A nonaggression domain








                                                                
『』は英語です。






(本当に・・・・・ふわふわする・・・・・)
 静はグラスをテーブルに置き、ふうと息をついた。
自分が酒に強いかどうかは分からないが、江坂や友人達からは見掛けによらないと言われるほどには強いらしい。
そんな自分がこんなにもフラフラと視界が揺れて来たのだ、江坂はカクテルは強いと言っていたが、確かに江坂がいない時には飲
まない方がいいかもしれない。
 「静さん?」
 江坂の声に視線を向けた静は、その顔がぼんやりとにじんでいるように見えた。
 「あ・・・・・れ?」
 「どうしました?」
 「す・・・・・こし、酔った、みた・・・・・い、で・・・・・」
せっかく江坂と外泊するというのに、このままでは眠ってしまいそうだ。もっと色々話したいことも、聞きたいこともあったし、何より今
ここには来客がいて、せめて彼が帰るまではしっかりとしていなければ・・・・・そう思うのに。
 「静さん?」
 「ん・・・・・」
 「眠たいんですか?」
 「う・・・・・ん、気持ち・・・・・い・・・・・」
(う、そ・・・・・)
 甘えるような言葉が自分の口から出てしまい、意識していなかった静は戸惑ってしまった。普段の自分からは考えられないよう
な声に、恥ずかしくてたまらない思いがするものの、それを態度に表わすことが出来ない。
(ごめんなさい・・・・・)
客がいるというのに情けないと、静は心の中で何度も謝った。




 「静さん?」
 「は・・・・・い?」
 反応が常にないくらいスローになってしまった静に、江坂は口元に笑みを浮かべた。どうやらやっと薬が効いてきたようだ。
(酒に強いからかもしれないが、なかなか効かなかったな)
眠くなるのでは無く、気持ちがよくなる薬。こんなものを普通静には使わないのだが、今日ばかりは何時もの静でいてもらっては困
るのだ。
(今夜のことは、全て夢だと思ってもらわなくてはならないからな)
 「・・・・・」
 江坂は自分達の前に座っているセオドアに視線を向けた。
 『私の言葉は覚えているな?』
 『もちろん』
その返答を聞いて、江坂は自分の肩に寄りかかっている静の身体を抱き上げた。
 「・・・・・え?」
 「ベッドに行きましょう?ここではゆっくり出来ませんから」
 「で、も・・・・・お客、さ・・・・・ま」
 「彼は帰りました。今ここには私しかいませんよ」
 「・・・・・そ、なんです、か・・・・・。俺・・・・・お見送り・・・・・」
 「構いません。私達にとってはそれほど大切な相手ではないんですから」
 意識が半分飛んでいても、静の性質には変わりが無いらしい。セオドアを見送ることが出来なくて申し訳ないと思っているその
気持ちを微笑ましく思うと同時に、目の前の男の姿が目に入っていないということにも確信が持てた。
 もちろん、静の視線の先には自分だけがいればいい。セオドアは置物か何かと思っていればいいのだと、江坂は軽く静の額に
キスをした。

 奥の寝室に連れていく時も、静は大人しく身体を預けてくれていた。
普段はもっと我が忘れた時にしか見せてくれないその仕草に目を細めながら歩く江坂の後ろには、セオドアが神妙な顔つきで付
いてくる。
 江坂が前もって言っていた通り、口を開かず、気配も消して付いてくる男。本当はこの場にいて欲しくないものの・・・・・。
(・・・・・仕方ないな)
今後、この男が自分や静に手を出してこないために、自分達にはお互いしか必要ないのだと分からせるために、今夜、この一度
だけ、江坂はセオドアを寝室に入れるのだ。
 「・・・・・」
 奥の主寝室に行き、キングサイズのベッドに愛しい身体をそっと横たわらせると、江坂はそのまま中に入ってきたセオドアにストッ
プと言った。
 『それ以上近付くな』
 『エサカ』
 『その場で動かず、声も出さず、ただ黙って見ていろ』
(お前が誰に手を出そうとしたのか、その目でじっくりと・・・・・)
 『それが、お前への首輪だ』
自分の主人がこれから誰になるのか、しっかりと自分の目で確かめるのだと、江坂は淡々とした口調でそう言い、セオドアに向け
る眼差しとは正反対の眼差しで静を見下ろす。
(すみません、静さん)
 彼が正気ならば、きっと泣き叫んで嫌だと言ったかもしれない。しかし、今回はセオドアへの牽制と、今後の上下関係をはっきり
と知らしめるためにもこの方法が一番良いと思った。
だからこそ、静には薬を飲ませ、今夜のことは全て記憶に留めないように手筈を整えた。
今夜、静が知らないまま、甘くて残酷なセオドアへの罰が始まる。




