青く高い空を見上げながら、いずみは呆然と呟いた。
 「ホントに来た・・・・・」
今朝都心のマンションを出たと思ったら、数時間で熱い太陽の下に立っている。
まだ夏というには早い時期だが、沖縄は既に真夏の様相だった。
 「飛行機の中で窓にかぶりついていたくせに?」
 「し、仕方ないでしょう、飛行機に乗るの初めてだったんですから!」
 「それにしてもはしゃいでたぞ。洸(こう)君より」
 「そんなことないですよ!ね、洸君」
 「はい、僕の方が緊張し過ぎて迷惑かけてしまって・・・・・」
 「そんなことないよ!洸君大人しくていい子だし!さすが尾嶋さんの甥っ子さんだと思いました!」
 「それは、光栄です」
 穏やかに微笑んだ尾嶋は、自分の隣に立っている少年を優しく見つめる。
(わ〜、尾嶋さんがあんな顔するなんて・・・・・。ホントにかわいいんだな、甥っ子さんが)
 今朝、空港で紹介してもらった尾嶋の甥は、洸という名の高校一年生だった。いずみより小柄で細身の洸は、まだ
まだ成長途中といった感じの、可愛らしい少年だった。
大きなくるんとした目や仕草が可愛くて、いずみは弟の事を思い出して思わず抱きついてしまったくらいだ。

 『かわい〜〜!!』

 傍目から見れば微笑ましい光景だったが、心の狭い大人の男が約2名・・・・・いた。
直ぐに後ろからいずみの身体を抱き寄せた慧と、洸の腰を引き寄せた尾嶋は、無言で互いの顔を見合わせて互いの
連れを自分の傍に落ち着かせた。
 「洸君も沖縄初めて?」
 「はい、和彦さんと旅行するのも初めてだし」
 洸が尾嶋を見上げると、尾嶋は仕事中には見せない優しい目を向ける。
 「暮らし始めてまだ間がなかったしね。洸も私に気を使って、落ち着かなかっただろうし」
 「そんなこと!和彦さんにはすごく良くしてもらって、僕一緒に暮らすようになって嬉しかったよ?」
 「そう言ってもらうと、嬉しいよ」
 「仲いいですね〜」
そういえばしばらく実家に帰っていないことを思い出し、いずみは最近生意気になってきた弟の事を思い出した。
(お土産買って帰ろっと)
 「さあ、車が来ていると思いますので、とりあえずホテルに向かいましょう」
尾嶋の言葉に、一同はやっと空港の外へ歩き始めた。



 尾嶋のスケジュールでは、かなり以前から沖縄行きは決まっており、それ以前のスケジュールは慧にとってかなり詰め
込まれたきついものだった。
しかし、いずみとの仲を進める為にも環境の変化は最適と、慧は文句も言わず仕事をこなし、無事今日の旅行にこ
ぎつけた。
飛行機の中で、ワクワクしながら子供のように外をじっと見つめているいずみの姿を見ているのは楽しかったし、空を見
上げて弾ける様に笑う姿は眩しかった。
(尾嶋の意外な姿も見れたしな)
 積極的に誰かの世話を焼くという尾嶋の姿は初めて見た。
何時もはクールで、どこか冷めている尾嶋が、洸が近くにいるというだけで表情が豊かになっている。
(恋愛の力は偉大だな)
 さすがに手を出してはいないようだが、洸の方も尾嶋に対して好意を持っているのは分かる。それを恋愛感情に持っ
ていくのは尾嶋には簡単なことだろうが、そんな駆け引きめいたことは洸に対してはしないだろう。
 「専務!すっごいホテルですよ!」
 「こら、窓から顔を出すな」
 そして、慧も、いずみに対しては駆け引きなどしたくなかった。ずっと共に生きたいと思った相手に、そんな不誠実なこ
とは出来ない。
 「プール、あるかなあ」
 「海の方がいいだろ」
 「プールは別物なんです!ホテルのプールなんて憧れるじゃないですか!洸君、一緒に泳ごうよ!」
 「はい!」
 互いの想い人の水着姿は魅力的だが誘う相手が違う。
大人の男であるはずの慧と尾嶋は、そんな理不尽なことを考えながら憮然としていた。