愛情の標



18






 恐い・・・・・というよりも、あまりに現実味がなくて、真琴は今自分の目の前で行われていることを、海藤が心配してくれ
ているよりも客観的に見れていた。
 真っ直ぐ男の眉間に銃を突きつけている海藤には隙は全くなく、反対に高橋の方は先程からひきりなしに脂汗を流して
いて、どちらが優勢かは一目瞭然だ。
 「真琴、あいつに何された?」
 「何って、何も・・・・・」
 「どんな小さなことでも隠すな。溜まればそれがお前の影になってしまうからな」
 「海藤さん・・・・・」
 何よりも自分を優先して考えてくれる海藤に、真琴ははっきりと首を横に振って見せた。
 「本当に何もされてないです。あの、アンナさんとお兄さんのこと、許してあげてください。2人共切羽詰ってしたことみたい
だし、俺には全然優しかったし」
 「・・・・・」
 「あの男の人のこと、お兄さんが教えてくれたんですよね?」
 「真琴」
 「はい?」
 「俺の前で他の男を褒めるな」
 「あ・・・・・ごめんなさい」
真琴が慌てて謝ると、男を足蹴にしたままの綾辻が面白そうに笑った。
 「社長が焼きもち焼くとこ初めてみたわ」
 「や、焼きもち?」
あまりにも海藤に似合わない言葉のような気がしたが、綾辻の言葉を否定しないところをみると案外当たっているのかもし
れない。
真琴はくすぐったい思いに襲われて、思わず海藤の首に抱きつく腕の力を強くした。



 綾辻に言われた言葉は面白くはなかったが、当たっているだけに海藤も憮然としたまま黙っていた。
真琴が気にしているアンナや弘中の処置は後回しにするとして、海藤はまず目の前の男に引導を渡すことにした。
 「お前のもってるシャブのルートをサツに流した。今頃相手はかなりのダメージを受けているだろう」
 「!」
それは一条会にとって一番大きな資金源だった。そこが潰されれば、まず財政は危機に陥るだろう。
その上、取り引きの相手にまで警察の手が及んでしまえば、相手の報復を覚悟しなければならない。
 「お、お前・・・・・っ」
 「大人しく向こうの制裁を受けるか、警察に庇護してもらうか、好きな方を選べ」
 「く・・・・・っ」
 高橋にしても命は惜しい。
しかし、警察に逃げ込んでしまえば、高橋はもう一生この世界に戻ることは出来ない。裏切り者として、負け犬として、蔑
まれる生活を送るしかないのだ。
 「たっ、助けてくれないかっ?あんたの傘下にしてくれ!」
 「断わる」
 「海藤会長!」
 「自分の部下を捨てて、自分だけ助かろうとする・・・・・そんな奴の入る隙間は開成会にはない」
 そう言い捨てると、海藤は真琴の腰を抱くようにして立ち上がった。
そうでなくても長身の海藤に上から見下ろされ、高橋は身体を硬直してしまっている。
 「この場所はサツとお前の取引先に同時に伝えた。どちらが先に来るか楽しみだな」
 「たっ、助け・・・・・」
 「お前の何よりの罪は、こいつを利用しようとしたことだ」
海藤はそっと真琴のこめかみに唇を寄せた。
 「愚かな自分を後悔しろ」



 店の前には倉橋を始め、十数人の男達が出口を取り巻くように立っていた。
 「真琴さん、ご無事で」
海藤に抱かれるように出てきた真琴を見て、倉橋は端正な頬に安堵の笑みを浮かべた。
海藤のすることに間違いはないと思っていても、やはり実際に無事な姿を見ないと心から安心出来なかった。
見たところ傷はないようだし、服も乱れてはいない。
何より、心配していたその表情の中に暗い影が残っていないのにホッとして、倉橋は海藤に視線を向けた。
 「手筈どおりです。間もなくどちらかが到着するでしょう」
 「先にどちらが押さえるか見ものだな」
 「配置につけた者はどうされます?」
 「解散させろ。思った以上に骨のない奴だった。これなら俺1人で十分だったな」
 「社長をお1人で来させることなんて出来ません」
倉橋は生真面目に答える。
すると、後ろから出てきた綾辻が突然倉橋に抱きついた。
 「!」
 「か〜つ〜み〜、私も褒めてよ、よくやったって」
 「あ、綾辻、離れなさい」
 「ね〜、マコちゃん、私活躍したわよね?」
 「は、はい、綾辻さんって強いんですね。びっくりしました」
 「ほら」
得意げに胸を張る綾辻に、倉橋は深い溜め息を付くと、
 「ご苦労様でした」
そう言って、倉橋は自分より少しだけ背の高い綾辻の頭を軽く撫でた。