ACCIDENT



24








 久世と再会したのはつい数日前だったし、そのことは上杉にもちゃんと報告した。
佑一郎のことや元妻のことなど、頭の中がグルグルしてしまうことばかりだったが、自分に対して優しい目を向けてくれる久世のこ
とを全てシャットアウト出来るほど太朗は大人でもなく、あの後・・・・・上杉の事務所近くの公園で会った時も、本当にあれで良
かったのかと、自分の言葉をずっと考えていたくらいだ。
 「お前が大丈夫だって言ったし。その言葉を疑うことは無かったが、どうしてかって今でも思う」
 「え?」
 「なんで、こんな男がいいんだろうって」
 「・・・・・」
 「俺はお前を気に入っているし、前にも言った・・・・・お前のものにして欲しいって気持ちも変わらないが・・・・・お前の趣味の悪
さはどうにかならないか?」
 「あー?」
 「・・・・・」
嫌味を込めているというわけでもなく、からかうといった風でもなく、ただ本当に呆れたといった感じに言う久世に上杉は眉を潜めた
が、反対に太朗はぷっと吹き出してしまった。
 「おい、タロ」
 「ご、ごめん、でも、そうかなって思っちゃって」
 太朗はくくっと笑い続けた。
心情的にはもちろん上杉の味方だが、久世の言うことにも一理あるような気がしてしまうのだ。
年上で、離婚歴もあって、一応子持ちの男。直ぐにからかってくるし、エッチなことも仕掛けてくるスケベな奴。
(それでもいいなんて・・・・・ホント、俺って趣味悪いよな〜)



(何時まで笑ってんだ)
 上杉は自分の目線の遥か下で笑い続ける太朗を呆れたように見下ろしていたが、ふと、傍で同じように太朗を見下ろしている
久世の姿に改めて気付いた。
本来なら相手にしないはずの若造。しかし、こうして目障りなほどに視界に入ってくるのは、間違いなく太朗のせいだ。
自分という存在がいることを強烈にアピールしているのに、どうしてだか久世はなかなか太朗を諦めようとはしてくれない。
(でもなあ・・・・・何か・・・・・違うんだが・・・・・)
 男と女の違いもあるのかもしれないが、久世のその態度はどうも恋敵という感じがしなかった。
本当に欲しいと思うならば攫って押し倒してというような強硬な手段もあるのに(もちろん阻止はするが)、上杉が忠告した通りに
今まで太朗に接触もしてこなかった。
(どっちかっていうと、本当に飼い主が迎えに来てくれるのを待っているような感じなんだよな)
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 上杉の視線に気付いたのか、久世が顔を上げて眼差しを向けてきた。
その口元が小さく笑んでいるのに気付き、上杉の眉間の皺は深くなる。
(まさか・・・・・全部芝居、とか)
まさかそこまで計算はしていないだろうとは思うが、上杉は嫌な感じがして突然太朗を抱き上げた。
 「うわあっ?」
まるで荷物のように太朗を肩に担いだ上杉は、じっと自分を見つめている久世に言った。
 「お前、タチ悪ぃぞ」
 「・・・・・どこがです?」
 「タロがお前を切り捨てられないのを知ってる」
 「・・・・・」
 「ジローさんっ?いったい、何言ってんだよ!」
 「黙れ、タロ」
 バタバタと暴れていた太朗の手足は、上杉の言葉に静かになってしまった。
上杉の言葉に従ったというよりも、自分の腰を掴んでいる上杉の手の力に、上杉の強い感情を感じたせいなのかもしれない。
太朗を黙らせることは不本意だったが、上杉も波立つ感情を簡単には抑えることは出来なかった。
 「こいつは俺のもんだって言ったよな?」
 「・・・・・聞きましたよ」
(分かってんなら、さっさと逃げ出しちまえばいいものを)
 「それなのに、まだこいつを追っかけるのか?」
 「・・・・・上杉さん、あんたが言ったんですよ。永遠の二番でいいなら、尻尾を振ってればいいだろうって・・・・・」
 「な・・・・・」
 「違いますか?」

