ACCIDENT



25








 「・・・・・」
 久世と馴れ合う気など全く無い上杉だったが、楽しそうに笑う太朗を見ているうちに毒気に当てられてしまった。
(・・・・・まあ、こいつだけが笑わせたわけじゃないし、な)
あくまでも自分が太朗を笑わせたのだという妙な意地を感じながら、上杉は太朗と一緒になって(笑い方は全く違うが)笑みを浮
かべている湯浅へと視線を向けた。
 「おい、いい加減に笑うなよ」
 「それは・・・・・失礼しました。どうも、上杉会長がうちの若と同じ年頃に見えて・・・・・」
 「・・・・・あんまり嬉しくないな」
それは若いという意味というよりも、精神的に幼いということのように聞こえた。上杉は久世をそう見ているからだ。
それでも苦々しいというよりは照れくさいという思いの方が大きくて、上杉はこの自分より年下のクセに妙に老成している湯浅に向
かって作った睨みを向けた。
 「お前、ちゃんと管理しとけよ」
 「人の心というのは縛れませんよ」
 「・・・・・」
 「私も無粋な人間ですが、大切な相手の大切な思いをむざむざと握り潰すことはしません」
 「・・・・・なるほど」
(これからもこの犬は放し飼いだということか)
溜め息をつきたいがそれもシャクで、上杉はふんっと顎を上げた。



 何だか仲の良い友達と話している気分で太朗は笑っていた。
担がれているこの恰好で笑うには腹が痛くて仕方がなかったが、それでも大好きな上杉と、嫌いになれない久世が仲良くしてくれ
るのは嬉しかった。
 「ふっ、くくっ」
 「タ〜ロ」
 だが、あまり笑い続けていたのもいけなかったのか、不意にパンと尻を叩かれてしまった。
 「いた!セクハラだよっ、ジローさん!」
 「いったいどこでそんな言葉を覚えてくるんだ、お前は。そろそろ帰るぞ」
 「え?あ、でも」
太朗の視線は目の前の久世に向けられた。
 「心配して・・・・・来てくれたのに・・・・・」
 「そんな同情は掛けるな。お前が俺と別れる気ならば少しは考えてやってもいいが、その可能性がゼロなら安易な同情は奴に
毒だ」
 「お、俺・・・・・、ジローさんと別れるなんて、考えたこと、ない」
 「当然だ。そんなことを欠片でも思うようになったら、お前を監禁して抱き潰す羽目になっちまう」
 「・・・・・っ」
(こ、怖いよ、ジローさん・・・・・)
今は太朗を束縛しない上杉だが、そういう可能性も秘めていると知り、太朗は嬉しいと思うよりも先に少し怖くなってしまった。
大人の情愛の深さは、まだ子供の太朗には重く感じてしまうからだ。
そんな太朗の途惑いに気付いたのか、上杉は直ぐに纏っている空気を柔らかく変えた。
 「お前の気が変わらない限りは安心しろ」
 「・・・・・う、ん」
 「まあ、そういうわけだ。タロが自由に生活する為にも、お前は早々こいつのことを諦めること。二番手ならって確かにそう言ったけ
どな、案外俺も心が狭いみたいだ」



 待ち続けることはおろか、想い続けることも止めろ。
はっきりはそう言わなくても、上杉の目がそう言っていた。
歳若い恋人を怖がらせないようにと言葉を選んでいるようだったが、それでも十分に久世には感じ取ることが出来た。
もちろん、上杉の意向そのままに諦めるつもりはないし、第一人の心というものは簡単に割り切れるものではないが・・・・・。
(タロ・・・・・)
大事な太朗を困らせる気も無い。
久世にとって太朗は、大切な飼い主なのだ。
 「タロ」
 「・・・・・」
 久世がその名を呼ぶと、太朗は慌てて顔を上げる。
その子供っぽい顔を見て、久世は口元に笑みを浮かべた。
 「大したことにならなくて良かったな」
 「・・・・・うん、ありがと」
 「また、会ってくれるか?」
 「え?・・・・・あ」
 「おい、俺の話を聞いてなかったのか?」
太朗と上杉の声が重なるが、久世もここで引くことは出来なかった。
 「あんたに内緒で連絡を取るよりはいいだろう?別に俺のマンションやホテルで会うってわけじゃないし、俺は大事な子を泣かす
ような真似はしないし。ただ、時々タロ、お前に会いたい。ただ、会いたいだけなんだ」
 「・・・・・」
 太朗がどう答えようと久世の気持ちは変わらない。
今までも上杉の目を盗んで会うことは出来たのにそうしなかったのは、ただ太朗を困らせたくないという気持ちからだ。
もしもここで太朗が頷いてくれればこれからは堂々と会えるし、駄目だったとしても・・・・・。



