「呪われているとしか思えない・・・・・」
 片手で頬杖をついたまま、慧は深い溜め息を付く。
 「日頃の行いのせいでしょう」
 「・・・・・」
 目の前のプライベートビーチには人影もまばらで綺麗な夕陽が贅沢に見えるが、慧の心の中はどんよりとした暗雲に
包まれていた。
少し離れたところでは、いずみと洸が用意されたバーベキューを焼きながら楽しそうに話していた。その傍にはちゃっかり
俊栄が陣取っている。
 「お前はどうだったんだ?」
 「洸にも私を好きだと自覚させましたしね。後は時間が経つのを待つだけです」
 「・・・・・いいな」
もう数え切れないような溜め息を再び付き、慧は夕べの出来事を回想した。



 「うぎゃああああああああ!!」
 驚くほど大きな声で叫んだいずみはガバッとシーツを被り、それからはどんなに慧が宥めても出てこなかった。
まだ少しシャツを乱した程度だった慧は諦めたように溜め息を付き、無言でベットから離れると俊栄の背中を押すよう
にしてベットルームから出た。
結局、いずみはそのまま朝までベットルームから出てこなかったのだ。



 「ほれ、食え」
 2人が競うように焼いてくれた串を皿いっぱいに乗せてきた俊栄は、慧とは正反対の満足げな笑みを浮かべている。
その顔を見ると腹が立って、慧は皿を自分の前に引き寄せた。
 「だいたい、じいさんやり過ぎ。支配人にスイートの鍵開けさせるなんて趣味悪いぞ」
 「あの時間で終わってない自分が悪い」
 「あいにく私はそこまで早くないんでね」
 似たもの親子、ではなく、似たもの祖父と孫は、不毛に言い合いをしながら串に齧り付く。
 「納得いかないのは、どうしてあいつはじいさんとは話せて私は無視なんだ?」
 「・・・・・お前は人間の機微の分からん奴だな。仮にも身体を合わせようとした人間に対して、可愛らしく恥らっている
だけじゃないか」
 「・・・・・納得出来ない」
 結局、今朝は随分遅い朝食になったのだが、どんなに話し掛けてもいずみはどこかよそよそしく、なかなか視線さえも
合わせようとしなかった。
慧は出来るだけ2人きりの時間を作ろうとしたのだが、いずみは洸を誘って昼過ぎから今まで遊び続け、結局夕食も
みんなでバーベキューということになってしまったのだ。
当初はこの旅行で必ずいずみと既成事実を作ろうと思っていただけに慧もかなり落ち込んでしまったが、こうして楽しそ
うに笑っているいずみを見るとまあいいかと思うようになった。
(いずみの気持ちも確認出来たしな)
 はっきりと好きだと言葉で言われたわけではないが、合わせた唇から、肌から、いずみの気持ちが伝わってきた。
楽しみが少し伸びただけと思い直した慧は、イスから立ち上がっていずみと洸の傍に歩み寄る。
 「あ、専務さん」
 尾嶋と両思いだと分かった洸は朝からご機嫌で、今もニコニコと可愛い笑顔を向けてきた。
 「私が替わろう」
 「え?で、でも」
 「尾嶋の傍に行ってくれないか?さっきからじっとこちらばかり見ているんだ」
 「え?」
 洸が反射的に視線を向けると、慧の言ったとおり尾嶋と目が合ったのだろう、たちまち頬を赤くする。
 「じゃ、じゃあ、少しだけお願いします」
焼けた串を数本持って弾んだ足取りで近付く洸を、尾嶋は慧が見たことのないような蕩ける笑顔で迎えている。
夜の街ではあれ程クールな尾嶋も、本当に大切な相手には全く違う顔を見せるのだろう。
 「いずみ」
 慧が名前を呼ぶと、いずみはチラッとだが視線を向けてきた。
 「怒ってる?」
 「・・・・・怒っていません」
 「じゃあ、どうして私を見てくれないんだ?」
 「・・・・・恥ずかしいから」
 「恥ずかしい?」
 「あ、あんなことさせて、その上見られちゃって・・・・・。専、あ、・・・・・慧さんには怒っていません」
 「いずみ」
プライベートでは名前を呼んで欲しいという慧の言葉通り、いずみはテレながらもちゃんと慧の名前を呼んだ。
 「ありがとう、じいさんはちゃんと叱っておいたから」
 昨夜のことを思い出したのか、いずみの顔は真っ赤になった。
 「もう、邪魔されたくはないしな」
 「そ、そうして下さい」
 「いずみ、帰ったらちゃんとデートしよう。もう、上司の命令じゃないぞ?」
恋人だと、慧が確認するように言うと、いずみは赤い顔のまま、それでもちゃんと頷いた。
そして・・・・・。
 「あ、あの、まだちゃんと言ってなかったですよね?」
 「ん?」
 「え〜と・・・・・」
 いずみの視線の後を追って後ろに視線を向けた慧は、そこに興味深々の顔でこちらを見ている3人に気付いた。
 「こ〜ら!」
わざとらしく睨むと、洸は慌てて視線を逸らすが、俊栄と尾嶋はニヤニヤと笑っている。曲者の2人には叶わない慧が
溜め息を付くと、チョンチョンといずみが慧の服の裾を引っ張った。
 「ん?」
 引っ張られるまま身を屈めると、いずみはまるで内緒話をするように慧の耳元に口を寄せ、少し躊躇った後思い切っ
たように囁いた。



   『大好き』



その瞬間破願した慧の顔は、それまで付き合った誰にも見せたことが無い素の笑顔だった。



                                                               end