ACCIDENT
2
上杉に子供がいた。
それは、頭の中でぼんやりと想像するのとは違い、目の前にしっかりとした現実となって太朗に突きつけられた。
もちろん、上杉は自分よりもずっと大人で、結婚していたことも聞いたことがあるし、可能性としては子供がいてもおかしくはないは
ずだった。
しかし。
自分とたった4つ違いの、自分よりも体格がよさそうなその少年が上杉の子供だと思った時、太朗はわけも分からず大声で叫び
そうになってしまった。
オレカラ、ジローサンヲトラナイデ!!
なぜ、今頃、どうしてここに彼らがいるのか、大人の複雑な事情は分からないが、普通に考えれば答えは一つだろう。
上杉は自分と血が繋がった子供と、自分の子を産んだ女と、再び一緒になろうとしている・・・・・そうとしか思えなかった。
(どうしよう・・・・・俺、身をひ、引くってこと、なの・・・・・かな)
目の前にいる綺麗な女の人は、上杉の太朗の紹介の仕方にさすがに最初は驚いたようだったが、今は口元に微笑さえ浮かべて
いる。きっと、今の言葉は上杉の冗談だとでも思っているのだろう。
そして、子供の方は・・・・・4歳下なら多分中学生なのだろうが、冷めたきつい眼差しを太朗に向けていた。
自分の父親が、自分とそう歳の変わらない男と付き合っていると知れば、頭が混乱して嫌悪と怒りがこみ上げてくるのが本当だ
ろう。
「・・・・・お、俺、帰らないと」
「タロ?」
これ以上ここにいて、上杉の口からはっきりしたことを聞くのが怖かった。
とにかくここから逃げ出せば、今日別れ話を聞くことはないだろう。
「お客さん、いるし、ジローさん忙しいよね」
「いや、こいつらはもう帰る」
「オヤジッ」
「滋郎、話はまだ終わってないんだけど」
「悪いが、今の俺の最優先は、お前らじゃなくてこいつなんだ。佑香、分かるな?」
「・・・・・」
「お前らも、今日はもう帰れ」
「え~、やだあ!」
まだ幼い男の子が、上杉の傍に駆け寄ってきて空いている方の手を取った。
そして、太朗に向かって顔を顰めながら言い放つ。
「パパを取るな!そっちがあっちいけよ!」
「え・・・・・」
弟の伍朗よりも幼い少年にむき出しの敵意を向けられ、太朗は本当にどうしていいのか分からなかった。
だが、胸がズキンと痛んでしまったのは確かで、太朗は無意識のうちに上杉から離れようとした。
「・・・・・」
怯えたように自分から離れようとした太朗の腕を上杉は離さなかった。
まさかこんな所でこういう状況になるとはさすがの上杉も考えてはいなかったが、目の前の小さな子供よりも太朗の気持ちが一番
大切なことには変わりなかった。
「ジ、ジローさんっ」
太朗が慌てて手を引こうとするのを止めたまま、上杉はしゃがみ込んで佑生の目線に自分の目線を合わせた。必然的に太朗も
座り込むことになってしまい、3人の目線がほぼ同じ高さで絡み合った。
「佑生、お前が俺に懐いてくれるのは悪い気はしねえが、俺にとって一番大事なのはこいつで、お前じゃない」
「パ、パパ」
「ジローさんっ、子供にそんなこと・・・・・っ」
いきなりそう切り出した上杉を太朗は慌てて止めようとしたが、上杉は相手が子供だからといって口先だけで誤魔化す事はしな
かった。
「始めにちゃんと言っておかないとな。いいか、お前があっちにいけとこいつに言ったら、俺もこいつと一緒に向こうへ行く。お前の傍
にはいてやれないぞ」
「・・・・・やだ」
「ガキでも、お前は男だろ。俺がこういう人間だってこと、ちゃんと考えて納得しろ」
「・・・・・」
まだ8歳の子供には納得出来ないだろうことを、上杉はきっぱりと言い切った。
ただ、このままここで太朗を帰してしまえば自分が絶対に後悔してしまうだろうという事は分かっているし、太朗より佑生の方が大
事だとはリップサービスでも言う事は出来なかった。
冷たいとでも、馬鹿だとでも罵られても、太朗の心をこれ以上萎縮させてしまう方が上杉にとっては痛いのだ。
「・・・・・佑、帰るわよ」
