ACCIDENT











 上杉は目の前に座る佑香をじっと見つめた。
既に40近いというのに、30そこそこにしか見えない容姿はそれなりにケアをしているのだろう。
若い頃は女の容姿に自然と目がいっていたが、ある程度歳をとった今は容姿に表れる相手の人生や背景を見る余裕も出てき
た。
(まあ・・・・・いい女の部類なのかもな)
 上杉自身が佑香に手を出すことは有りえないが、他の男から見ても佑香は今も十分魅力的な女なのだろうと自然に思うことが
出来た。
 「子供は」
 会長室に現れた佑香は1人だった。
今まで佑香と会う時はほとんど2人の子供が一緒だったので、上杉は少し不思議に思って聞くと、2人とも学校に行っているとの
ことだった。考えれば中学生と小学生だ、平日の昼過ぎは学校に行っているのは当然かと、上杉はふと太朗の面影を思い浮か
べて苦笑した。
 「で、子供がいない時に話さないといけないことか?」
 「・・・・・」
 佑香はチラッと入り口近くに立つ小田切に視線を向ける。
佑香を案内してそのまま部屋を出て行くかと思った小田切は(今までは現に2人の会話を聞くこともなく引き下がっていた)が、今
回に限っては部屋から出て行こうとはしない。
 「彼・・・・・」
 「ああ、あいつは気にするな」
 「気にするなって言っても・・・・・」
 「お気遣いなく。私は単に見目のいいお2人を眺めているだけですから」
 「・・・・・」
(言い方考えろって)
今までが傍観者に徹していた小田切が、急に2人の間に割り込もうとしているのは間違いなく太朗のことがあるからだろう。
いや、もしかすれば今までも気になっていたことを、太朗という切っ掛けがあって堂々と立ち会うことにしたのかもしれない。
 「そいつは俺の身内だ。気にせず話せ」
更にそう続けると、上杉は長い足をゆっくりと組んだ。





 がむしゃらな愛情をぶつけてくるだけだった年下の男は、何時の間にか自分よりも遥かに大人の男になっていた。
離れている間に男に何があったのかは分からないが、それでもこの時間が男にとって有意義であったことは間違いがないようだ。
こんなにも見惚れるほどにいい男になるとは、あの時の自分は想像も出来なかった。
多分・・・・・その片鱗を、馬鹿な自分は見逃していたのだろう。