 「こいつの一番は俺なんだよ。永遠の二番でいいなら尻尾を振ってればいいんじゃねえか」

パッと、鮮やかに言葉が蘇る。
(マジかよ、おい・・・・・)
まさか久世がそんな言葉を覚えているとは思わなくて、上杉は情けないほどに一瞬頭の中が白くなってしまった。 



 一矢報いたと、久世は思わず笑ってしまった。
上杉を想う太朗の気持ちに自分の想いが勝てるとは思わなかったし、無理矢理その思いを捻じ曲げることもしようとは思わなかっ
た。自分が上杉に負けているのは歳くらいだとは思うが、太朗に先に出会えなかったという点では、運の強さも負けているのかもし
れない。
それでも、太朗という強烈な太陽を忘れることは簡単ではなかった。
自分の周りに煩く舞っている、外側だけを見る人間達よりも遥かに事の真理を見分ける太朗。欲しくて欲しくてたまらないが、そ
の顔が曇ることはしたくなかった。
(それなら・・・・・このくらいの楽しみはあってもいいだろう)
太朗の愛情を一身に受けている上杉に、多少なりとも苦い笑みを浮かべさせることくらい可愛いものだろう。
 「お前・・・・・」
 「・・・・・」
 「可愛くねえな」
 「そうですか」
 「お前相手に絶対食指は動かねえ」
 「・・・・・こっちこそ、遠慮しますね」
 誰でもいいというわけではない。いや、男が好きだというわけでもない。
欲しいのは太朗だけなのに、太朗が欲しているのは自分ではなく目の間のこの男だ。
(本当に・・・・・タロは趣味が悪い)



(・・・・・けっこう、仲良しだったり・・・・・して)
 上杉の肩の上という、滅多に無い高い位置から2人を見る形になった太朗は、ポンポンと嫌味の応酬をしている上杉と久世の
姿を交互に見ていた。
何時殴り合いの喧嘩になってしまうか、いや、この2人が向き合って喧嘩するという光景はどうも想像出来ないが、表情豊かな上
杉と無表情な久世の嫌味合戦は不思議としっくり来た。
(本当は、俺のことなんかただのこじつけだったりして)
太朗を巡って争っているというより、弁舌の磨き合いを楽しんでいるような感じだ。
 「・・・・・」
 「大体、お前にタロが扱えるかってーの!長いリードに身体を雁字搦めにされて、こけて怪我して終わりだ」
 「自分の方だって、今でもタロに振り回されて息切れしているくせに。若い恋人を持つって大変ですね」
 「下半身は、30からがテクニックも粘りも最強なんだよ」
 「・・・・・それしかないんですか」
 「恋人同士にとってはそれが重要だろーが、なあ、タロ」
 「そうなのか、タロ」
 いきなり2人から視線を向けられた太朗は、えっとと言葉に詰まってしまった。
 「どっちが正しいと思う?」
 「え、えっと」
 「・・・・・聞いてなかったのか?」
 「う、ううん、聞いてたけど・・・・・」
太朗は上杉に向かって焦ったように笑いかけると、その視線を久世の向こう側・・・・・先程から黙ってこの状況を見ている湯浅に
向けた。
太朗のその視線に気付いた湯浅が、僅かに目を細めて問い掛けてくれる。
 「えっと・・・・・どっちも、どっち、とか?」
太朗がそう応えた途端、厳つい顔の湯浅がぷっと吹き出した。
その態度に、上杉も久世も、意外そうに目を見開く。
 「湯浅?」
 「全く・・・・・その通りですね」
 「でしょう?」
自分の意見に同意をしてもらい、太朗は満足げにコクコクと頷く。
笑う湯浅と、妙に納得顔の太朗・・・・・。置いていかれた形の上杉と久世は、思わず顔を見合わせてしまった。