赤い鎖
7
強張った表情でセミダブルのベッドに横たわる倉橋を見て、綾辻はプッとふき出してしまった。
「何か、照れるな、改めて」
「・・・・・私の方がもっと恥ずかしいですよ」
「まあ、確かに」
バスローブの中の身体は、改めて思わなくても男の身体だった。
確かに180以上の身長がある割には華奢でほっそりとして、肌も滑らかで青白い。
しかし、女のようなふくよかな丸みや、豊かな胸は当然無く、綾辻は改めて今から男を抱くのだと思った。
「・・・・・綾辻さん」
「ん?」
綾辻の手が倉橋の顔から眼鏡を外そうとした時、倉橋は淡々とした口調で言った。
「こんな体勢で今更かもしれませんが・・・・・やはり私が受け入れる方なんでしょうか?」
「え?」
思い掛けない言葉に、綾対はまじまじと倉橋の顔を見つめる。
「克己、俺を抱きたい?」
「・・・・・それもあまり考えられませんが・・・・・。ただ、身長もほとんど同じだし、体付きも変わらない私が、どうして受け入れ
る側なのかと思いまして」
確かに倉橋の言葉は一理あった。
倉橋の方が華奢ながらも、目を見張るほどの体格差があるわけではなく、どちらも男だ。
抱くのが当然と思っていた綾辻は唐突に突きつけられた問いに戸惑ったが、倉橋が積極的に抱く方になりたいと思っているよ
うには見えなかった。
「まあ、経験値の差と・・・・・俺の方がより強く克己を思ってるから。どちらでも構わないなら、ここは俺に譲ってくれよ。今度は
お前が俺を抱いてもいいからさ」
「・・・・・そう言われても私は自信ありませんし・・・・・少しそう思っただけなんです。あなたにお任せしますよ」
「よし」
さりげなく言葉の中に『今度』という単語を入れたのだが、聡いはずの倉橋はまるっきり気付かなかったようだ。
それだけでも緊張しているのだろうという想像はつき、綾辻は出来るだけ驚かせないようにベットの上に片足を乗せ、そっと倉橋
のバスローブの紐を解いた。
長い間恋焦がれていた身体は、男の身体なのだが抱かれるのを待っていたかのような熟れた印象を与えた。
多分それは自分の勝手な妄想からだと分かっているが、綾辻はやっと触れることの出来るその肌を、しばらくの間じっと見つめ
ることしか出来なかった。
「・・・・・あんまり見られると・・・・・恥ずかしいんですが・・・・・」
「ああ、ごめん。あんまり綺麗だったからさ」
「・・・・・私は女ではないんですよ。そんなリップサービスは必要ありません」
「バ〜カ、だから言いたいんだろ」
確かに女を抱く時、その容姿を褒めるのは常套句のようなものだが、今出たこの言葉は綾辻自身も思わず零れてしまった
本音だ。
苦笑を零しながら、綾辻は指先を淡い色をした倉橋の乳首に触れさせる。
途端にビクッと身体を震わせる倉橋を用心深く観察するが、目に見えた拒絶はまだないようだ。
(とにかく、一回イカせるか)
このベットから逃げ出すことが出来ないようにするには、何も拘束するという方法だけではない。
快感に溺れさせ、理性をとかしきってしまえば、何も物理的に縛る必要もない。
(覚悟しろよ、克己。お前が俺を許したんだからな)
何時も一緒にいて、綾辻は不思議に思うことがあった。
それは、どんなに暑い日でも、倉橋がほとんど汗をかかないということだ。
うっすらと額に汗が滲むことはあっても、きっちりとスーツを着こなしている倉橋は涼しい顔で、そこだけ空気が冷んやりとしてい
る感じがあった。
しかし・・・・・。
「・・・・・ふ・・・・・はっ・・・・・んっ」
出来るだけ声を押し殺そうとして薄い唇を噛み締めている倉橋の身体はうっすらと全身が汗ばみ、体温がないかと思うほど
青白かった肌も色づいてきた。
(ああ、そろそろ見れる頃か)
綾辻はゆっくりと首筋にキスを落とし、以前からの欲望のままそこに歯をたてた。
「・・・・・っ」
鬱血するするほど強いそれに、倉橋の眉が顰められる。
文句を言うつもりなのか口を開きかけた倉橋に強引に唇を重ねると、綾辻はそのまま倉橋の下着の中に手を入れた。
「!」
「・・・・・よかった、少しは感じてるな」
倉橋の細身のペニスは少しだけだが頭をもたげていて、綾辻はホッとしたように笑みを浮かべた。
やはり少しでも感じてくれた方が嬉しい。
それまで倉橋を怯えさせないように着ていた自分のバスローブの紐に手をかけながら、綾辻はある目的を持って倉橋の身体
をうつ伏せにする。
そこには、綾辻の予想したものが表れていた。
「・・・・・やっぱり、噂は本当だったのか」
「・・・・・見えてるんですか・・・・・?」
「ああ、綺麗な龍が浮き出てるぞ」
「・・・・・」
「お前が白粉彫り(おしろいぼり)をしているらしいとは聞いたが・・・・・これもあの人の為か?」
ヤクザ=刺青という図式は、実は今の時代には似つかわしくなかった。
ファッション感覚の小さいものなら、普通の若者の方がしている確率が高いくらいだ。
開成会は、海藤の伯父の菱沼が会長をしている頃から刺青をしなければならないというような規律はなく、海藤自身も古い
因習を踏まない人間なので、身体に墨を入れてはいなかった。
そんな中、刺青とは一番遠い所にいるような倉橋が墨を入れていると聞いた時、綾辻は直感的にそれは海藤の為ではない
かと思ったのだ。
「あれは普通よりも深いところに墨を入れるだろ?普通の男じゃ我慢出来ない痛みだが・・・・・お前は何の為に耐えた?」
白粉彫りは、通常は目に見えない刺青だ。体温が上がった時に初めて浮き出るその手法は、通常よりも深く彫るのでかな
りの激痛を伴う。
白く滑らかな倉橋の背中に表れた、鋭い表情の一匹の龍。他の柄は一切施してはいないのがかえって神々しい。
その龍は綾辻の覚悟の程を確かめるように、じっと視線を向けているようにさえ感じた。
「・・・・・もう、戻らない・・・・・その覚悟をつける為・・・・・これは私自身です」
「一匹じゃ淋しくないか?」
「・・・・・いいえ」
「二匹ならどうだ?」
「・・・・・え?」
「惚れた弱みだ。克己、俺も覚悟はついてるぞ」
「あ、綾辻さん、あなた・・・・・」
倉橋の揺れる視線を受け止めながら、綾辻はベットから降りてバスローブを脱ぎ捨てた。
逞しく鍛えたバランスの良い身体に、既に雄々しく立ち上がったペニス。
倉橋が思わず目を逸らそうとする前に、綾辻はゆっくりと背を向けた。
「・・・・・龍が・・・・・いる・・・・・」
倉橋の呆然とした呟きが耳に入り、綾辻は思わず肩を揺らしてしまった。
自分の背中のことだから分かる。
倉橋を求める欲情に既に体温が上がっている綾辻の背中には倉橋よりも一回り大きな龍が、今にも獲物に襲い掛かりそう
な勢いで身構えているのだろう。
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