ACCIDENT
21
どうしてやろうか・・・・・ここに来るまでに色々なことを想像していた上杉だったが、部屋の中にいた男達を見て気分がそがれてし
まっていた。
もっとこちらが本気になるような目をした人間がいるかもと思っていたのに、自分の姿を見た瞬間に男達はその目を恐怖の色に変
えてしまった。
(全く、面白くねえな。まだタロの方が骨がある)
そうは思いながらも、自分の恋人(この世界では情人(イロ)と呼ぶのだが、太朗には似合わない気がする)に手を出されたのだ、
無罪放免というわけにはいかない。
「おい、もう1人は?」
車から降り立ったのは3人だと聞いた。ならば、運転手役の人間が後もう1人いたはずだ。
「別の部屋に」
上杉の疑問に答えたのは、楢崎の直属の部下の1人だった。
「わざわざ別の部屋?」
「女でしたので」
「・・・・・」
その言葉に、上杉は男達から視線を外した。
「女?」
仮にもヤクザであるこの男達は、子供の太朗を拉致するのに女の手を借りたというのか?そうだとしたならば本当に救いようの無
いアホ達だなと呆れる言葉も出ない。
「あなたもご存知の女でしたよ」
その上杉の疑問にもならない言葉に答えたのは、後から部屋にやってきた小田切だ。
「俺の?誰だ?」
「RUNAの美也(みや)ですよ」
「・・・・・」
「女の趣味が悪いと言われても仕方ないですね」
「だから、手は出してないだろ」
それでも、まさかこんな犯罪紛いのことにまで手を出してくるとは思わなかった。ここまで来れば、もう女だとか素人だからとか言って
いる場合ではない。
「で、どうするんですか?」
まだ何もしていないらしい上杉に、小田切が笑いながら聞いてきた。
その口調は、今日の昼食を何にするかと聞いてくるほどの軽さだ。
「・・・・・そうだな」
最近は自分から動くことも少なくなったが、昔は特攻隊として先陣をきって敵方に乗り込んだものだった。今回のことはあの時に感
じていた高揚感などは無いものの、喧嘩の仕方を忘れたわけでは無い。
本来は目に見えない場所・・・・・内臓などにダメージを与えた方がいいのだろうが、上杉は本人の目に見える形で先ずは制裁を
加えようと思った。
自分自身がどんなに馬鹿な真似をしたのか思い知ってもらわなければならない。
「・・・・・」
上杉が振り向くと、男はひっと声なき声を上げて後ずさる。
上杉はそんな男の動きには構わずにゆったりと歩み寄ると、いきなりその前髪を鷲掴みにし、顔面に向かって重い拳を振り下ろし
た。
「!」
鈍い音がし、上杉の拳にも確かな感触がある。
間違いなくこの一発で男の鼻の骨と前歯は折れたようだった。
鼻と唇から血を流して蹲っている男を黙って見下ろしていた上杉は、男の前歯で切ってしまった拳を眉を潜めて見つめた。
「病気なんか持ってねえだろーな」
こんな一発で戦意喪失するなど、昔の自分が相手だったら間違いなく死んでいただろう(あの頃の自分は容赦が無かった)。
「あ〜あ」
そんな上杉に、後ろから暢気な声が掛かった。
「・・・・・なんだ」
「こんな怪我させてどうするんですか」
「・・・・・」
「そんな表面上の怪我なんか、時間が過ぎたら治るじゃないですか。むしろ、絶対に治らない・・・・・例えば、針で目を潰してし
まうとか、喉仏を蹴り潰してしまうとか・・・・・ああ、そうそう、全身に刺青を彫ってやるとか、色々楽しい罰があるでしょう?」
小田切が楽しそうに考えた罰を挙げるたび、さすがに周りの部下達の顔面も青褪めてくる。
上杉も思わず想像してしまい、眉を潜めてしまった。
「趣味悪いぞ」
「でも、殴る蹴るじゃ面白くないでしょ?指の一本貰ったくらいじゃ生活するのに支障はないし、かといって10本全部切り落とし
たとしても3人で30本・・・・・無駄でしょう?」
「無駄って、あのな」
「爪を剥いだり、爪と肉の間に針を突き刺したりするのもなかなか痛いようですけど地味ですしねえ」
どう思いますと小田切が言った瞬間、部屋の中に異臭が漂ってきた。どうやら、男達の中の誰かが失禁してしまったようだ。
それを見た上杉の中で、男達への憎悪が消えた。
憎悪とは人間に対して向けるもので、今自分の足元に転がっているのはただの物のように思えたのだ。
「州央組に連れて行く。自分で始末させろよ」
「はい」
部屋から出ると、上杉は細く短い階段を下りた。ここを出れば1階の隠し扉の前に出る。
「おい」
歩きながら、上杉は後ろを付いてくる小田切に言った。
「さっきの、本気だったのか}
「まさか。そんな暇なんてありませんよ。それに、あんなのに構うのも面倒だし」
言い換えれば、暇があって面倒でなければ実行するかもしれないのだろうか?
