愛情の標



21






 翌朝、案の定全く腰の立たない真琴は、海藤から甲斐甲斐しい世話を受けた。
お姫様抱っこのまま運ばれ、リビングのソファに座らせてくれると、真琴の好きなカボチャのスープ(もちろん海藤作)を出しく
れ、わざわざスプーンで飲ませてくれた。
シャツを肘までまくり、ギャルソン仕様のエプロンを身に着けている海藤は、今朝は眼鏡を掛けていなかった。
その素顔が夕べの海藤の顔と重なってしまい、真琴は思わず身体が熱くなってしまうのを誤魔化すのに一苦労した。
 「ひ、1人で食べれますから」
 「いいから、ほら、口を開けろ」
恥ずかしさと申し訳なさで真琴は何度も遠慮しようとしたが、海藤は笑みを浮かべて軽いキスをくれると、そのまま世話を
続けてくれた。
 「海藤さん、仕事の時間・・・・・」
 「今日は休みだ。お前もバイトは休め」
 「う・・・・・はい」
 身体が動かないのでは仕方がなく、海藤が持ってきてくれた携帯でバイト先に断わりを入れると、真琴はソファに背もたれ
たまま甲斐甲斐しく動く海藤に礼を言った。
 「すみません、迷惑掛けちゃって・・・・・」
自分はまだパジャマ姿(海藤が着せてくれた)だ。
 「迷惑とは思ってない。それに、原因は俺だしな」
 「!」
からかうような言葉に真琴が真っ赤になった時、来客を告げるインターホンが鳴った。
カメラで確認した海藤が直ぐに上がるように告げていたので、きっと倉橋が来たのだろうと思った。
パジャマのままではと着替えようとした真琴だったが、まだ足に力が入らず、かえって深々とソファにめり込んでいってしまう。
 「か、海藤さんっ」
せめて寝室に連れて行ってもらおうとしたが、
 「そこにいろ」
 「でも、こんな格好で・・・・・」
みっともないと言おうとした真琴だったが、海藤は全く別の意味で考えていたようだった。
 「お前のそんな可愛い姿は見せたくないんだがな」
 「・・・・・っ」
気恥ずかしくなった真琴は、膝に掛けてもらっていたブランケットで思わず顔を被ってしまった。



 「こ、こんな格好ですみません」
 「いいえ、お気になさらず」
 何時ものように丁寧に挨拶をする倉橋は、真琴の格好を見ても少しも表情を変えない。
そして・・・・・。
 「そ〜よ。恋人達の愛の営みは大切なものなんだから、恥ずかしがってちゃ駄目。ね、克己」
 「・・・・・あなたは少し恥というものを知ってください」
 訪れたのは予想通りの倉橋と、なぜか綾辻も一緒だった。
明らかに面白がっているふうな綾辻の言葉に真琴はさらに赤くなったが、倉橋はそんな綾辻を一喝して、わざわざ自分達
の為にコーヒーを入れてきてくれた海藤に頭を下げた。
 「ありがとうございます」
 「いや」
 「社長に接待されるなんて、光栄の至りだわ」
 さっさとコーヒーを口にする綾辻を倉橋は軽く睨むが、真琴は気まずく感じていた場を和やかにしてくれた綾辻にホッとした
表情になる。
それを見ていた海藤は、綾辻も同行させたことは正解だったと思った。
 「早くに伺いましたが、真琴さんも経過をお知りになりたいだろうとのことですので、よろしいですか?」
 アンナ達の事を気にしていた真琴の為に、海藤はわざわざ倉橋をマンションに呼んだのだ。
真琴は海藤に感謝の視線を向けると、真正面から倉橋を見つめた。
 「お願いします」
 「それでは報告します。川辺アンナは店を閉めさせ、大阪に下りてもらいました。これから傘下の店で働いてもらいます」
 「・・・・・お店、閉めちゃうんですか・・・・・」
元々店の為に真琴の拉致を考えたアンナにとって、それは本末転倒だったろう。真琴にとっては災難だったが、やはり気持
ちのいい結末ではない。
思わず落ち込んだように暗い顔をした真琴に、倉橋は言い聞かせるように説明した。
 「真琴さん、今彼女にあのまま店を続けさせても、いずれまた同じ様な問題が出てきたはずです。20代前半であれ程の
店を構えるには、彼女は力不足だったんです。それでも生活力旺盛な方のようですから、やる気になればきっとまた上がっ
てきますよ」
 「・・・・・そうですね」
 真琴には柔らかい表現をしたが、実際アンナの状況はもっと厳しいものだった。
24時間常に見張りが付けられ、店での立場も一番下だ。パトロンがいたとはいえ、一時は一軒の店を構えていたアンナに
とっては屈辱な毎日だろう。
 しかし、海藤にしてみれば、これでも随分甘い処置だった。本来なら闇の男達に渡し、死んだほうがましだというほどの
屈辱と絶望感を味あわせてやりたかったくらいだ。
海藤にとって、真琴に手を出されるということはそれ程の意味を持つのだが、真琴が妙にアンナに同情してしまったので、そ
こまでの処置が出来なかったのだ。
(まあ、倉橋も言ってた通り、あの女ならまた這い上がってくるかもな)