ACCIDENT



27








 上杉が母との電話を終えて顔を上げた時、太朗はどうしようかと緊張が最高潮に達していた。
心配事は全部解決して、上杉とゆっくりまったりしていたい気持ちはあったが、いきなりマンションに泊まりに来ても良かったのだろう
か・・・・・と、思う。
(俺、もしかして、すっごいムボーなことしてるかも)
 「タロ」
 「な、何?」
反射的に答えた声は、情けなくも裏返っていた。
それにクッと笑みを漏らした上杉は、あわあわと慌てる太朗に向かってニッと笑って見せた。
 「腹減ってないか?」



 時間はまだ午後5時を回るかどうかくらいだったが、上杉はさっさと腹ごしらえをしようと思った。
お楽しみな夜の時間をたっぷり取るには、やらなくてはならないことはさっさと済ませるに限る。
まさかいきなり押し倒そうとは思ってはいなかったが、それなりに危機感を抱いていたのか太朗はその上杉の言葉に露骨にホッと
安堵した表情を見せた。
(そーいう顔するから苛めたくなるんだよ)
 内心のそんな思いは隠して、上杉は太朗と共にキッチンに向かう。
 「出前じゃないの?」
 「炒飯くらいは作れるからな。ん?鮨かピザでも食いたいか?」
 「ううんっ、俺も手伝う!」
 「そのつもりだ。犬の手も借りたいからな」
 身体を合わせるという行為はもちろん気持ちよくて楽しいが、こうして2人で一緒に何かをすることは何でも楽しい。
太朗は何をするにも一生懸命で、少しずれてしまう所も惚れた欲目か可愛いとしか思えない。サラダにするキュウリが繋がったま
ま切れているのも、皿とカップの柄がチグハグなのも、床に落としてしまったミニトマトを慌てて拾ってまた洗い直すのも、全て可愛
いと思っているから始末に悪い。
(ま、それでもいいけどな)
 「わっ、ジローさん上手!」
 軽くフライパンを揺さぶる手付きを褒めてもらって、上杉は思わず苦笑してしまった。
 「こんなの、誰でも出来るって」
 「えー、でも、すっごく上手に見えるんだもん」
計算無しの褒め言葉がくすぐったくて、上杉はサービスだと太朗の皿に山盛りに炒飯を盛ってやった。



 テレビをつけなくても、上杉との話は楽しくて、太朗は少し早めの夕飯をペロリとたいらげてしまった。
 「先に風呂に入れ」
 「え?もう?」
まだ7時にもなってないと時計を見上げながら言った太朗に、上杉は皿をさげながらちらりと流し目を向けてきた。
 「まさか、この後アニメでも見るって言うのか?違うだろ、タロ。この後は大人の時間じゃないか?」
 「・・・・・っ」
・・・・・忘れていたわけではなかったと、思う。それでも、太朗は上杉との楽しい時間に気持ちがホクホクとしていて、この後の濃密
な恋人同士の時間というものがすっかり頭の中から抜け落ちてしまっていたのだ。
 「違うか?タロ」
そんな太朗の焦りを楽しむように目を細めて見つめてくる上杉の視線の中には、既にしっとりとした色気が含まれているような気が
する。
太朗は居た堪れなくて、すくっと立ち上がった。
 「お、俺、風呂に入る!」
 「おう」
 「俺が上がるまで、絶対入って来ないでよっ?定員一名様だからな!」
 「分かった、分かった」
 「・・・・・」
(本当に分かってるのかな・・・・・?)
 以前、風呂場で散々啼かされた事を忘れていない太朗は、気軽に頷く上杉の真意をちゃんと信じることは出来なかった。
それでも、このまま部屋にいて押し倒されても困ってしまうので、太朗は思い切ってバスルームへと早足に向かった。



