はいるし、家庭と本人は別と言う考え方も出てき
ているが、幼い頃に経験した辛い思いは今だ消えることはなく、楓はまるで癖になってしまったかのように相手を試してしま
うのだ。
それを軽々と越えてきたのは真琴で、だからこそ楓は真琴に対して素直だった。
「電話も嫌い」
「なんだよ、めんどくさい奴だなあ」
太朗は一瞬口を尖らしたが、ふと思いついたように声をあげた。
「じゃあ、今度遊び行ってもいい?それで、もっと話してさ、続きがしたくなったら電話とかメールもしなくちゃいけなくなる
し」
「お前、俺んちの事聞かなかった?俺の家はヤクザの組なんだぞ」
「それはさっきちゃんと聞いたって!でも、伊崎さんは優しいし、第一、ジローさんだってヤクザだけど全然怖くないし」
「・・・・・」
(それはお前限定だろ)
「ねえ、真琴さんもどうですか?」
「お泊り会?楽しそうだねえ。あ、じゃあ、連絡取る為にも、楓君はちゃんと太郎君と電話やメールしないとね」
「あ、そっか。じゃあ、そういうことだから、ちゃんとメールは返せよ!」
「・・・・・分かった」
「それでは、お先に失礼します」
一番最初に来た迎えの車に乗った楓は、思わずといったふうに後ろを振り返った。
そこには大きく手を振る太朗と、にこにこ笑いながら手を振る真琴の姿があった。
「・・・・・楓さん、寂しいですか?」
「・・・・・俺には恭祐がいる」
「・・・・・」
「でも・・・・・楽しかった」
ポツンと呟く楓の横顔は本当に寂しそうで、伊崎は思わずその華奢な身体を抱きしめた。
「恭祐?」
普段は滅多に人前ではしてくれないスキンシップに途惑った楓だったが、伊崎にそうされて嬉しくないはずがなく、直ぐにコ
テンとその胸に頭を預けた。
「マコさんは相変わらず優しかったし・・・・・あいつも、もしかしたらいい奴なのかもしれない」
「苑江君のことですか?」
「・・・・・連絡取ってもいい?」
「もちろんです。彼はいいお友達になってくれると思いますよ」
「・・・・・後、もう一つ」
「何ですか?」
「今夜は一晩中俺の傍にいろよ?」
もちろん、素肌で・・・・・そう、伊崎の耳元で囁いた楓は、その耳たぶを軽く噛む。
「楓さん」
すっかり、何時もの我が儘な猫になった楓に、それでも伊崎は苦笑しながらはいと頷いて・・・・・運転手からは隠れて頬に
承諾のキスをした。
「どうだった?」
「上杉さんって面白い人ですよね。なんか、綾辻さんに似てる」
「そうか」
迎えの車に乗った真琴は、海藤の隣にピッタリとくっ付いて座ると、今日の新年会の話を楽しそうにした。
綾辻と倉橋はその場で帰宅してもいいと言って店の前で別れたので、車の中は運転手の弘中しかいない。
「お正月から、楽しかった」
「明日は実家に帰るんだな」
「お正月はやっぱり顔を見せたいから。でも、日帰りで帰りますよ?海藤さんと離れるの、寂しいから・・・・・」
「・・・・・」
海藤は真琴の肩を抱き寄せた。
海藤としても、一晩でも真琴を抱きしめられないとなると寂しいというのが本当だが、家族を大切にしている真琴の思い
というものも良く知っている。
それに、今は真琴がちゃんと自分の元に帰ってくることを信じられるので、海藤も送り出すことが出来るのだ。
「ゆっくりしてきていいぞ」
「え?」
「泊まってくるか?」
「・・・・・」
「真琴?」
「・・・・・やだ」
少し怒ったように、そしてどこか不安そうに、海藤から目を逸らして言った真琴だが、その指先は海藤のコートの裾を掴ん
でいる。
その子供っぽい仕草が可愛くて、海藤は口元に笑みを浮かべてそのまま唇を重ねた。
