ACCIDENT
15
中学生の子供と一緒にどこか店に入るわけにもいかず(太朗自身も十分童顔なのだが)、太朗は少し歩いて小さな公園を見
付けた。
「えっと・・・・・なに飲む?」
「・・・・・」
「中学生だったら、コーラとかがいいのかな」
太朗としては気を遣って言ったつもりだったのだが、佑一郎は少しだけ呆れたように溜め息をつくとさっさと自分が自販機に向か
い、1つは無糖の、もう1つは加糖のコーヒーを買って、躊躇い無く太朗に加糖のコーヒーを差し出してきた。
(・・・・・な、何か、ムカツクんだけど)
それでも、太朗は自分の方が年上なんだと何とか自分の気持ちを抑え、何より苦いコーヒーを飲めないのは事実なので、小さな
声でありがとと言いながら受け取った。
「・・・・・」
住宅地の中にある公園だからか、まだ子供達が楽しそうに遊んでいる。
ベンチに座ってぼんやりとそれを眺めていた太朗は、少し離れて座った佑一郎に向かって言った。
「なあ、何か話・・・・・」
「あんた、本当にオヤジの恋人?」
「・・・・・は?」
「まあ、男っていうのも驚いたけど、あんたから見たらあいつはもうオヤジだろ?そんな年上の男と付き合って面白い?」
「・・・・・」
太朗は目を丸くした。
もしかしたら自分と上杉の関係の事を責められるかもしれない・・・・・そんな風にも思っていたのに、佑一郎の口から出たのはどち
らかと言うと上杉を卑下するような言葉だった。
自分の父親が大好きな太朗は、そんな事を言う佑一郎の気持ちが分からない。
「そ、そんなん、俺の、勝手・・・・・」
「確かにそうだけど。何か不思議に思って聞きたかっただけ]
「・・・・・もしかして、ジローさんのこと、嫌い、なのか?」
「どうだろ。全然会ったこともない人だから」
「・・・・・」
(だって・・・・・あの時、確かにジローさんをオヤジって・・・・・)
上杉に対して何の感情も抱いていなくてそう呼ぶことなんてあるだろうか?
太朗は自分とは全く違う考えの相手に、どうリアクションをとっていいのか迷ってしまった。
「あ、あのさ」
「ねえ」
「え?」
「あの男、知ってる奴?」
「え?」
不意に佑一郎がそう言ったので、太朗はその視線を追いかけるように振り向く。
すると、そこには・・・・・。
「シロさんっ?」
思い掛けない久世の登場に、太朗は思わず叫んで立ち上がってしまった。
昨日、太朗と別れた湯浅は、直ぐに太朗の言っていた2つの組のことを調べたらしく、その夜にはいくらかの報告を久世に上げて
きた。
羽生会がその2つの組と諍いを起こしているという話はやはり出てこなかったが、最近上杉の周りに女と子供が出没しているという
情報はあったらしい。
どうやらそれは上杉の元妻で、子供のうちの1人は上杉の実子。
元々自分が結婚して離婚したということを隠しているわけではなかった上杉だが、その子供の存在を知っている人間はかなり少
なく、その情報を聞いた湯浅もかなり困惑したような表情をしていた。
実子は13歳の中学生。
恋人は16歳の高校2年生。
自分の子供と似たような年齢の、それも少年を恋人にしている上杉の真意は湯浅には分からないようだが、久世にはなんとなく
だが上杉の気持ちが分かるような気がした。
(本当に欲しいと思っただけなんだろうな)
「シ・・・・・久世さん」
最初の驚きから脱したらし太朗は、直ぐに名前を言い換えてじっと自分の方を見つめてきた。
久しぶりに真正面からその顔を見ることが出来た久世は、僅かに目を細めてゆっくりと口を開いた。
「相変わらず元気そうだ」
「う、うん、元気だけど・・・・・」
「誰?」
「・・・・・」
途惑う太朗の前に立ちはだかるようにして1人の少年が立ちふさがったのを、久世は眉を潜めて見つめた。
(これが・・・・・上杉の?)
さすがに子供の写真までは手に入らなかったが、子供のくせにいやに堂々とした立ち振る舞いをする度胸の良さが上杉によく似て
いると思った。
顔は、上杉が男らしく整っているのに対し、この少年は少し甘さがある。それが年齢のせいなのか、それとも母親似だからなのか
は久世には分からなかったし、知ろうとも思わなかった。
「タロ」
「あ、あの、こんなとこにいていいんですか?」
「羽生会の事務所に近いからか?」
「え、えっと・・・・・まあ・・・・・」
「公共の公園に誰が来ても、あいつに文句を言う権利はないだろ」
自分という存在が平和な公園には異質だとは分かりきっていたが、きっぱりと言い切ると素直な太朗はそれ以上の言葉を捜す
ことが出来ないらしかった。
思っていることが全て表情に出てしまう太朗が可愛くて久世はゆっくりと近付いていくが、
「おい、お前誰?こいつ、困ってるように見える」
「・・・・・」
数歩近付いた久世に向かってそう言い放つ少年に、久世は思わず眉を潜めてきつい視線を向けた。
「お前」
「お前じゃない、池永佑一郎」
「・・・・・」
「そっちは?」
「・・・・・久世司郎」
「ああ、だからシロか」
「・・・・・」
(お前が言うな)
太朗以外の子供にそう言われるのは面白くなくて司郎は眉を潜めたが、かなり胆の太いらしいその子供・・・・・佑一郎はその視
線にも全く感情を揺らすこともない。
(何だ、こいつは)
「おい」
「佑一郎、ちょっと待てよ」
久世が口を開きかける前に、太朗が自分の前に立っている佑一郎の腕を掴んで自分に向き直させた。
「どうしてそんな言い方するんだ?」
自分の言葉遣いも褒められたものではないが、何だかわざと久世を怒らせようとしているような佑一郎の言動が引っ掛かるのだ。
(もしかして、シロさんの意識を俺から自分に向けようとして・・・・・?)
それはもしかしたら太朗の考え過ぎかもしれないが、見た目どう見ても堅気ではない久世から自分を守ろうとしてくれているのでは
ないかと思えたのだ。
「この人は大丈夫」
「・・・・・」
「いい人なんだよ」
「・・・・・絶対、簡単に騙されるだろうな、あんた」
「え?」
「悪いけど、俺はあんたが言うようにこの男がいい人にはとても思えない。普通のガキならとっくに逃げ出す目をしてると思うけど」
「そ、そりゃ、久世さん、ちょっと目付きは悪いけど・・・・・」
「だから、そんな問題じゃ・・・・・まあ、言っても仕方ないか」
なぜだか唐突に大きな溜め息をついて自己完結をしたらしい佑一郎は太朗に背を向けた。
「ちょっ、ちょっと!どこ行くんだよ!」
「あっちのベンチにいる。そいつが用があるのはあんたみたいだから」
「え・・・・・」
いきなり久世と2人きりにさせられた太朗は、どうしようかとキョロキョロと視線を彷徨わせたが・・・・・やがてその視線を久世に向け
ると、いきなりペコッと頭を下げた。
「ごめんなさいっ」
![]()
![]()