「・・・・・っ」
上杉の性格を知っている佑香は(それでも昔と今では随分とそれも変わっただろうが)、仕方なさそうに苦笑を浮かべて子供の
名前を呼んだ。
佑香が声を掛けると、佑生は走ってその身体に抱きつく。
小さな嗚咽が聞こえてくるが、こうして声を出して泣ける子供はいい。上杉が心配なのは、泣くことも出来ないだろう太朗の心の
方だった。
(こんな風にこいつに知らせるつもりはなかったんだが・・・・・)
自分の考えが甘かったことを今更反省しても遅いかもしれないが、それならば今からでも最善の手段を講じなければならない。
「滋郎、今日は帰るけど、あなたとの話はまだ終わっていないから」
「・・・・・俺は別にないけどな」
別れてもう14年、それまで全く音信不通だった佑香が、なぜ最近になって連絡を取ってきたのか上杉には分からなかった。
太朗と会う時間を削ってでも時間を取ったのに、佑香はなかなか話を切り出そうとはせず、2人の子供達と上杉の関係を取り持
とうとするだけだ。
佑一郎はまだしも、誰の子か全く分からない佑生にまで《パパ》と呼ばせる佑香はどういうつもりなのだろうか。
(何にしても、俺の気持ちは決まってるがな)
自分にとって何が一番大事なのか、上杉は見失うことはないと思っている。そして、自分がそう思っているということを太朗にもしっ
かりと分かっていて欲しかった。
上杉の手配した車に乗って去っていく3人を見送る太朗の気持ちは複雑だった。
あんなに小さな子供を泣かせてしまったことに罪悪感を抱くものの、その姿が目の前からいなくなってほっと安堵したことも確かだ。
そして、そう思う自分にまた落ち込んだりと、気持ちは目まぐるしく動いている。
(俺って・・・・・結構ジコチューなんだ・・・・・)
「タロ」
「・・・・・」
「飯食いに行くか?」
「・・・・・え?」
「今からなら別に出ても構わねからな」
学校が終わってからバスでここに来て。それからそれほど時間は経っていないと思っていたが、空はそろそろ赤くなってきている。
何時もの太朗なら、笑顔を浮かべながら直ぐに頷いただろうか、今日はこのまま上杉とご飯を食べても美味しくないと思った。
上杉が悪いのではなく、自分の・・・・・あまりにも自分勝手なことばかり考えていた自分の気持ちのせいで、太朗はそのまま無邪
気に頷くことは出来なかった。
「・・・・・帰る」
「タロ」
「あの、別に、ジローさんがどうってわけじゃないんだけど・・・・・ごめんね、俺、帰りたい」
「・・・・・分かった。送るから待ってろ。1人で勝手に帰るなよ?」
「・・・・・うん」
太朗の頷きを確認してから、上杉は足早に事務所の中に入っていった。多分、車のキーを取りに行ったのだろう。
本当は、このまま1人で帰りたかった太朗だが、上杉と約束したことを破る事は出来ないので、じっとその場に立って上杉が現れ
るのを待っている。
だが、車で送ってくれるだろう上杉と車内で2人きりになって、いったいどんな話をすればいいのだろうか。
(奥さんのことなんて聞けないし・・・・・子供のことだって・・・・・なんか、怖いし)
自分よりも少しだけ年下の上杉の子供。
今まで全くその存在も感じ取れなかっただけに、太朗は改めて上杉がちゃんと女の人を相手に恋愛が出来る男なのだということを
思い知ってしまった。
「子供・・・・・かあ」
自分にはどう頑張っても上杉の子供を生む事は無理だし、そもそも太朗は自分が女になりたいとも思ったことはない。
男の自分が、男の上杉を好きになった。
2人の間ではそれで十分だったことが、上杉にはそれ以外の可能性があったことが面前に示された。
(どうしよう・・・・・)
これで上杉のことを嫌いになるとか、別れようとかは思わない。
それでも、自分の気持ちが今までとは違ってしまうことを、太朗は止めることは出来なかった。
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