ACCIDENT



22








 州央組は辛うじて関東といえる場所に本拠地を置く組だ。
規模としてはもちろん羽生会の足元にも及ばない規模で、大きな組織にも属してはいなかった。多分、地方のチンピラが仲間と
寄せ集まって・・・・・と、いった感じではないだろうか。
上杉からすれば、普段ならばこんな格下の相手にわざわざ自分が出張ることも無いのだが、今回ばかりは愛する太朗に手出しを
されたとあっては自分が行動しなければならないだろう。
 「ここか?」
 「あまりいい趣味ではないですよね」
 「・・・・・頭もたいした奴じゃないんだろうな」
 上杉は車が止まった場所を見て眉を潜めた。
なにやら古いヤクザ物の映画か何かを参考にしたのか、大きな看板に大々的に書いた組の名前に、真っ白に塗られたビルの壁、
ガラス越しに見える影は・・・・・。
 「まさか、金の招き猫とか置いてるんじゃねえだろうな」
 「太朗君にお土産に持って帰ったらどうです」
 「あいつはそんなに趣味は悪くないぞ」
 「それも言えますか」
 「さっさと済ませる」
 上杉のその言葉に、助手席に座った男が直ぐに車外に出ると後部座席を開けた。
先ず小田切が降り、次に上杉が続く。
 「さてと」
上杉は悪趣味な事務所の入口を剣呑な目付きで見上げた。



 蹴破るなどというチンピラ紛いな事をするまでも無く、上杉は部下が開けた正面のドアから堂々と中に入って行った。
狭いビルは入って直ぐ事務所の詰め所のような場所になっていたらしく、いきなり現れた上杉達5人の姿に中にいた十人ほどの男
達はいっせいに立ち上がった。
 「何だ、お前ら!」
 「殴り込みか!」
声ばかり虚勢は張っているものの、隙の無いスーツ姿の上杉達と、だらしなくシャツを着崩した自分達との格の違いというものを
肌で感じているのだろう。
組の本部事務所に乗り込まれて、普通ならば直ぐに拘束するなり反撃するなり、何らかの動きをするはずなのに、誰1人として
先に動こうとする者はいなかった。
 「・・・・・何か、子供を苛めている気分ですね」
 「子供って言うほど可愛い存在じゃねえだろう」
 上杉は吐き捨てるように言うと、ズンズンと構わずに前へと歩き始める。
本当は、羽生会のトップである上杉が先頭に立って動くことなどしてはならないのだが、今の上杉を小田切さえも止めることは出
来なかった。
 「おい」
 「ひ・・・・・っ」
ガンッと、低いテーブルに片足を乗せると、それだけで小さな悲鳴を上げた男に向かって上杉はわざとドスを利かせて言った。
 「羽生会の上杉が来たと頭に伝えろ。5分だけ待ってやる」



 慌てて駆けつけてきたのは、少し太り気味の50歳手前の男だった。
一応資料では州央組の組長である男の顔は見ていたが、実際に見るともう少し歳を取った感じがした。
(全然、俺の方がいい男じゃねえか。問題以下だな)
美也がなぜこの男に身を委ねたのかは分からないが、上杉に対しての面当てだとしたら全くの見当違いだ。
上杉は男の価値を年齢や容姿で図ることはしないが、その性格の悪さだけはどうも受け入れることは出来ない。それはヤクザだ
からとか、一般人だからとかに分けられるものでもないが、自分よりも弱い相手に、それも、素人の子供に手を出すヤクザを許す
道理もなかった。
 「あ、あんたが、羽生会の・・・・・」
 「自分が脅そうとする相手の顔も知らねえってことか?」
 「お、脅すなんて、そんなことしてねえ!」
 「俺の元女房に脅しを掛けてただろう?そのバックに俺がいることは当然知ってたよな?」
 上杉はソファに深く背を預け、長い足をこれ見よがしに組んで男を見上げた。
目線から言えばソファに座っている上杉の方が下になるのだが、立場から言えば目の前の男よりも遥かに上だった。
 「今日、俺のかわいー恋人を攫われかけてな」
 「・・・・・」
 「もちろん、本当に攫われてしまうほど俺も馬鹿じゃねえからな、きちんと現行犯で捕まえて、たっぷりとお仕置きをしてやったよ」
意味深にそこで言葉を切れば、男の顔はますます紙のように白くなっていく。
 「で、当然、そのバックのことも聞くよな?」
 「そ、そいつらがうちに関係あるとでも・・・・・」
 「しらばっくれるんなら構わないぜ。ただ、俺もあんなゴミを生ゴミにも出せないしな、悪いがここに捨てていくぜ」
 そう言うと、上杉はドアの前に立っていた男に目線を向ける。
その男は直ぐに携帯を取り出して何者かに連絡を取り、直ぐに外からドアが開いて本当にゴミのように男が3人中へと放り投げら
れた。
息はあるものの、とても無事だとはいえないその姿に、中にいた州央組の男達は息を飲む。自分達のようなチンピラと本物のヤク
ザの違いが今まざまざと面前に見せつけられている感じなのかもしれない。
 「ああ、そうそう、女もいたな」
 「み、美也!」
 さすがに傷付けられてはいないが、女は後ろ手に拘束された状態で連れて来られた。
 「・・・・・」
(馬鹿だな、こいつ)
自分の組が全く関係ないと主張する気だったならば、美也の顔を見ても完全に無視をしなければならないはずなのに・・・・・この
女にそれほどに未練が残っているのだろうか。
(本当に・・・・馬鹿ばっかりだな)
こんな人間達に太朗が傷付けられなくて本当に良かったと、上杉はほっと小さな吐息を吐いた。