 ベッドの上に横たわった静の唇に、江坂がゆっくりと唇を重ねた。
まるで、映画か何かのような、綺麗で神々しい光景で、少しも生身の人間のいやらしさを感じない。
(自分のセックスを私に見せ付けるなんて・・・・・)
 それが、自分への罰だとしても、静のことを思うのならば少しやり過ぎなのではないかと思うものの、セオドアは自分の胸がドキド
キと煩く高鳴っているのを自覚していた。
こんなにも綺麗な2人のセックスを、例え自分が参加出来ないとしても間近で見たいという好奇心があるのだ。

 『絶対に、私達に触れるな』
 『私が命じたら速やかに退出しろ』
 『今夜のことは、部屋を出た瞬間忘れるんだ』

 あらかじめ、江坂にくれぐれもと言われた条件。これらを受け入れなかったら、セオドアはこの部屋に足を踏み入れるチャンスさえ
無かった。
(リョージとシズのセックス、か)
 綺麗なこの男が、いったいどんなふうに美しい静を抱くのか。寝室の入口で腕を組んで立ったまま、セオドアは射るような眼差し
でベッドの上を見つめた。




 優しい唇が首筋に触れて、静はんっと声をあげてぼんやりと目を開く。
目の前にあったのは、愛しくて優しい、静にとって最愛の人だ。何だか安心して、静は無防備な笑顔を向けて言った。
 「江坂さ・・・・・だあ」
 「凌二、でしょう?」
 「あ・・・・・」
そうだったと、静はぼんやりと考える。
江坂が普段から名前を呼ぶようにと言っていたのに、どうしても照れ臭くて、こういった濃密な時間を過ごす時にしか名前を呼ぶこ
とが出来ない自分。
 そんな自分の性格をちゃんと分かってくれている江坂は怒ることは無く、

 「では、その時は必ず名前で呼んでくださいね」

と、冗談のように言ってくれた。
 「・・・・・りょ・・・・・じ、さん・・・・・」
 もちろん、江坂の名前を呼ぶことが嫌なわけは無く、静は約束通り、2人だけのこの空間の中で、江坂の名前を呼んだ。
すると、いい子だとまるで褒めるように目を細めて笑ってくれた江坂が、軽く唇にキスをしてくる。こんな、じゃれ合うようなキスも本当
は好きで、静はもっととねだるように手を伸ばすと、江坂の両頬に手を当てて自分から引き寄せた。




