赤の王 青の王子



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 行き交う旅人の姿が途切れた時、有希は思い切ったようにシエンに声を掛けた。
 「おうじ」
 「どうしました?」
後ろから有希の身体を抱き抱えるようにソリューの手綱を引いていたシエンは、振り返った有希の不安そうな顔に優しく微
笑み掛けた。
 「やぱり・・・・こんなふうににげる、だめとおもう・・・・・」
 予想していた言葉なのか、シエンは驚いた表情は見せなかった。
そして、少し声を落とし、真剣な表情で、有希に諭すように言った。
 「もう、後戻りは出来ないのですよ。私はエクテシアの王から、あなたを奪った、言わば略奪者です。それがあなたの意思か
どうかは、もはや関係ない次元になっているはず。このままあなたを戻しに行けば、私は確実にアルティウス王から刃を向け
られるでしょう。私が殺されることがあれば、バリハンとエクテシアの戦は決定的なものになるはずです」
 「そんな・・・・・」
自分の突発的な行動が、それ程の大事になるとは想像もしていなかった有希は、顔面蒼白になっていく。
(どうしよう、戦争なんて、そんなこと・・・・・っ)
 自分のいた世界では全く身近に感じなかった問題に、ユキは対処する頭が回らない。
と・・・・・、
 「!」
 突然シエンは自分の羽織っていたマントのような布を有希の頭の上に被せると、腰にさした剣を鞘から抜いて空を見上げ
た。
 「お、おうじっ?」
突然のことに有希は混乱するが、シエンは有希を腕の中に抱いたまま離そうとはしなかった。
 「使鳥がいるとは聞いていたが・・・・・」
 呟くと同時に、空から急降下してきたものが、他の者の目にも映る。
それは驚くほど大きな鳥だ。
 「何だっ?あれはっ?」
 「王子!」
 「あれはエクテシアの王族のしもべだろう。私も話だけは聞いていたが、こんなに大きな鳥とは・・・・・」
全長2メートルはあるだろうその鳥の、鋭い嘴と爪は十分に殺傷能力があるだろう。
近くの岩の上に止まり、一歩も動く事を許さない眼差しを向ける使鳥に、シエンは覚悟を決めざるをえなかった。
 「みな、剣を持て」
 「あの鳥を殺しましょう!」
 「殺す前に、お前達の何人もが命を落とす。それよりも、じきにここにアルティウス王が現れるはずだ。最悪なことも考えて
向かわねばならぬ」
 「!」
 「私が倒れても、必ず1人は生き残り、『星』を連れて我が国に戻れ。父王に必ずその事実を伝えるように」
 「王子!」
 「シエン様!」
 アルティウスがどれだけの兵を連れて来るかは分からないが、国境を越えてないこの場所で対抗するにはほぼ最悪な結
果になるだろう。
 「お、おうじ・・・・・?」
 言葉を全て聞き取れない有希も、その異様な雰囲気に怯えて震えている。
 「安心なさい。誰もあなたに危害を加えることはありませんから」
智を現わす【青の王子】と呼ばれている自分が、こんな勝算の低い賭けをしてしまうほど愚かだという現実に直面して、シ
エンは思わず苦笑を洩らした。
 「恋とは・・・・・誰をも愚かな生き物に貶める・・・・・」
それ程に有希を欲しいと思ってしまったのだ。
 「・・・・・来た」
 ざわめく気配とソリューの蹄の音が聞こえる。
シエンはギュッと剣を握り締める手に力を込めた。



 「ユキ!!」
 駆けつけたアルティウスは、シエンの想像とは違い、ベルークを従えただけで現れた。そして燃えるような怒りを込めた目を
シエンに向け、吼える様に叫ぶ。
 「おのれっ、私からユキを奪うなど、生きて帰れるとでも思ったのか!!」
 「アルティウス王よ、ユキを傷付け、穢したあなたに、【星】を庇護する資格などない!」
凄まじい殺気を向けられながら、シエンは少しも怯むことなく高々に言った。
 「ユキはこのまま我が国バリハンに連れて行く!」
 「許さぬ!!ユキ!」
 頭から被った布をギュッと握り締め、有希はアルティウスの叫びを聞いていた。
(どうしよう、どうしたら・・・・・っ)
このままでは、アルティウスは確実にシエンを手に掛けてしまうだろう。幾らアルティウスにとっての理由があっても、一国の王
子を自分の領土内で殺してしまえば、確実に二つの国は戦争を起こしてしまう。
(僕のせいでこんなこと・・・・・駄目だよ!)
 何とかして2人が争うのを止めなければならないと思った。
しかし、有希に飛び抜けた腕力があるでもなく、不思議な力を使えるわけでもない。
 「その腕にあるのはユキかっ!」
 「簡単には渡さぬ」
2人のピリピリとした殺気がユキの身体にも突き刺さる。
有希は早く早くと、争いを止める方法を考えた。
 そして・・・・・、
(あ!)
一つの方法が、パッと頭の中に浮かんだ。