赤の王 青の王子



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 「てなくていい?」
 「はい。王も、慣れない場所にわざわざ出てくることもないとおっしゃって下さいました」
 「よかった」
 遠くから聞こえる騒ぎ声や音楽を耳にしながら、有希はホッと安心したように溜め息をつく。まだ多くの人間に会う事に慣
れないので、そんな配慮はありがたかった。
自分以外の者に肌を見せるのはならぬと、有希が着せられているのは頭からすっぽりと被れる膝下まである長衣と、踝まで
あるダブダブのズボンのようなものだ。
暑いこの国でそんな格好をするのは占術師か神官ぐらいで、その格好は薄着の中では目立ってしまう。
目立つことが嫌な有希は、そのまま風呂に入って寝ようと、ウンパと共に湯殿に向かった。
 「あ」
 「?」
 突然、立ち止まったウンパがその場に膝をついて頭を下げた。
 「ウンパ?」
 「皇太子様です」
 「え?」
ウンパの言葉と共にざわついた気配を感じて有希が視線を向けると、そこには数人の護衛兵と側使い達を連れた少年が
立っていた。
 「・・・・・たれ?」
 「第一皇子、エディエス様ですよ」
 「だいいちおうじ、つぎのおうさま?」
 近付いてくるにつれ、有希は少年がアルティウスによく似ていることが分かった。
まだ肩までしかないが藍みががった黒髪も、強い意思を含んだ碧の瞳も、まるで生き写しのようにそっくりだ。
ディーガの話の中に出てきたアルティウスの子供達。こうして実際に目にするまでピンと来なかったが、これ程大きな子供が
いたんだとしみじみ実感した。
(確か、一番上の子供は10歳になるって・・・・・)
 しかし、有希のイメージの10歳の子供というには、目の前の少年は随分と大人びていた。
この国の者達は概して大柄だが、この少年も有希とほとんど変わらない背丈で、体付きもがっしりしていた。
 護衛や召使達は、有希の姿を見ると跪き、王族に対するのと同じような礼をとる。有希が特別な存在だということは、既
に宮殿にいるものなら知っているからだ。
 しかし、エディエス少年はまるで忌々しいものを見るような険しい表情で、そのまま近付いてくるといきなり有希の服の襟元
を掴みあげた。
 「!」
 「エディエス様っ?」
 「お前が母上の嘆きの元凶か」
 「え?」
 想像以上の強い力のせいか、有希は爪先立ちになるまで持ち上げられる。
苦しくなって顔を歪めると、控えていたウンパがエディエスの手を引き離した。
 「無礼者!」
 「お許し下さいっ。しかし、この方は王にとってもこの国にとっても大切な方!傷付けることは許されません!」
 「召使の分際で私に意見する気か!」
 その荒々しさはまるでアルティウスそのもので、有希はウンパの背中に隠してもらいながらディーガの話を思い出した。



 「王には即位されてから今まで、正妃という存在はいらっしゃいませんでした」
 長いその話は、アルティウスの人間関係だった。
15歳で成人を迎えたアルティウスは直ぐに閨の世話係・・・・・いわゆる妾を付けられた。
生まれがいい者、容姿がよい者、英知に優れている者と、将来の王を生む立場の妾達はあらゆる面で優れた者が十数
人アルティウスに仕えた。
子供を生んだのはそのうちの4人の妾達で、特に第一子、皇太子を生んだ妾は家柄も容姿も申し分がない為、そのまま
正妃にと進言する者も多かったが、ただ気に入らないというアルティウスの一言で却下になった。
 それから次々に子供が生まれ、3人の皇太子と2人の皇女をもうけると、アルティウスは義務のような子作りを嫌い、面白
くなってきた国策に没頭した。
 4年前前王が突然崩御し、国王に即位した時も后をという声が上がったが、アルティウスは時を見てといったきりそのまま
正室を決めないでいた。
若く、美しく、巨大な権力を持つアルティウスには、今現在も諸外国から婚姻の申込みや、献上される女達が数多くある。
 しかし、ドロドロとした周りの思惑に踊らされるのを良しとせず、また他国の力を借りなくても困らない大国の立場で、アル
ティウスは、端から門前払いとしていた。
 今現在、宮殿の続きには建てられた妾妃宮があり、子供の母親達と幾人か残った妾達が、何時訪れるかも分からない
王を待っているのだ。



(その中にこの子のお母さんが・・・・・)
 「なげき・・・・・げんきょう?」
 有希はエディエスの言葉を思い出した。
 「わたし、なに、した?」
戸惑ったように見つめると、なぜかエディエスは狼狽したように視線を逸らした。
しかし、視線を逸らしたことが屈辱だったのか、次の瞬間更にきつく有希を睨んだ。
 「お前が現れてから、父王は全く宮に足を運ばなくなった。そればかりか早急に宮から出よという。お前の目に母達の存
在を映したくないと!」
 「皇子っ、もうお止め下さい!」
 ウンパの必死の言葉にも、エディエスの感情は止まらなかった。
 「父王はお前に強く執心しているっ。子も産むことの出来ない、どこの誰とも分からない男のお前を!私や、私の兄弟の
母達を、お前1人の為に切り捨てようとしているのだ!お前は誰もが欲しがる【星】などではない!私達家族を引き裂くだ
けの忌み人だ!」
 「・・・・・や、めて・・・・・」
 言葉の全てを理解出来たわけではないが、エディエスの激しい憎しみは全身を激しく痛めつけてくる。
誰かにこんなに憎まれたことのない有希は、ただ小さく身体を震わせるしかなかった。