うそつきCandy
後編
俯く瑛の横顔を見つめながら、拓実は溜め息を噛み殺した。
「お前だけだって」
どれ程の思いでこの言葉を自分が言っているのか、瑛は分かっていないだろう。
確かに以前はまるでセリフのように付き合った・・・・・いや、遊びで寝た女にも言ってきた言葉だが、今は瑛にしか言いたくない
言葉だった。
「拓実?早く行かないと5時間目始まっちゃうよ」
「ああ」
柄にも無く、拓実は焦っていた。
それは、瑛を見る他の人間の視線が少しずつだが増えているからだ。
(くそっ・・・・・、瑛の良さは俺だけが知ってればいいんだよっ)
派手で目立つ自分とは違い、瑛は大人しくて真面目で、クラスでも埋没しかねない存在だ。
しかし、この歳にしては思慮深く穏やかな雰囲気を好む者は多く、当初はなかなかクラスに馴染めなかった瑛の周りには自然
に人が集まってくるようになってきたのだ。
明らかに欲望を伴って自分を求めてくる女達とは違い、瑛の周りにいるのは安らぎを求める男達だ。その中に、瑛を恋愛感情
で好きになる人間が現われないとも限らない。
現にあれだけ女と付き合ってきた自分が、こんなにも瑛を欲しいと思っているのだから・・・・・。
「拓実〜、どこ行ってたのよっ」
教室に戻ると、早速1人の女子生徒が腕にしがみ付いてきた。クラスメイトで、自分が拓実の本命の彼女だとか、思い込ん
でいる女だ。
「ちょっと野暮用」
「また誰かと会ってたんじゃないの〜?」
「違うって」
そう答えながら、拓実の視線は瑛の姿を追う。
自分の席に座った瑛には、数人のクラスメイトが近付いて声を掛けていた。
「瑛、良かったら今度遊びに行かないか?」
「僕と?・・・・・でも、僕と一緒じゃ面白くないと思うよ?」
「別に、瑛に笑わせてもらおうとは思ってないって。ただ、学校以外でも会いたいなって思ってさ。なあ」
「ああ。なあ、いいだろ?」
クラスの中でも頭がいい生徒達だ。容姿もまあまあだし、誘えばどんな女子生徒でも喜ぶだろうに、なぜわざわざ男の瑛を
誘っているのだろう。
拓実は面白くなくて、表情を険しくした。
「でも・・・・・」
「女も呼ばないからさ、男同士で楽しく遊ぼうぜ」
肩を抱かれるようにして言われ、瑛の小さな顔には苦笑が浮かんだ。
その笑みを見た瞬間、拓実はどうしても我慢が出来なくなってしまった。
「え?」
5時間目が始まる前のざわめいていた教室が一瞬沈黙した。
「ちょっ?」
拓実は瑛の腕を掴んでまま、再び屋上に向かっていく。
「た、拓実?どうしたんだよっ」
引きずられるようにして歩く瑛は、いったい何がどうしたのだろうと困惑しているだろう。普通にクラスメイトと話していたのに、その
途中でいきなり拓実に腕を掴まれて引っ張られているのだ。
「みんな、変に思ってたって!」
拓実と瑛の関係を知る者はいない。ただの友達としてもそれほどの接点が無い2人の(と、言うよりも拓実の)行動はクラスメ
イトの目には不可解に映ったろうが、今更それをどう捉えられようが拓実は全く構わなかった。
「いいよ」
「え・・・・・」
「俺は全然構わない」
屋上に出た拓実は、瑛の両肩を持って正面から見つめた。
その真っ直ぐな視線に、瑛はどうしても視線が合わせられなくて俯こうとしたが、何時もは見逃すだけだった拓実は今回はそれ
を許さなかった。
「何怖がってんだよ、瑛っ。俺はお前が好きだって言ってるだろう」
「そ、それは、聞いたことあるし・・・・・」
「他の人間なんて要らない。俺はお前だけが欲しいんだ」
急に何を言い出したのか、瑛は思わず拓実を見つめた。
何時もは曖昧に笑いながら、卑怯な瑛の言葉に付き合ってくれるのに、ついさっきも、笑いながら好きでもない女子生徒とキス
をしたくせに、どうして今、そんな事を言うのだろう。
「ぼ、僕は・・・・・」
どうやって誤魔化していいのか、瑛は動揺してしまう。
そんな瑛を、拓実は強引に抱き寄せた。
「嘘は、もうやめようぜ」
「・・・・・嘘?」
「俺がどんな女とキスしたって諦めてるって言ってたの、あれ嘘だろう?本当は怒っていただろうし、泣きたかったはずだ」
「ぼ、くは・・・・・」
「俺だって、女と会った後に笑ってるの、あれ嘘だから。本当はもう瑛にしか触りたくないの」
「・・・・・っ」
(そ、そんなの・・・・・拓実みたいな人間が僕になんて・・・・・)
信じたくない。
もしも、拓実の言葉を信じて、自分の気持ちが真っ直ぐに拓実にだけ向けられたら・・・・・もしも裏切られた時、瑛はもう次の
恋が出来なくなると思う。
だから、拓実の言葉は信じたくない。
「瑛、お前だけが好きだ」
でも、信じたい。
瑛の心が揺れているのが分かる。
自分が限界だったように、瑛にとってもこの歪な関係は限界だったのだろう。
崩れそうになっている瑛を、拓実はどんどん追い詰めていった。
「好きだ、瑛」
「・・・・・」
「もう、お前の持ってるアメで、口直しなんてしたくない。お前だけにキスしていれば、そんな必要ないんだからさ」
「拓実・・・・・」
「もう、嘘は言わないでくれよ・・・・・」
5時間目の開始を告げる鐘が響いた。
やがて、綺麗な瑛の目が、真っ直ぐに拓実に向けられる。
その口から零れるのが今までと同じ嘘か、それとも自分達の気持ちを肯定する本当なのか、拓実はまるで祈るような気持ちで
その口元をじっと見つめていた。
「・・・・・拓実、僕は・・・・・」
end
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