ACCIDENT
11
「今日は急に呼び出して、ホントにすみませんっ」
喫茶店で案内された席に座るなり、太朗は先ずそう言って頭を下げた。
日曜の昼間というのに、店の中にはほとんど客の姿は無く、太朗は話す内容が内容だけに少しホッとする。
そして、多分、いや、きっと太朗の想像よりも忙しいはずなのに会いたいと連絡し、直ぐに翌日、それも日曜日に会うことを了承し
てくれた湯浅にとにかく礼を言わなければと思った。
「電話でも、あの、良かったんですけど・・・・・」
「せっかく苑江君から連絡があったんですから。・・・・・もしかしたら、私達とはもう係わり合いになりたくないかとも思っていましたし
ね」
「そんなことないです!俺の方こそっ、怒ってないかなって・・・・・思って・・・・・」
(シロさんの連絡、全部無視しちゃってたし・・・・・)
上杉の為だとは言いながら、久世の連絡を全て無視するということに太朗の中に罪悪感が無いわけではなかった。
自分にとってはとても優しい相手を、とても寂しい心を持つ人を無視するのはやはり辛い。
そんな自分が、今度は上杉の為に自分から連絡を取ったのだ。
(俺って・・・・・嫌な奴)
しかし、そんな太朗の気持ちを全て理解しているかのように、湯浅は穏やかに笑いながら言った。
「子供の我が儘など可愛いものです」
「湯浅さん」
「何を食べますか?ここはチーズケーキがお勧めらしいですよ」
「え、えっと、じゃあそれを」
「はい」
しばらくは、湯浅は太朗の近況を聞いていた。
学校でのこと、家でのこと。太朗の家の話は湯浅にとってはとても楽しいものらしく、その頬から笑みが消えることは無かった。
そして・・・・・。
「じゃあ、そろそろ連絡を頂いたわけをお聞きしましょうか」
太朗がチーズケーキを食べ終わった頃を見計らった湯浅がそう切り出してくれた。
太朗の口から出た、2つの組の名前。
どちらも大東組系列ではなく、仙道会というのは大東組とは対立関係にある三榮会の系列の有力な武闘派の会派だが、もう
1つの組、州央組(しゅうおうぐみ)という名前は聞いたことが無かった。
多分、地方の独立した組か、中央でも派閥に属していない新興の組だろう。
太朗はその2つの組が、どういったところなのかを知りたいようだった。
ごく普通の高校生である太朗が、ヤクザの組を気にする理由はたった1つだろう。
(上杉会長関連か?)
今まで上杉が、というより、羽生会がこれらの組と諍いを起こしたという噂は耳には届いておらず、これはごく内輪の話なのかもし
れない。
そう考えると、湯浅はこの話を自分が聞いても良かったのだろうかと思ってしまった。
「その、そこって、怖いとこですか?」
「怖い、とは?」
「えーっと、ちょっと、喧嘩好き、とか?」
「・・・・・」
多分、ヤクザの組としてどれほどに危ない所なのかを聞きたいのだろう。
自分の系列以外の組のことを何でも話すということは出来ないので、湯浅は当たり障りの無いことだけを説明した。
「仙道会は大きな会派ですよ。大きいので自分の方から喧嘩を吹っかけることはありませんが、一応武闘派としても有名なの
で、それなりの武勇伝はありますね」
「ぶとーは?」
「州央組という名前は正直聞いたことはありません。地方か、それとも新興の組か・・・・・でも、苑江君、よくそんな名前をご存
知でしたね」
「え、えへへ、まあ・・・・・」
紅茶のカップを持ち上げながら太朗は笑ったが、その表情は少し固いような気がする。
自分では全く気にすることも無い程度の話だったが、高校生の少年には少し刺激があったのかもしれない。
「苑江君」
「えっと、あの、分かりました」
「え?」
「こんなこと知っても、俺が出来ることなんて無いんですけど・・・・・でも、ちゃんと分かっていた方がまだ安心だから」
「上杉会長が、何か?」
「ち、違います!」
慌てたように首を振る太朗に、湯浅の頬には苦笑が浮かぶ。
それこそ、違うのだろうということは太朗の様子だけで十分分かった。
(やっぱり怖いとこなんだ・・・・・)
多分、湯浅は太朗に分かりやすいように砕いた・・・・・そして、少し濁した言葉で言ってくれたのだろうが、きっとテレビの中で見る
ような嫌な部類の組なんじゃないかと思った。
そんな相手と上杉の元妻が結婚して、あの2人の子供達は幸せになれるのだろうか?
まだ子供の自分がそう思うのも変だろうが、もしかしたら上杉の血を引いているかもしれない(上杉は多分違うだろうと言っていた
が)あの子供(太朗もまだ十分子供なのだが)が、幸せになるか不幸になるのかは大問題だ。
それに、上杉はきっと彼らの為に動く。その時、上杉の身辺は大丈夫なのか?
自分が考えても仕方の無い問題かもしれないが、太朗は今夜もう一度上杉に電話をして、ちゃんと確かめようと思った。
たった、一言。
「大丈夫?」
それだけを聞いて、自分自身が安心したかった。
(俺って、ホントに自分勝手)
そこまで考えた太朗は立ち上がって、ペコッと湯浅に頭を下げた。
「今日はありがとうございました」
「送っていきますよ」
「いいえ、バスもあるし、俺1人で帰ります。・・・・・あの」
「はい」
「・・・・・シロさんが危なくないように、ちゃんと見てあげててくださいね」
久世によろしくというのも変な気がしてそう言うと、湯浅は直ぐに目を細めて頷いてくれた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「じゃ、じゃあ、俺、帰ります」
太朗はもう一度頭を下げると、テーブルの端に置いてあった伝票にパッと手を伸ばした。
「苑江君」
「これ、相談料ですからっ」
たまにはカッコよく。そう思いながらレジで金額を見た太朗は、
(ゲ・・・・・高っ)
ケーキの美味しさは金額にも比例するのだということを改めて思い知ってしまった。
太朗が店を駆け出すのを見送っていた湯浅はゆっくりと立ち上がって、自分達が座っていた席の更に奥に足を進めた。
「声を掛けられなくて良かったんですか?」
「・・・・・」
足を組み、目を閉じていた若い男・・・・・湯浅の主人に当たる男、久世がゆっくりと目を開いた。
「・・・・・いい」
「若」
「タロが呼び出したのは俺じゃないからな」
「・・・・・」
太朗から連絡があった時、湯浅は直ぐに久世に告げた。
太朗に何回か入れた連絡を(それさえも久世にしたらばかなり積極的な行動なのだが)ことごとく無視されていた久世は、眉を潜
めてしばらく黙っていた。
それでも、今日、こうしてあらかじめ決めた場所に太朗を誘導することを提案した時、久世は嫌だとは言わずにただ・・・・・一度頷
いた。
それだけで、湯浅には久世の飢えた心が見えたような気がした。
「お元気そうでしたね」
「・・・・・ああ」
「若のことも気にされていた」
「・・・・・・」
太朗の言葉の端々に、久世への気遣いを感じ取ったのは湯浅だけではないだろう。
その証拠に、それまでほとんど表情を変えずに湯浅の言葉を聞いていた久世の頬に、僅かながらも擽ったそうな笑みが浮かんだ。
(本当に・・・・・あの子が若の側にいてくれればいいのだが・・・・・)
叶わないことだとは分かっていても、湯浅はそう思わずにはいられなかった。
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