愛情の標
11
翌日、午前中の講義が終わった真琴はそのまま午後の講義に出るので、キャンパス内のカフェテラスに1人で向かうと、
今マイブームのミルクティーを飲みながら昨夜の話を反芻していた。
『俺が狙われる?』
詳細な組同士の対立構造は分からなかったが、どうやら妬まれているらしい海藤のアキレス腱として自分が注目されて
いるのは理解出来た。
そうかといって、普段暴力とは無縁の生活をしている真琴にとって、自分が狙われているといわれてもいまいちピンと来ない
というのが本当だった。
海藤が言うには、それは最悪の状況を考えてのことで、まず手出しは出来ないはずだとも言っていた。
ただ・・・・・自分が心配なんだとも。
「・・・・・っ」
昨夜、海藤と身体は繋げなかったものの、ずっと抱きしめられてキスの雨を受けていた。
今までは家族の腕の中が一番安心出来ると思っていたが、どうやらその地位は海藤に譲られたようだ。
昨夜の幸せな気持ちを思い出していた真琴は、何時の間にか目の前のイスに誰かが座っていたことに直ぐには気付かな
かった。
「何を考えてる?」
「!」
突然聞こえてきた声にハッと顔を上げると、そこには以前見た不機嫌そうな顔があった。
「宇佐見さん・・・・・」
「ここのコーヒーは不味いな。飲めたもんじゃない」
「・・・・・紅茶はいけますよ?インスタントだけど」
「問題外だ」
こうして宇佐見と普通に会話しているのが、真琴は急に可笑しくなった。
「何笑ってる」
「笑ってました?」
「ああ、顔が崩れていた」
「酷い」
(海藤さんと同じで言葉数少ないけど・・・・・口悪いなあ)
半分だけだが血が繋がっている兄弟。その生い立ちは複雑なようだが、確かに2人には似ている部分があった。
言えば2人とも否定するだろうが、小さな共通点を見つけた真琴はウキウキしてしまう。
(仲良くして欲しいなんて言うのは、俺の我がままだとは思うけど・・・・・)
そう考えた真琴は、不意に気が付いたように言った。
「宇佐見さん、警察の護衛って、宇佐見さんが付けてくれたんですよね?」
「そうだ」
「心配してくれるのはありがたいんですけど、俺に護衛が付くなんてちょっと大げさじゃないかと思うんですが」
「あいつも付けてるだろう」
「だって、海藤さんは、その、俺と・・・・・まあ、付き合っているわけ、ですし、心配してくれるのはおかしくないでしょう?」
「ヤクザの護衛はよくて、警察は嫌だって言うのか?」
「だから、変な意味じゃなくて」
「意味は一つしかないだろう」
「・・・・・」
(頑固者っ)
無意識のうちに海藤と比べてしまい、真琴は内心呆れていた。
確かに海藤は強引なタイプだが、真琴の話はきちんと聞いてくれる。それを受け入れるかどうかは別にして、自分と別な意
見があるということを分かってくれるのだ。
しかし、目の前の宇佐見は、こうと思ったら頑ななまでにそれに固執し、自分の意見を押し通そうとするタイプに見える。
複雑な思いからかヤクザというものに対して相当な偏見を持っているとしか思えない。
もっとも、海藤も巧みな話術と肉体へ与える快感で、最終的には何時も自分の思う方にと事を運んでいることを、真琴
だけが気付いていないのだが。
「一条会が動いているようだが、あいつはどうしてる?」
「あいつって、ちゃんと名前言ってください」
「俺の方には、まだ接触したとの報告はないが」
「・・・・・」
どんどん話を進める宇佐見に、真琴は溜め息を付いた。
「俺の方には何もありませんよ」
「昨日・・・・・」
「はい?」
「・・・・・あいつがわざわざ迎えに来たらしいな。大物の組長が、わざわざピザ屋まで来たって・・・・・連中驚いていた」
「連中って、刑事さん達ですか?」
そのことだけでも、海藤の真琴に対する執着を宇佐見は感じ取った。一条会が開成会を揺るがす手段として真琴を狙う
のはあながち間違ってはいないだろう。
目の前で困ったような顔をする真琴を、宇佐見はじっと見つめる。
海藤はあの目元のホクロに、何度キスをしたのだろうか・・・・・。
「宇佐見さん?」
「あ、いや」
(俺は何を考えてたんだ・・・・・?)
不可解な自分の思考から無理矢理目を逸らすと、宇佐見はまた別のことを聞いてきた。
「お前、あいつの父親に会ったか?」
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