 こんな馬鹿をこれ以上相手にもしたくはなかったが、ここはきっちりとした制裁を加えておいた方がいいだろう。
どこかの組織に入っているわけではなく、かといって独自の明確な方針さえないような組など、今自分が手を下さなくても直ぐにど
こかに潰されるだろうが、それなら今ここで自分が潰してしまってもいいのではないかとさえ思った。
 「組長さん、ここからがトップの話だ」
 上杉は目の前のソファに強引に男を座らせた。
 「俺は、あんたの首を欲しいとは思ってない」
 「・・・・・」
 「こいつらの命(タマ)も、貰っても捨てるしかないしな」
上杉の視線は実行犯の男達に向けられる。
 「それでも、このまま何にも無しっていうのは無理だって分かるよな?」
 「・・・・・何が言いたい」
さすがにここまできて一応の覚悟を決めたのか、男が唸るように言った。
 「先ず一つ、池永佑香の子供の件からは手を引け。今後動いているところを見たら容赦はしねえ」
 「・・・・・」
 「一つ、この女を二度と俺の視界に入ってこないようにしろ。同じ日本にいるだけでもムカツク」
 「う、上杉さん!」
 今の今まで諦めきっていたかのように大人しくしていた女が急に暴れ出した。もちろん女の細腕で逃げられるわけも無く、直ぐに
腕を持ち直されて座らせられ、その上口はタオルで塞がれた。
それでも、上杉は女に見向きもしない。
 「一つ、慰謝料として一本頂く」
 「い、一本、ひゃ、百万か?」
 「・・・・・小田切、こいつはどこの国の話をしてるんだ?」
 「さあ?一応日本語が通じるんですから日本だとは思いますけどね。州央組組長、この世界で一本といえば普通は一千万、
いや、一億ですか」
 「い、いちお・・・・・く?」
 「まあ、とてもこの組にそれほどの金があるようには思えませんけどね」
 馬鹿にしていることが丸分かりの2人の会話にも、州央組の人間は・・・・・組長以下、誰も口を挟めなかった。
それは、事務所の四方を固めている数人の強面の男達の存在だけではなく。
そこにまるでゴミのように投げ出された血だらけの仲間の姿を見たからではなく。
目の前にいる上杉と小田切を見ていると自分達との格の違いを思い知った。
声で恫喝するとか、拳銃などを向けられるという怖さではなく、その存在自体が凍えるような冷たさと恐怖を感じさせる人間という
ものが存在することを思い知ったのだ。
彼らは今頃自分達が喧嘩を売った相手がどういった相手だったか・・・・・自分達がどれ程無謀で愚かだったかを思い知っている
だろうが、そんな事を今頃思っても遅過ぎる。
 「一本出来なきゃ、この看板を燃やしちまうぞ」
そう言って笑った上杉は、もう用はないという風にあっさりと立ち上がった。