 「佑一郎を渡せって言われてるの」
 佑香は固い表情のまま口を開いた。
 「あの時・・・・・佑一郎を産んだ時、色々世話をしてくれてたって人がいたでしょう?あの時は財産目当てとか、DNA鑑定しろ
とか煩く言ってきたくせに、今になって・・・・・」
 「どういうことだ?」
上杉もあの時の佑香の必死な表情は覚えていた。
その頃は既に佑香に対しての愛情は無くなっていた上杉は、そんな佑香を他人事のように見ていたのだが・・・・・。
 「彼は5年前に亡くなって、その後彼の息子が家を継いだらしいんだけど、結婚して8年も経つのに子供が出来なくて・・・・・調
べてもらったんですって」
 元々、その息子は佑香と男が付き合っている前後に、母親の勧めで見合い結婚をしたらしい。しかし、5年経っても子供が出
来ず、母親は勝手に2人を離婚させて、また新たな相手を捜した様だった。
息子には結婚当初に付き合っていた相手がいて、母親に強引に別れさせられて結婚させられたこともあり、再び母親の思うように
はなりたくないと、まだ独身だった当時の相手と結婚したらしいが、結婚8年目を迎えても未だ子供が出来なくて、40になった息
子に再び離婚をするようにと言い出した母親を納得させる理由を捜す為に夫婦は検査をしたらしい。
 「どうやら、息子さんの方が子供が出来にくい体質だったみたいで、前の奥さんも多分それで・・・・・。」
 息子に子供が出来ないと分かった母親はすぐさま対策を考えたらしい。
旧家の名を絶やさない為にはどうするか・・・・・考えて考えて、不意に13年前の騒動を思い出したのだ。
 「奥さんには他にお子さんはいないの。親戚はいるらしいけど、亡くなった彼の血を引く跡継ぎをって考えた時、憎い愛人の私が
産んだ佑一郎のことを思い出したらしいわ」
 「家の為なら、愛人が産んだ子でもいいってことか?」
 「佑一郎は自分の家の跡継ぎだから渡せって」
 「ふ〜ん」
 「息子さんの養子にするって言ってるわ」
 「呆れたババアだな」
まるでドラマのような話にはただ呆れるしかなかったが、当人の佑香はかなり焦っているようだ。
 「内容証明付きの手紙が来て、電話が来て、次には弁護士・・・・・いったい何時居所を調べたのかって思うくらい」
 「・・・・・」
 「それに、最近ではどこかの組の名前まで出してきたの」
 そこまで聞いて、上杉はようやく佑香が自分の前に現れた意味が分かったような気がした。
いくら元ヤクザ(その頃はチンピラに毛が生えたようなものだった)の妻だったとはいえ、今は完全な一般人の生活をしているはずだ。
2人も子供がいる佑香にとっては、やはりヤクザという存在は恐怖の対象なのかも知れない。
・・・・・いや。
 「・・・・・」
 上杉はじっと佑香を見た。
 「まだあるだろ」
 「・・・・・」
 「俺の力が欲しいなら、全部隠さす言ってもらわねえとな」
佑香は、怯えているようには見えなかった。
どちらかといえば、何か強い決意を秘めているような厳しい表情をしている。
 「滋郎」
 「それと、名前で呼ぶのはやめてくれ。俺の大事な奴が妬きもちをやく」
 「・・・・・あの子?本当に付き合ってるの?」
 さすがに佑香は上杉を非難するように見つめてきた。
自分の子供とそれほど違わないくらいの、それも少年を、その腕に抱いているのかと思うと素直に祝福は出来ないのだろう。
実年齢よりも更に幼く見える太朗ならば仕方がないかとも思うが、他人に何を言われても上杉の気持ちに揺らぎはなかった。
 「ああ」
 「本気?」
 「あいつ以外はもう要らないってくらいにはな」
 「・・・・・驚いた。じ・・・・・あなたが情に厚いっていうのは知っていたけど、まさか男の子になんて・・・・・」
 「俺のことはいいだろ。それより、隠していることをさっさと吐け」
 「・・・・・佑生のこと」
 佑香は溜め息混じりにいった。
 「チビの方か。あいつがどうした」
 「佑生の父親に結婚を申し込まれてるの」
 「めでたい事じゃねえか。子供まで作ったんだ、惚れてるんだろ?」
 「・・・・・多分、佑一郎の父親と・・・・・一緒」
 「どういうことだ?」
 「あなたと・・・・・結婚していた時、付き合っていた人がいるの」
 「・・・・・現場に踏み込んだ奴?」
 「ううん。あれは本当にただの浮気相手」
 「・・・・・」
上杉としては自分がセックスの現場に踏み込んだ相手が当時の佑香の恋人だと思っていたが、佑香にすればその男は浮気相
手で本命は別にいたということだ。
今更ながら、当時佑香が複数の人間と付き合っていたことを言われ、さすがに上杉は呆れてしまった。
(俺は全然こいつのことが見えていなかったんだな・・・・・)
 「あなたを裏切った私がこんなことを言うのはおかしいだろうけど、彼には絶対に迷惑を掛けたくないの」
 「相手は」
 「・・・・・」
口を噤む佑香に、上杉はふとある可能性を思い浮かべた。
 「こっちの奴か?」
 「・・・・・っ」
佑香の肩が揺れ、上杉はそれが間違いないと確信した。
 「どこのもんだ?」
力を貸して欲しいと言いながら黙っていることはフェアじゃないと思ったのか、佑香は少し考えるかのように沈黙したが、やがて顔を
上げて真っ直ぐに上杉を見つめた。
 「仙道会・・・・・利根治(とね おさむ)」
 「・・・・・大物だな」
 羽生会の母体組織である大東組とは対立関係にある派閥、三榮会(さんえいかい)の系列の中でも1、2を争う仙道会の、
利根といえば武闘派で知られる有名な男だった。
(また・・・・・えらく大物だな)