 チュ

 軽く唇を合わせるだけのキスだが、それを静の方から求めてくれたのがとても嬉しく、江坂は今度は小さく開かれた静の口の中に
舌を入れ、濃厚に口腔内を愛撫し始めた。

 クチュ、チュ

 「ふん・・・・・ぁっ」
鼻で声を上げた静の反応にほくそ笑み、江坂はそのまま静の服を脱がす。
徐々に現れてくる、静の白くて滑らかな肌。何度この手の中に抱いても、同じ男だとはとても思えなかったし、女と比べても遜色の
ない・・・・・いや、化粧などで誤魔化さない分、静の肌の美しさは突出していた。
 「あっ」
 下半身を剥き出しにし、既に緩やかに勃ち上がり掛けたペニスに指を絡めると、静は江坂とのキスを解いて声を上げた。
 「あっ、や・・・・・だっ」
 「どうして?」
 「だ、だ、って・・・・・っ」
 「ここには、私しかいないんですよ。静さん、素直に感じる様を見せなさい」
普段からも江坂の言葉に逆らうことは無い(江坂の言葉を信じてくれているからだ)静だが、セックスの最中はそれがより顕著だ。
江坂の技巧ももちろんだろうが、江坂の言葉通りに動けばより快感を得られると、静の身体がもう知っているからだろう。
そう開発したのは、江坂だった。
 「・・・・・っ」
 「さあ、足を開いて」
 薬の中には、快感をさらに高める成分もあるらしい。たった数度竿の部分を擦ってやっただけでもう先走りの液を零し始めた静
は、全身を赤く染めながらも言葉の通り、少しだけ足を開いて見せた。
 「ああ、良く見える。静さんの綺麗なペニスが、もう美しい涙を零し始めていますよ」
 「・・・・・っ」
 耳元でそう囁けば、腕の中の華奢な身体がピクッと震える。江坂は笑いながら静の身体を子供を抱くように後ろから抱えた。
 「ほら、静さんも自分で慰めてみなさい」
 「え・・・・・」
 「私の手に重ねて、こう・・・・・」
江坂は片方の手で静の手を掴み、自分が今握っている静のペニスに無理矢理触れさせてみる。自慰をさせるようなその仕草に
静は嫌々と首を横に振るものの、江坂はそれを許さずに静の手に自分の手を重ね、そのままペニスを擦り始めた。
 「う・・・・・んっ」
 快感を耐えるように、静が江坂の肩に頭を押し付けてくる。綺麗な細い眉が顰められるその表情をじっと見つめていた江坂は、
その眼差しを入口に向けた。




 江坂はわざと自分に良く見えるように、静を後ろ抱きにし、こちら側へと身体を向けている。
白人とは違う、真珠のような光沢のある静の肌は思わず触れてみたいほどに美しいが、手を伸ばせばその瞬間に自分の命も終
わってしまうということは分かっていた。
 「静さん、もっと足を広げてくれないと見えませんよ」
 「は、恥ずか、し・・・・・っ」
 「私しかいないと言ったでしょう?」
 「凌二、さんっ」
 「静」
 2人の睦み合いの言葉は日本語だが、セオドアにも十分意味は分かる。
いや、もしも言葉の意味が分からなかったとしても、2人が交わす視線や、声の響きで、それがセックスを高める会話だということ
は十分連想出来た。
(・・・・・怖い男だな)
 指一本でも他人に触れさせることは拒むくせに、こうして所有権を見せ付ける分には手段を厭わない。自分にはとても真似出
来ないと、セオドアの口元には自嘲のような笑みが浮かんでいた。




 「上手ですよ。自分でも分かるでしょう?もう、あなたの指も、そして私のものも、ほら、あなたが零してしまった液で濡れてしまっ
ている」
 「・・・・・っ」
(い、言わない、でっ)
 それが事実だと分かっているからこそ、静は顔を上げることも出来なかった。
しかし、自身のペニスを弄る手を止めることも出来なくて、泣きそうな気分のまま手を動かし続ける。それは確かに快感を高めて
いって・・・・・。
 「・・・・・あぁっ!」
 一際高く声を上げたと同時に静は射精してしまった。江坂の手の中に吐き出したことが申し訳なくて、小さな声でごめんなさい
と何度も呟いてしまう。
 「良いんですよ、静さん。あなたの吐き出すものは密よりも甘い」
 「凌二、さん・・・・・」
 背後に視線をやった静は、ひっと息をのむ。
自分が吐き出してしまった精液で白く汚れてしまった指を、江坂が口に含んで舐めていたからだ。
(お・・・・・れの・・・・・)
 江坂だけに、奉仕させるのは申し訳ない。イッたばかりでふわふわする頭でもそう思った静は腕の中で向きを変えると、今まで自
分が乗っていた江坂の下半身へそろそろと手を伸ばした。