 「・・・・・可愛い奴」
 今日はどうやって可愛がってやろうか・・・・・上杉は皿を洗いながら鼻歌が零れそうなほどに上機嫌だった。
このままバスルームに押しかけて抱くのも楽しいかもしれないが、何時来るかとビクビクする太朗を想像しているだけでも楽しい。
(さて、どうするかなあ)
随分、お預けを食った気分なので、一度あの肌に手を触れれば箍が外れてしまう気もする。
最近ようやくセックスにも慣れてきて、受け入れる時もかなり痛みが無くなってきた様子の太朗。まだ奔放に快楽を貪るというまで
にはいっていないが、十分お互いが楽しむという関係にはなったと思う。
 高校2年生。自分の時はと考えると・・・・・まあ、参考にはならないとは思うが、今の太朗は上杉の思っている以上に大人には
なっている・・・・・はずだ。
 「身体だけ、な」
まだ幼いといってもいい素直な心。もっと自分に溺れて欲しいと思う反面、ずっとそのままでいて欲しいとも思う。
本気の恋愛というのはこれほどに厄介なものだっただろうかと、上杉は昔愛した女のことを少し思い出そうとした。
 だが。
 「・・・・・駄目だな」
もう、その頃の思いなど思い返すことが出来ない。
過去を全て覆い尽くすほどに、上杉の全ては太朗の存在で一杯になっているのだ。



 学校からそのまま来てしまったので、泊まりの用意は何もしていなかった。
それでも、一応このマンションには太朗の下着やパジャマは完備してあるのだが・・・・・太朗は真っ裸のまま考えてしまった。
いや、何時も考えることなのだが、このままバスローブでいる方がいいのか、それともちゃんと下着を着て、パジャマを・・・・・。
(あ、や、バスローブでもパンツは穿くけど!)
 どちらが自分にとって恥ずかしいかということはもちろんだが、上杉はどちらの格好の方が嬉しいのだろうか?
 「・・・・・やっぱり、こっちかな」
ちらっとバスローブの方へ視線を向けた太朗だったが、ふと、脱衣籠に視線が行くと、あっと目を瞬かせた。



 後片付けは簡単に済み、上杉はさてとと顔を上げた。
あれから15分くらいしか経っていないが、太朗がバスルームから出てくる気配は全くしない。
もちろん上杉は待ってやろうとは思わなかった。もう十分待ったのだ、これからは自分が思うようにするつもりだった。
 「・・・・・」
 そのまま上杉はバスルームに向かう。
風呂の中にまだ入っているのならそのまま風呂場で抱いてもいいし、着替えている最中ならばそのまま攫って・・・・・そう考えていた
時、
 「・・・・・?」
上杉は僅かに開いた扉の向こうから聞こえる声に耳を澄ませた。
 「・・・・・っかいよなあ」
 「・・・・・」
(何を言ってる?)
感心したような、それでいて嬉しそうな声。
上杉はもう少しだけ扉を開けてみた。
(タロ?)
 僅かな隙間から見える脱衣所の中で、上杉は後ろ向きの太朗の姿を見付けた。
しかし、太朗はパジャマ姿でもなく、もちろん裸でもない。小柄な身体に羽織っているのは上杉のワイシャツだった。
(あれは、昨夜脱いだやつ?)
週に何度か来るハウスキーパーがまとめて出すクリーニングに入れるつもりで脱いだシャツをなぜ太朗が着ているのか。
上杉はその理由が分からなかった。
 「俺もこんなふうにでっかくなれるかな〜」
 肩も落ち、袖口も手先さえ見えなくて。丈も膝近くまでありそうな上杉のワイシャツを着たまま、太朗はブツブツ呟いている。
だが、文句のつもりではないのは、その嬉しそうな横顔から十分分かった。
 「へへ・・・・・」
 「・・・・・」
 「ジローさんの匂いだ」
犬のようにクンッと袖口を鼻に当てた太朗を見た瞬間、上杉はバッと扉を開けた。
 「わっ、え?ジ、ジローさんっ?」
 「・・・・・お前、可愛い過ぎ」
 「え?うわっ!」
こんなに可愛い姿を見せられて、溢れる欲情を抑えられるはずが無い。
上杉は自分のワイシャツを羽織ったままの太朗を軽々と抱き上げると、そのまま開いてしまった小さな口に貪るような口付けを落
とした。