愛情の標
5
海藤が自分に腹違いの兄弟がいることを知ったのは、中学に上がった時だった。
既にその頃伯父の菱沼辰雄に才能を見出されていた海藤は、自分の家ではなく伯父がいる本家で暮していた。
伯父の妹、海藤の母である淑恵(としえ)は20歳の時、当時開成会の若頭だった海藤貴之のもとに嫁いだ。
貴之は既に35になっていたが、容姿も頭も並以上によく、淑恵の方が父に懇願して一緒になったのだ。
自分の組の大切なお嬢さんをもらったということで、貴之は随分と淑恵を大切にしていたが、貴之には他に何人もの愛
人がいた。
ほとんどが身体だけ、後は金ずると、この世界で生まれ育った淑恵はその存在を黙認していた。
やがて淑恵は妊娠したが、随分酷いつわりでしばらく実家に戻ることになり、その間に貴之が遊びで手を付けた女の1人
が妊娠してしまった。
まだ19歳の大学生で家柄もいいその女は、当然産むつもりは毛頭なく、貴之も面倒なことになる前にと金を渡して手を
切ったのだが、両親になかなか言えなかった女のお腹の子供は、既に堕胎が無理な時期になってしまった。
それからどんなことがあったのか、まだ生まれていなかった海藤に分かるはずはないが、結局女は両親の勧める年の離れ
た男と結婚し、生まれた子供はその男の子供として認知されたらしい。
同じ中学に進学した時も、海藤は名前も顔も知らなかったが、宇佐見の方は自分の出生にまつわる話は既に聞いてい
たらしく、初対面から海藤に対して敵愾心を持っていた。
警察という組織に入ったのも、自分を捨てた父親と、腹違いの兄弟を、自分の手で壊滅させる為だった。
「気に入らないなら視界に入れなければいい」
「お前が目立ち過ぎるんだ」
「いい家に生まれて、いい学校を出て、キャリアという選ばれた存在になった。それ以上何を望む?」
「お前の破滅だな」
最高学府を選んだ宇佐見は、嫌でも海藤と進路が重なった。いつも自分の前を行く海藤が許せなくて、やがて権力を
掴んで自分の方が優位に立つことを決めた。
今の地位はまだその途中だが、今の海藤に自分を無視することは出来ないだろう。
「そ、そんなの、変です!」
真琴自身、ヤクザという存在を全て受け入れられるかといえば、まだ自信がない。
それでも、好きな人の存在を否定されるのは許せなかった。
「わ、悪いのは、海藤さんのお父さんで、海藤さんは何も悪くないじゃないですか!文句があるならお父さんに直接言って
ください!」
「真琴・・・・・」
「それに、ヤクザさんの中にもいい人はいっぱいいますっ」
「・・・・・言いくるめられているな、めでたい奴」
「そんなことないです!」
「西原真琴・・・・・だったな。想像以上にガキだ」
「う〜」
「そいつと付き合っていれば、やがてお前の家族にも火の粉は飛ぶ。そいつらの業界や、俺達警察の中でも、お前の存
在は知られてきているしな」
家族という言葉に、真琴は一瞬怯んでしまった。
自分はまだ当人だからいいが、何の関係もない家族に何かあったらと思うと不安になってくる。
「・・・・・」
しかし、真琴は見上げた海藤の目を見て、直ぐにその考えを打ち消した。
(海藤さんの言葉なら信じられる)
お前が俺を選べば、二度と離さない・・・・・そう言ってくれた海藤は、その言葉の通り真琴を腕の中に包み守ってくれるだ
ろう。
それならば家族は、真琴が守ればいいのだ。
「脅しなんかに乗らないから!」
真琴は海藤を守るように立ちふさがった。小柄な真琴の後ろに長身の海藤が隠れるはずもないが、宇佐見はその気迫
に押されたように口を閉ざした。
「生まれる時のことずーっと根に持ってるなんて陰険!」
「・・・・・」
「あなたのこと気の毒だとは思うけど、海藤さんだってきっと大変だったはずなんだから!」
「・・・・・そうなのか?」
宇佐見の問いに、海藤は苦笑を返す。
「まあ、そうかもな」
「それくらいか?」
微妙な2人の掛け合いは、憎しみだけの関係じゃないと感じさせるものがある。
同じ年の兄と弟には、まだまだ複雑な思いがあるのだろう。
「まあ、今日はそいつを見れて良かった。お前のにやけた顔は余計だったが」
「・・・・・」
「海藤さんはカッコイイです!」
面白いように食ってかかる真琴を、宇佐見は面白そうに見た。
「俺よりもか?」
「当然ですよ〜だ!」
べ〜と舌を出していう姿はまるで子供で、宇佐見だけでなく海藤までもプッと吹き出してしまった。
「海藤さん!」
「どうやら、俺の方がいい男に決定だな。いくぞ、真琴」
海藤に肩を抱かれて数歩歩いた真琴は、ふと思いついたように振り返った。
「あの」
「何だ?」
「警視正って、どのくらい偉いんですか?警部補とか、警部とかよりも上?」
「・・・・・少しだけ、上、だな」
「へえ、偉いんだあ」
答えてくれるかなと思ったが、案外宇佐見はすぐ口を開いてくれた。
真琴は感心したように1人頷いていたが、やがて期待に満ちた目を海藤に向けた。
「でも、海藤さんも組長で社長だから偉いですよね?」
「ずっとな」
真琴に対して宇佐見の態度が微妙に変わったのを感じて、海藤は牽制するように宇佐見に視線を向けると、やっぱりと
納得している真琴の肩を抱いて人混みの中にまぎれて行った。
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