「ん・・・・・っ」
「・・・・・迎えに行くから連絡しろ」
優しいその言葉に、真琴は素直に頷いた。
太朗は車の中でう〜んと背伸びをすると、嬉しそうにへらっと顔を綻ばせた。
「今日は呼んでくれてありがと!すっごく楽しかった!」
「俺をずっと放っておいたくらいだからな」
そう言いながらも、太朗の楽しそうな顔を見るのは上杉も楽しく、今日の新年会を計画して(計画したのは小田切だが)
良かったと思った。
「でも、俺さあ、今日認識を改めたね」
「ん?」
「今日会った海藤さんと伊崎さんが、本当のヤクザさんなんだってこと」
「なんだ、それは」
「だって、ジローさん何時もふざけてばっかりじゃん!仕事だってどうやってサボろうか考えてばっかだし、ちょっとヘラヘラし
てるし、あんまりヤクザさんって感じしないでしょ?でも、海藤さんや伊崎さんは黙ってても威厳があるっていうか・・・・・無
口な男ってカッコいいよね〜」
「タロ・・・・・」
(俺をそんな風に見てたのかよ)
確かに、上杉から見ても、海藤や伊崎は上等な男だが、だからといって自分が負けているとも思っていない。
それなのに一番よく思って欲しい太朗がそう言うと、どっと身体から力が抜けるような気がした。
しかし・・・・・。
「でも、俺はジローさんで良かった」
「・・・・・タロ?」
「あの中で、ジローさんが一番偉そうだったし、大声で笑ってたりもしてたけど、一番・・・・・カッコ良かった」
言った後、太朗は恥ずかしそうに下を向いて笑う。
上杉は急に感情が高まって、ギュッと太朗を抱きしめた。
「今夜は帰れると思うなよ?」
「へ?」
「セックスも一番だって事を証明してやる」
「う、あ、え?」
「楽しみだなあ、タロ」
口は災いの元という諺を、太朗はその夜一晩かけて自分の身体で思い知る事となった。
店の前には、綾辻、小田切、倉橋が残された。
「・・・・・このまま帰るのは勿体無いわね」
そう綾辻が言うと、
「滅多にこうして会う機会はないですからね」
小田切が穏やかに続けた。
「じゃあ、もう少し飲む?」
「綾辻さんの可愛らしい恋人の話、もっとゆっくり聞きたいですね」
「あら、小田切さんの愛しのワンちゃんの話も聞きたいわ」
「・・・・・」
(まずい・・・・・気がする)
2人の会話をじっと聞いていた倉橋は、ここは早く抜けたほうがいいととっさに頭を下げて言った。
「それでは私はお先に失礼します」
しかし・・・・・倉橋はそのまま無事に帰ることは出来なかった。
何時の間に近付いたのか、綾辻と小田切が左右から倉橋の腕を取って拘束したのだ。
「ここで帰るなんて寂しいじゃないですか。倉橋さんにももっと楽しい話を聞かせてもらいたいな」
「そ〜よ、克己。せっかく小田切さんがノロケを聞いてくれるって言うんだから、私達のこと、もっとゆっくりじっくり聞いても
らいましょうよ」
「な、何のことですか!」
「私の話もじっくり聞いてもらいますよ。体位や道具の話も楽しくね」
「!」
「ふふ、楽しそう」
両腕をそれぞれ男に取られてしまった倉橋がそのまま逃げ出すことなど出来るはずもなく・・・・・その夜、倉橋は想像もし
たことがないディープな世界を知ることとなってしまった。
end
![]()
![]()
終わりました。
お正月らしく、楽しい話になったのではないかと思います。
今回も、やっぱり大変だったのは倉橋さんじゃないかな。綾辻さんと小田切さんという2人に挟まれてどんな話を聞かされ
てしまったのか・・・・・ちょっとその光景を見てみたいかも(笑)。