愛情の標
4
「ここ・・・・・ですか?」
「一番目立たない」
「・・・・・」
(・・・・・っていうか、十分目立ってるみたいだけど・・・・・)
翌日、真琴が海藤と向かった先は都内のあるデパートの屋上だった。平日のせいかそんなに人影はなかったが、母親と
子供連れの中で海藤の存在は浮き上がって見えた。
しかしそれは胡散臭いといったわけではなく、目付きは鋭いが端正な容貌の海藤に見惚れているといった感じだ。
「何か食べるか?」
キョロキョロと辺りを見回していた真琴は慌てて首を振った。
「お腹いっぱいですからっ。・・・・・あ」
真琴の声に、海藤も視線を向けた。直接会うのは久しぶりだが、その面影は記憶にあるまま変わっていない。
(いや、少し奴に似てきたか・・・・・)
宇佐見は無言のまま近付いてくると、2人の向かいのベンチに腰を下ろした。
「よほどそいつが大事なのか」
その言葉に真琴はビクッと身体を震わせたが、海藤がまるで守るように腰を抱き寄せてくれたので、途端にホッとして肩の
力を抜いた。
「これから先、こいつには手を出すな」
「・・・・・」
「帰るぞ」
言いたいことだけを言って立ち上がった海藤に、宇佐見は真琴に視線を向けて言った。
「俺の事は何も聞いてないのか?」
「え?」
「隠すつもりか?」
今度は海藤に向かって言う。
海藤は眉を顰めたがそのまま足を止めた。今問題を先延ばしにしても、また繰り返されるのは確かだ。
宇佐見の目的が何かは分からないが、ここで話した方が後々面倒がなくていいかもしれない。
「名前は知ってるな」
「は、はい、宇佐見さんって・・・・・」
「宇佐見貴継(たかつぐ)」
宇佐見はゆっくりと自分の名前を言う。
「貴・・・・・継さん?」
不意に、奇妙な響きを感じた。
真琴は隣にいる海藤を見上げる。
「どんな字を・・・・・」
「説明するより、これを見た方が早いだろう」
海藤が答える前にそう言うと、宇佐見はスーツの内ポケットから思いがけないものを取り出した。
「これ・・・・・」
テレビで見たことがある、特別な職業の人間が持っているもの・・・・・。真琴は怖々受け取ると、思い切って中を開いた。
そこには顔写真と共に、身分証が収まっていた。
「警視庁・・・・・組織犯罪、対策・・・・・部第三課、警視正・・・・・宇佐見、貴継・・・・・あ、あの、警察の人なんですか?」
「そうだ」
宇佐見は海藤を睨む。しかし、海藤はその挑発に乗らないように、真琴に向かって淡々と言った。
「第三課は、暴力団の情報管理、規制、排除が主だ。俺達とは敵対する間柄だな」
単語を羅列されても、真琴には正直言ってよく分からなかった。
ただ分かったことは、目の前の男は警察の人間で、海藤とは対極にある人間ということだけだ。
(でも、それだけでこんなに冷たい目を・・・・・する?)
もっと深い関係があるような気がして、真琴は海藤と宇佐見の顔を交互に見る。
ふと、真琴は気付いた。
(似・・・・・てる?)
どちらも端正な容貌の持ち主だがタイプは違う。しかし、その持っている雰囲気はどこか似ている気がした。
とっさに、それは口にしてはいけないことだと思った。
真琴はまるで海藤を守るように自分からその腰に手を回す。海藤はそんな真琴を見下ろし、少しだけ頬に笑みを浮かべた。
「お前がそんな顔をすることはない。俺にとっては別にたいした問題じゃないからな」
「偽善者」
そんな二人の間に割り込むように、宇佐見ははき捨てるように言った。
「出来るなら体中の血を全部入れ替えたいくらいだ」
「何を言って・・・・・」
「あんたもそう思ってるだろ・・・・・兄さん」
「に・・・・・さん?」
真琴の心臓の鼓動が激しくなった。
「俺はこいつの親父が外に作った子供・・・・・腹違いの兄弟だ、忌々しいことにな」
「海藤さん、本当?この人、海藤さんの・・・・・」
「戸籍上は赤の他人だがな」
「じゃあ、本当に・・・・・」
「確かに、半年違いの弟だ」
海藤にとっては本当にたいした意味のないことなのか、その口調は本当に何気ないものでしかなかった。
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