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「本当に今日はお会い出来て良かった」
「こちらこそ」
「今度はゆっくり食事でもしましょう」
「ええ、ぜひ」
握手を交わし、相手をドアの前まで送った慧は、相手の姿が消えた途端、大きな溜め息を付いて隣に立つ尾嶋を
睨んだ。
「お前、やっぱり私が嫌いだろう」
「・・・・・そんなことありませんよ」
「その間は何だ」
ホテルに着き、早速いずみとイチャイチャしようとしていた慧は、尾嶋の一言で引きつった笑みを浮かべた。
『今からアポを頂いた方々との面会があります。大丈夫、お一方10分か15分程度で終わらせて頂いて結構です
から』
このご時勢に黒字続き、右肩上がりの業績を続ける国内でも屈指の、そして海外でも有名な香西物産とお近付
きになりたい企業や個人は、常に山のように存在していた。
常ならばなかなか会う機会がないが、パーティー会場でならと考える人間は意外と多く、殺到した申込みに対応する
為、尾嶋はホテルの会議室を借り、到着してからずっと面会をこなしている。
「私はいずみと旅行で来たんだぞ?むさくるしいオヤジ達の顔を見る為に、わざわざ沖縄まで来たんじゃない」
「これでもかなり絞り込んだんですよ」
「全く、これじゃ会社にいるのと変わりないじゃないか」
「そのあなたに付き合っている私も、洸との貴重な時間を潰してるんですが」
香西物産の次期後継者・・・・・その立場がある限り、ある程度のプライベートの犠牲は覚悟しないといけない・・・・
・それは頭では理解しているが、感情的には納得出来ないのだ。
「いずみは?」
いずみにまで退屈な思いはさせられないと、この場にいなくてもいいように言ったが、1人で何をしているのか先程から
気にはなっていたのだ。
「松原君には洸の面倒を見てもらっています。それに、彼にも一つアポが入ってますから、今頃はその方と面会中じゃ
ないでしょうか?」
「いずみに?誰だ?」
「会長です」
「会長って・・・・・じいさんかっ?」
「はい。ぜひこの機会に松原君に会いたいと、今回のスケジュールに合わせて先程お着きになられたようです」
会長という立場で第一線から退いているとはいえ、俊栄はかなり忙しい立場の人間だ。この突然のスケジュール変
更には、向こうの秘書達もかなり泣かされただろう。
(全く、あの人は・・・・・っ)
「・・・・・尾嶋、後何人だ?」
「後・・・・・8人ですね」
「急げっ、早く終わらせるぞっ」
(あのじいさんといずみを長く会わせるなんて・・・・・怖いじゃないかっ)
「は、初めまして・・・・・じゃ、ないのか、あ、あの、松原いずみです」
「いずみ君・・・・・会いたかったよ」
俊栄の登場に慧が驚くよりも少し前、ホテルのラウンジでいずみは俊栄と対面した。
今年76歳になるらしいが皺は少なく肌も張りがあり、頭髪も少し大目の白髪が混じっているが綺麗に撫で付けられ
ている。
体格も身長も遥かにいずみより立派で、せいぜい60代前半にしか見えなかった。
俊栄は緊張した面持ちで面前に立ついずみを目を細めて見つめ、やがて深々と頭を下げた。
「もっと早く、こうして君に直接礼が言いたかった。本当にあの時はありがとう、心から感謝している」
「そ、そんなっ、顔を上げて下さい!わざわざお礼を言ってもらうほど大したことじゃ・・・・・」
「いや、君は私の命の恩人だ。本当に・・・・・ありがとう」
いずみが緊張してしまわないように、対面はホテルの部屋ではなくラウンジが選ばれた。
しかし、それは他人の目もあるということで、大企業の要人が頭を下げるところを見られるのは良くないと、いずみは慌
てて俊栄の傍に駆け寄って、とりあえずソファに腰を下ろしてもらった。
「お礼は受け取りました。だから、もうこれで終わりってことで」
「・・・・・そうか?」
目じりに優しい皺を浮かべる俊栄は、今でも端正な容貌だった面影を残している。
(専務は会長似なんだ)
感心したように見つめていたいずみは、自分の後ろを見る俊栄の視線に、あっと気付いたように言った。
「彼、尾嶋さんの甥で、洸君っていいます。今回一緒に来てて」
今まで2人の雰囲気に所在無げに立ったままでいた洸が、いずみの紹介に慌てて頭を下げた。
「尾嶋洸です、初めまして!」
「ああ、君が彼の」
俊栄は尾嶋の事も知っているらしく、学生らしい初々しい洸の態度に好感を持ったようだった。
「これから街に出て、何か美味しいものでも食べに行こうか?」
「そ、そんなっ」
「どうせ慧達はまだまだ時間が空かないだろう」
今回のいずみとの対面の為、慧のスケジュールを黒く染めたのは俊栄で、それは正解だったと心の中でほくそ笑む。
しかし、表情には優しい笑みを浮かべたままで、躊躇う2人を安心させるように誘った。
「このままただ待っているのも退屈だろう?ほら」
いずみは洸を振り返った。
「どうする?」
「いずみさんは?」
「確かに待ってるだけじゃ退屈だし・・・・・行っちゃおうか?」
「・・・・・そうですね」
働いている慧達には悪いと思うものの、若い2人はただじっとしているのも退屈なのは確かで、相手が慧の祖父だと
いうこともあり、いずみは少し躊躇った後頷いた。
「じゃあ、少しだけ」
「よし。慧には私の方から連絡しておくから。おい、米田」
可愛い孫のような2人とのデートを楽しみに、俊栄は後ろに控えていた秘書を、車を用意させるべく呼んだ。
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