うそつきCandy
前編
「お前だけだって」
「嘘!真美も言ってたわよっ、拓実(たくみ)が好きだって言ってくれたって!」
昼休み、1人の女生徒に屋上に呼ばれた恋人は、それを隠すこともなく伝えてきて、その上見ててイイよと笑った。
二人から丁度陰になる場所で、責める女生徒の声をぼんやりと聞いていると、一方的な会話の調子が微妙に変わってき
たのを感じる。
「好きの意味が違うんだよ。分かるだろ?」
「じゃあ、証明し・・・・・あっん」
(今まで言い争ってたくせに)
女生徒の甲高い怒鳴り声がいきなり艶かしい濡れた音になるのを、瑛(あきら)は冷めた思いで聞いていた。
『お前だけだって』
そう、自分に囁いたのは今朝の事だ。
それから何時間も経たないうちに他の人間に同じ事を言える薄情な男・・・・・それが自分の付き合っている男だと改めて
思う。
「お待たせ」
不意に後ろから抱きしめられた。その馴染んだ感触に一瞬眉を顰めた後、瑛はにっこりと笑みを浮かべて振り向いた。
「用は済んだ?」
「ああ。キス一つで治まった」
「そう」
「妬いた?」
「拓実はモテるから。半分諦めてるよ」
笑いながら言う瑛をじっと見つめ、拓実はその頬にそっと唇を触れた後ギュッと抱きしめて言った。
「あ~、瑛とキスしてえ~。あの女とキスしてなけりゃな~」
「また言ってる」
(嘘ばっかり・・・・・)
高校に入学して同じクラスになり、初めて言葉を交わした相手が拓実だった。
背が高く、精悍に整った容貌の拓実は、たちまち女子生徒の人気の的になった。
同じ1年生から、3年生まで、毎日数人から告白されるという状況が今もなお続いているが、当の拓実が選んだのはクラ
スでも大人しい、同性の瑛だった。
男を好きになったのは初めてだと、少し照れたように笑う拓実を、瑛は始め信じることが出来なかった。
仮に拓実が男を好きになることがあっても、相手は決して自分のような平凡な相手では駄目だと、頑なに伸ばされた手を
拒否し続けた。
そんな時、瑛は屋上に続く階段の踊り場で、女子生徒とキスをしている拓実を見たのだ。
キスしたら諦めると言われたからと、拓実は弁解することもなく言った。
(誰にでも簡単にキス出来るんだ・・・・・)
瑛はその時、やっと拓実の申し出を受ける気になったのだ。
瑛以外の誰かを見つめている拓実なら、瑛も決して本気にならない。深く深く入り込んで泣く事はない。
それはあまりに自分と違い過ぎる拓実とのバランスを保つ為の、歪な瑛の思惑だった。
「はい、アメ」
口直しの為に持っていてと言われたソーダ味のアメを、包みを開いて差し出してやる。
素直に口を開く拓実に笑いかけながら口の中に入れてやると、瑛は自分の口にも同じアメを放り込んだ。
「おいし」
今日もまた、拓実の不誠実さを実感出来た。また1日、瑛が拓実の傍にいてもいい時間が延びる。
誰にも本気にならない拓実の、軽い遊びの相手として・・・・・瑛はそれで十分だった。その立場が安心なのだ。
「瑛」
「何?」
「俺のこと、好き?」
「好きだよ」
「だったら・・・・・」
結局は言いよどんでしまった拓実の言葉の先は分かっていた。
好きならどうしてキスする自分を責めないのか・・・・・。
思った以上に誠実な拓実は、本当なら瑛以外の誰とでもキスしたくないのだろう。しかし、他人とのキスを見た後の瑛は
素直に甘えてくれ、何時もなら触れるだけで強張る身体が柔らかく溶けるのだ。
「瑛、お前だけ・・・・・」
何時もは簡単に口にする言葉を、瑛に言う時にだけ確かめるように大切に言う。
その違いを感じていながら、瑛は軽く頷くだけだ。
「お前だけ・・・・・好きだ」
「うん、分かってるって」
拓実の想いを感じていても、瑛はどうしても本当の自分の気持ちをさらけ出せない。
誰かの本気が怖い・・・・・瑛はまだ子供だった。
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