 「・・・・・ジロー、さん」
 太朗は小さな声で上杉の名前を呼んだ。
自分への所有権を堂々と宣言してくれた上杉と、会いたいという素直な気持ちを告白してくれた久世と。
どちらが大切だからというわけではなく、太朗はその2人の気持ちが嬉しくて、ただ黙って上杉の腕の中に隠れている自分が情け
なかった。
(俺だって、ちゃんと答えないと・・・・・)
 「ジローさん」
 今度は、太朗はきっぱりとした意思を込めた強い口調で言った。
 「俺、これからはちゃんとシロさんと会う!」
 「おい、タロ」
いきなりの太朗の宣言に、上杉はおいおいと言葉を挟んだ。
 「でもね、俺はジローさんと別れる気はないし、シロさんを、その、恋人として好きになることはないよ」
 「タロ・・・・・」
その潔ささえ感じる断言に、久世は少しだけ眉を潜める。
 「でも、俺はシロさんや湯浅さんと会ったこと、今更無かったことになんて出来ないし、連絡を無視するなんて事ももうしたくない
んだ」
 「・・・・・タロ、俺の気持ちはどうする?」
駄目だと言わない上杉は、そうやって卑怯な聞き方をしてくる。しかし、これだって恋人だからこその特権でもあるのだ。
 「だから、シロさんと会う時は、絶対にジローさん同伴!」
 「俺も?」
 「そ!俺、ジローさんといっぱいイチャイチャするよ?シロさんがうんざりするほど、ジローさんとくっ付いてる!それでもいい?」
 「・・・・・」
 「ジローさん以外の人と付き合うなんて、今の俺には考えられないけど・・・・・嫌いじゃない人を嫌いになるのも、したくない。俺の
やり方、変かもしれないけど、・・・・・でも、でもね」
 「それでも、いい」
楽しそうに、久世は直ぐに頷いた。
 「シロさん・・・・・」
 「楽しそうに笑うお前が見れるなら、オマケ付だって全然構わない。あんただって、その方が安心だろう?」
 「ジローさん」
 上杉は何と答えるだろうか・・・・・太朗は上杉の肩の上からその横顔を見つめた。
自分が言ったことは上杉にとっては面白くないだろうというのは分かっているが、これ以上久世からのメールを無視したりしたくない
し、ただ会いたいというその気持ちさえシャットアウトなど出来ない。
もちろん、上杉の言う事の方が正しいとは思う。
欲しいと言ってくる相手に思わせぶりな態度を取る方が、相手にとっていいことではないし、それは自分の傲慢だということも。
ただ、それでも・・・・・。
(俺の言うこと・・・・・やっぱりヘンなのかな・・・・・ぁ)
 キュウッと、上杉の肩を掴む指に力を入れた時、あ〜あと呆れたような溜め息が聞こえた。
 「ここで駄目だって言う奴の方が悪モンだろ」
 「ジローさん・・・・・っ」
 「覚悟しろよ、タロ。俺の愛情は半端じゃねえんだ。お前が恥ずかしがってやだって言っても、構い倒してやるからな」
 「・・・・・うん!ありがとっ、ジローさん!」
太朗は寛大に受け入れてくれた上杉の気持ちが嬉しくて思わず手足をバタバタと動かしてしまい、上杉からじっとしていろと再び
尻をパシッと叩かれてしまった。