愛情の標










 「ここ・・・・・ですか?」
 「一番目立たない」
 「・・・・・」
(・・・・・っていうか、十分目立ってるみたいだけど・・・・・)
 翌日、真琴が海藤と向かった先は都内のあるデパートの屋上だった。平日のせいかそんなに人影はなかったが、母親と
子供連れの中で海藤の存在は浮き上がって見えた。
しかしそれは胡散臭いといったわけではなく、目付きは鋭いが端正な容貌の海藤に見惚れているといった感じだ。
 「何か食べるか?」
 キョロキョロと辺りを見回していた真琴は慌てて首を振った。
 「お腹いっぱいですからっ。・・・・・あ」
 真琴の声に、海藤も視線を向けた。直接会うのは久しぶりだが、その面影は記憶にあるまま変わっていない。
(いや、少し奴に似てきたか・・・・・)
宇佐見は無言のまま近付いてくると、2人の向かいのベンチに腰を下ろした。
 「よほどそいつが大事なのか」
 その言葉に真琴はビクッと身体を震わせたが、海藤がまるで守るように腰を抱き寄せてくれたので、途端にホッとして肩の
力を抜いた。
 「これから先、こいつには手を出すな」
 「・・・・・」
 「帰るぞ」
 言いたいことだけを言って立ち上がった海藤に、宇佐見は真琴に視線を向けて言った。
 「俺の事は何も聞いてないのか?」
 「え?」
 「隠すつもりか?」
今度は海藤に向かって言う。
海藤は眉を顰めたがそのまま足を止めた。今問題を先延ばしにしても、また繰り返されるのは確かだ。
宇佐見の目的が何かは分からないが、ここで話した方が後々面倒がなくていいかもしれない。
 「名前は知ってるな」
 「は、はい、宇佐見さんって・・・・・」
 「宇佐見貴継(たかつぐ)」
宇佐見はゆっくりと自分の名前を言う。
 「貴・・・・・継さん?」
 不意に、奇妙な響きを感じた。
真琴は隣にいる海藤を見上げる。
 「どんな字を・・・・・」
 「説明するより、これを見た方が早いだろう」
海藤が答える前にそう言うと、宇佐見はスーツの内ポケットから思いがけないものを取り出した。
 「これ・・・・・」
テレビで見たことがある、特別な職業の人間が持っているもの・・・・・。真琴は怖々受け取ると、思い切って中を開いた。
そこには顔写真と共に、身分証が収まっていた。
 「警視庁・・・・・組織犯罪、対策・・・・・部第三課、警視正・・・・・宇佐見、貴継・・・・・あ、あの、警察の人なんですか?」
 「そうだ」
宇佐見は海藤を睨む。しかし、海藤はその挑発に乗らないように、真琴に向かって淡々と言った。
 「第三課は、暴力団の情報管理、規制、排除が主だ。俺達とは敵対する間柄だな」
 単語を羅列されても、真琴には正直言ってよく分からなかった。
ただ分かったことは、目の前の男は警察の人間で、海藤とは対極にある人間ということだけだ。
(でも、それだけでこんなに冷たい目を・・・・・する?)
 もっと深い関係があるような気がして、真琴は海藤と宇佐見の顔を交互に見る。
ふと、真琴は気付いた。
(似・・・・・てる?)
 どちらも端正な容貌の持ち主だがタイプは違う。しかし、その持っている雰囲気はどこか似ている気がした。
とっさに、それは口にしてはいけないことだと思った。
真琴はまるで海藤を守るように自分からその腰に手を回す。海藤はそんな真琴を見下ろし、少しだけ頬に笑みを浮かべた。
 「お前がそんな顔をすることはない。俺にとっては別にたいした問題じゃないからな」
 「偽善者」
 そんな二人の間に割り込むように、宇佐見ははき捨てるように言った。
 「出来るなら体中の血を全部入れ替えたいくらいだ」
 「何を言って・・・・・」
 「あんたもそう思ってるだろ・・・・・兄さん」
 「に・・・・・さん?」
真琴の心臓の鼓動が激しくなった。
 「俺はこいつの親父が外に作った子供・・・・・腹違いの兄弟だ、忌々しいことにな」
 「海藤さん、本当?この人、海藤さんの・・・・・」
 「戸籍上は赤の他人だがな」
 「じゃあ、本当に・・・・・」
 「確かに、半年違いの弟だ」
海藤にとっては本当にたいした意味のないことなのか、その口調は本当に何気ないものでしかなかった。