ACCIDENT
20
どう見ても普通ではない男達を前に、太朗は自分がどうすればいいのか目まぐるしく考えていた。
普段から羽生会の事務所で厳つい男達は見慣れているので不思議に怖いという感覚は無かったが、この男達が羽生会の組
員達と同じかといえばそうでないこともちゃんと分かっていた。
本来ならヤクザの世界とは全く関係ない太朗が、組員達に受け入れられているのは上杉の存在があるからだ。
上杉とは(多分)関係ないであろう目の前の男達が、自分に対して優しくしてくれるなどと思うのは絶対に間違いだ。
(あれ?でも・・・・・)
「俺の名前・・・・・」
「乗れ」
太朗の言葉には耳を貸さないつもりなのか、3人の中でも一番大柄な男が端的に言う。
「・・・・・道を聞きたいなんてこと・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・ないか」
(どうしよ・・・・・もしかして、俺って今ピンチだったりして・・・・・)
多分、このまま逃げようとしても直ぐ掴まってしまうのは目に見えていたし、かといってこのまま素直に車に乗ったとしたらどこに連れ
て行かれるかも分からない。
(どっちにしろ最悪・・・・・)
「おい、早くしろ」
なかなか一歩を踏み出さない太朗に焦れたのか、男がその腕を掴もうと手を伸ばしてきた。
その瞬間、
「うわっ」
目の前の男の姿はいきなり太朗の視界から消えてしまい、慌てて視線を動かした太朗は地面に蛙のようにひっくり返っていたその
男と、その上に圧し掛かっていた大柄の男の姿を見た。
「ナ、ナラさんっ?」
どうしてここにいるのだと太朗が驚いたような声を上げると、組み伏せていた男・・・・・羽生会幹部の楢崎久司(ならざき ひさし)
が、顔を上げて僅かに笑みを浮かべた。
「大丈夫のようですね」
「一応、タロに付いててもらえるか?幹部のお前にこんなことを言うのも筋違いだとは思うが、2、3日、一応用心しておいた方が
安心だ」
上杉から直々に命じられたのは昨夜だった。
太朗には今までにも(本人は気付いていないが)常にガードが2人ほど付いている。もちろん腕が立つ者達だし、太朗が一般人
の子供だからといって手を抜くような者達ではない。
むしろ、ずっと太朗に付いていて、その突拍子も無い言動や明るい性格が見ていて心地よいと、楽しんでいるくらいだった。
しかし、近々他の組へと乗り込む予定らしく、その動きを向こうが察知して、上杉ではなくもっと弱い相手・・・・・つまり、太朗に
手を出してくるかもしれない。
それらの相手を止める事は出来ても、後々問題が出てきた時の為にも、ある程度の地位にある人間がいた方がいい・・・・・上杉
はそう楢崎に言った。
「悪いな。自分がこんなに気が小せえとは思わなかったぜ」
(まさか、その危惧が当たるとはな)
太朗の下校時間に合わせてやってきた楢崎は、直ぐに不審にゆっくりと走っている車に気付いた。
街中の、それもこんな学校の周辺には似つかわしくない黒塗りの車に用心していたが、校門から出てきた太朗を堂々と攫ってい
こうとするほど馬鹿だとは思わなかった。
「大丈夫ですか?」
「う、うん、あ、はい」
驚いたように大きな目を更に見張っていた太朗は、ようやくパチパチと瞬きをした。
「あの、どうしてナラさんがここに?」
上杉に悪影響を受けたのか、太朗は何時からか楢崎をそう呼んでいる。
特に嫌だとは思っていない楢崎は、太朗には絶対本当のことを話すなと言っていた上杉の言葉に従った。
「たまたま、ですよ。この近くに所用があったので、そういえば太朗君の学校が近くだと思い出して。時間が合えば家まで送って行
こうかなと思ったんですが、本当にたまたまこんな場面に出くわして・・・・・良かった」
「うん、助かりました、ありがとうございます」
素直に頭を下げた太朗に頷くと、楢崎は倒れている男を部下に引き渡した。
後の2人も優秀な部下が既に拘束を終えていた。
「あの、この人達・・・・・何ですか?」
「・・・・・道を訊ねたかったんじゃないかな?」
「でも、カーナビありますけど」
開かれたドアから車の中が見えたのだろう、太朗はそう言いながら首を傾げた。
慌てて、それ以上に怖い思いをしただろうに、ちゃんと周りを見ていた太朗がらしくて、楢崎は思わずその頭を撫でる。そして、これ
は大したことではないのだというように説明をした。
「右肩上がりの組を妬む奴らはどこにでもいる。君は気にしなくていい」
「でも」
「ゴミ掃除はこっちでやっておくから。さあ、送ろうか」
そう言うと、楢崎は細い太朗の肩を抱き寄せた。
「俺だ」
携帯に掛かってきた連絡に、上杉はたちまち表情を消した。
側にいた小田切はその様子で何があったのか薄々気付いたようだったが、上杉が電話を切るまでは口を挟まなかった。
「・・・・・分かった、ゴミはうちに持って来い。タロを頼んだ」
やがて電話を切った上杉は小さな舌打ちをする。
それを見て、小田切は口を開いた。
「州央組ですか?」
「多分な。こっちに連れてくるらしいから直ぐに分かるだろ」
「太朗君は?」
「ナラが上手く立ち回ってくれた。怪我もないし、あいつらのことにも気付いていないようだ」
「そうですか」
良かったですねと言う言葉は小田切の口からは出なかった。たとえ太朗に怪我が無かったとしても、狙われた時点で既に心に
大きな傷を負ったはずだ。
ヤクザである自分と付き合う上では、まだまだ子供の太朗にかなりの覚悟と負担を強いていることは自覚している。
それでも、上杉は太朗を離せない・・・・・だからこそ、何も知らない太朗に手を出した者を許すことなど出来ないのだ。
「・・・・・止めるなよ」
常々、良く考えてから行動するようにと言っている小田切が、私怨で動くことなど時間と労力の無駄だと公言しているからだ。
今回は止めても無駄だと目に力を入れて小田切を睨んだが、小田切は意外にもあっさり頷いた。
「止めませんよ」
「・・・・・いいのか?」
何か裏があるのかと眉を潜める上杉に、小田切は表情も変えずに言う。
「太朗君に何かあったら、組の士気が落ちるのは目に見えていましたから。あなただけでなく、うちの連中は皆太朗君を気に入っ
てるんですよ」
「・・・・・」
「だから、今回は十分公的な被害を受けるところだったんですから、思いっきり、好きなだけやってください」
小田切のその言葉に、上杉は皮肉気に唇を歪めた。
それから30分もしない間に、羽生会の事務所には3人の男達が連れてこられた。
男達は、2階と3階の間に作られている、表向きは部屋になっていない場所へと連行される。何をされるか男達は既に頭の中で
目まぐるしく想像しているのか、厳つい顔は真っ青になっていた。
男3人は後ろ手に手錠をはめられた状態でコンクリートの床に座らせられて、その周りを取り囲んでいるのは羽生会の中でも腕
に覚えのある男達5人だ。
やがて・・・・・。
足音も何も聞こえないままいきなりドアが開いたかと思うと、この羽生会のトップに立っている大柄で精悍な容貌の男・・・・・上杉
が入ってきた。
「こいつらか」
「はい」
「・・・・・ふん」
上杉は男達を見下ろした。
「州央組の奴らだな?」
「・・・・・」
「答えたくないってか。よっぽど俺に遊んで欲しいみたいだな」
上杉はにやっと笑う。
その顔は多分太朗が一生見ないだろう暗く性質の悪い笑みだった。
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