さすがに上杉はそれ以上は聞かなかった。
上杉はその足で別室に隔離していた運転手役の女の所へと向かった。
「あ・・・・・っ!」
女は上杉の顔を見ると思わず声を上げたが、上杉はその顔を見てようやくおぼろげだった女の輪郭を思い出した。
確かに、こうしていても綺麗だといえる女。あれから2、3年経ったかもしれないが、その月日さえ全く感じさせないほどの完璧な美
貌。
しかし、そこには人工的に手を入れている気配がした。
「上杉さんっ、私は!」
「俺は、基本的には女には優しい男なんだ」
「私っ、私っ、騙されて!」
「馬鹿な女だ。あのまま俺の前から消えていれば、泣く羽目にはならなかったんだがな」
女だからという理由では、見逃すという結果にはならない。だが、自分は手を下すこともしたくなかった。これ以上この女との繋が
りなど持ちたくは無い。
「お前の処分は州央組に一任する」
「ど、どうしてっ!」
「案外、今回のことで主導権を握ったのはお前じゃないのか?俺の元女房に対するやっかみ・・・・・とか」
言葉にしてみれば妙に当てはまるような気がした。
この女と自分の間には塵ほどの関係も無いが、それは上杉から見て言えることであって、女からすれば上杉と結婚し、子供まで
もうけた女が、実はその子供が別の男の種であるという可能性があるなどと耳に挟んだら・・・・・全く相手にされなかった自分との
違いに歯噛みをするかもしれない。
(俺って女運ねえな)
その代わりと言うように、男運は強烈なものがあったらしい。何しろひと目で気に入った相手と相愛になれたのだ。
「タロにまで手を出したのは失敗だったな」
「あ、あんな子供に、あなたが本気なんか考えられない!」
「そんなのは俺が決めることだ」
これ以上、女の口から太朗のことは聞きたくなかった。
「恥をかかされた立場の組長がお前をどうするか見ものだ」
「や、止めて、怖い、お願い、渡さないで!」
「俺じゃなく、向こうに頼んでみるんだな」
それだけ言い放つと、上杉は部屋から出て行った。ドアを閉める瞬間まで女の悲鳴が聞こえたが、閉まってしまうと防音を施した
部屋からは物音一つ聞こえてこなかった。
「・・・・・あ〜、タロに会いてー・・・・・」
ささくれ立った気持ちを穏やかにさせるには、太朗の一言があればいい。
「後少しの我慢でしょう。全て終わったら、その足で攫ってしまえばいいんですよ」
「・・・・・明日まで待てない。今から行くぞ」
「了解」
こんなにも飢えた状態で太朗に会いに行くのは初めてかもしれない。
上杉は明日までの時間を待つことさえ惜しくてたまらず、早速州央組に向かうことを命じ、小田切も全てを承知しているかのよう
に頷いた。
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