赤の王 青の王子
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※ここでの『』の言葉は日本語です
荒々しい足取りで執務室に戻ったアルティウスは、傍に置いてあった花瓶を思いのまま蹴飛ばした。
貴重な陶器がけたたましい音を響かせて割れるのも構わずに、アルティウスはまだ怒りを抑えられないというふうに言い放っ
た。
「あ奴は私を王と思っておらぬのか!あれ程の暴言、ユキの面前でなければ一太刀浴びせたものを!」
ディーガの話で、有希の世界は簡単に人を殺めたり傷付けたりしてはならないと知った。王という絶対的な存在はなく、
全てが話し合いによって決められるということも。
生まれながらにして王となるべく育てられたアルティウスには到底理解出来ないが、有希が剣を怖がっていることは直ぐに感
じ取った。
そのせいか、ここ最近アルティウスは1人も手打ちにはしていない。血で染まった自分の手を、有希が拒むのが怖かったか
らだ。
「あ奴、ユキに何をいうつもりだ?」
「多分・・・・・自国に迎えるつもりでしょう」
傍に控えていたマクシーが厳しい表情で言った。
「かの存在を欲するものは限りなく、ユキ様が望めば他国へ出向かうことも考えなければなりません」
「ならぬ!」
今にもマクシーに切りかかろうとする勢いのアルティウスを、ベルークは必死に宥めた。
「王っ、マクシー様は可能性を言われているだけです!ユキ様自身が我が国を出たいとおっしゃったわけではございませ
ん!」
「分かっておるわ!」
ただ、想像するだけでも我慢出来なかった。
激昂するアルティウスに、マクシーは動揺することもなく進言した。
「王よ、今宵の宴の後、シエン王子に女を遣わします。閨の中では、男の口は軽いもの。何が目的かを探らせましょう」
大国バリハンの王子を迎えての祝宴は、さすがに絢爛なものだった。
薄い絹をまとっただけの踊り子の女達が妖艶に舞い、食事も肉や野菜、果物と、彩りも調理法も様々な種類のものが並
べられている。
主賓の席にアルティウスと並んで座っているシエンは、一向に姿を現わさない有希を視線だけで探していた。
「かえりたい、ここはいや・・・・・おねがい・・・・・」
初めて見た伝説の星。話の中では、その人物は気高く、高貴な、最強の存在だった。
(それが、あんな少年だったとは・・・・・)
目の前にいたのは、圧倒的なオーラなど持たない、儚げな美しい少年だった。
その髪も、肌も、その容貌容姿全てが、シエンが今まで見た事がないほど繊細で美しかった。
薄紅の花の様な唇が自分の名前を口ずさんだ時、シエンの身体の中の何かがカッと熱く燃え上がった。
欲しいと・・・・・思ったのだ。
細い小さな身体を我が物顔で強引に抱くアルティウスに憎悪を感じ、そのまま手にかけたいとまで思った程だ。
(彼がこの国を出たいと思っているのは好都合。このまま攫って私の国のものに・・・・・私のものに・・・・・)
自分の国に帰りたいと訴えていたが、バリハンの国で、シエンが大切に慈しみながら共に暮せば、そのまま留まってくれるだろ
う。
シエンはどうやって有希を連れ出そうか、それだけを考えていた。
「シエン王子」
不意にアルティウスが話し掛けてきた。
杯を片手に一見上機嫌のように見えるが、その瞳には消えない殺気が見えている。
「今宵の踊り子の中で、気に入った者はおらなかったか?」
気付けば、音楽は鳴り止んでいなかったが踊りは終わっており、シエンとアルティウスの面前には数十人の踊り子の女達が
かしずいていた。
「どの者でも、何人でもよいぞ」
閨の相手のことを言っているのだと直ぐに分かった。
露出の激しい格好の女達は、客観的に見ても美女ぞろいで、女達もタイプの違う美しい王と王子に選ばれようと、それぞ
れ露骨な媚をうっている。
たった一度でも情けをもらえば、それだけで愛妾と呼ばれる地位に上れるのだ。
豊満な乳房を見せ付ける女達を一瞥し、シエンは皮肉な笑みをアルティウスに向けた。
「お美しい方々ばかりですが、私の欲する方とは少し趣が違うようです」
「・・・・・欲する者と?」
「この場にユキ殿はいらっしゃらないのですか?」
「!」
シエンの口から出た有希の名に、一瞬にしてアルティウスの周りの空気が凍った。
「この場にユキを呼べと?」
「美しい花を愛でるのは、男の楽しみでありましょう。私は煌びやかな花よりも、清楚で可憐な花の方を愛しいと思いま
すので」
言外に、面前の女達をあてがう必要はなしと言い放ったも同然の言葉だった。
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