赤の王 青の王子



19
                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 有希は昔から内向的で大人しい少年だったが、その容姿のせいで何度も嫌な目に遭ってきた。
その度に怖くて声を上げることも出来ずに泣く事がほとんどだったが、今、有希は人の生死というものに直面し、突き動かさ
れるように身体を動かした。
何か武器を持っているわけでもなく、たとえあったとしても有希には到底誰かを傷付けることなど出来ないだろうが、この場
を支配している殺気を打ち消すことは何としてもしなければと思った。
もともと原因は自分なのだ。
(アルティウス王も、シエン王子も、とにかく傷付けない様にしなくちゃ・・・・・っ!)
 ユキはソリューにくくり付けていた袋を引き寄せ、焦ったように中を探り始めた。中には有希がこの世界に来た時に着てい
た制服が入っている。見慣れない服を着ていては目立つと言われて、そのまま袋に入れていたのだ。
 『確か持っていたはず・・・・・っ、どこ、どこだっけっ?』
 不安定なソリューの上で、ただ気が焦るばかりだった有希の手に、その目的のモノがあたった。
 『あった!』



(さすが『赤の王』と呼ばれるだけある・・・・・隙が全く無い)
 ソリューの背中から降りたシエンは、剣を握り直しながら背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
『青の王子』と呼ばれ、際立った知識と政治力が謳われているシエンだが、剣の腕も決して劣るというわけではなく、むしろ
バリハンの兵士の中では1、2を争うほどの腕の持ち主だった。
しかし、やはり勇猛果敢なエクテシアの兵を力で従えているアルティウスの力は、こうして向かい合って剣を構えているだけ
で感じ取れる。
(ここまでか・・・・・)
 最後まで諦めないつもりでも、今怒りに満ちているアルティウスを無傷ではかわせないだろう。
万が一アルティウスを退けたとしても、次に闘将と讃えられるベルーク将軍がいる。そこではもう、対抗出来る力が残ってい
るとは思えない。
 「簡単には渡さぬぞ」
決意を込めて言うシエンに、アルティウスは氷のような視線を向けたままだ。
 「私からユキを奪おうとした罪・・・・・その命でさえもの足りぬが、無傷で帰れるとは思うな」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
ベルークも、シエンの護衛達も、もはや止めることさえ出来ない凄まじい殺気がその場に渦巻いていた。
 その時、
 「やめろ!!」
大きな、しかし震えている声が響いた。



 「ユキっ!」
 被っていた布をしっかりと片手で持ち、有希はソリューの背の上から2人を見下ろしていた。
たった1日顔を見ていなかっただけだが、アルティウスはもう随分長い間有希を見ていないと思った。
 「ユキ!」
ただ名前を呼ぶしか出来ないアルティウスに、有希は今まで見せたことのない様な強い意思を込めた目を向けた。
バリハンの衣装を着ている有希は、その容貌からもまるで異国の民のようだが、その身体には自分が刻み付けた所有の証
があるはずだ。
今すぐにでも服を引き裂き、その印をを確かめたいという衝動に駆られた。
 「けん、はなして!たたかう、やめて!」
 しかし、有希の口から発するのは、アルティウスを恋う言葉でなく、助けを求める言葉でもない。
自分との気持ちの温度差にイラつき、アルティウスは剣先をシエンに向けた。
 「おう!」
 「お前だけは・・・・・許さぬ」
 「やめて!」
 「たとえユキの願いでも、他の男の命乞いなど聞けはせぬ!」
 そう言って剣を振り上げようとした瞬間、
 『もう、燃やすから!』
突然、異国の言葉で叫んだ有希は、手にした布を空に投げ放った。
 「!」
 「おお!」
 「火が!」
アルティウス達の目前で、空に放たれた布は赤い炎に包まれた。



(よ、良かった、可燃性だったんだ・・・・・)
 緊張に強張っていた身体から力が抜け、有希はソリューの背に倒れこんだ。
 『良かった・・・・・これあって・・・・・』
ギュッと握り締めた手の中には、100円ライターがあった。この世界に来た時、唯一有希が持っていた所持品だ。
布を空に放つ瞬間、その端にライターで火を点けた。思った以上に燃えやすかったらしい布は、ほとんど燃えカスも残ってい
ないようだ。
 短い滞在の間、電気やガスなどがないことはもちろんだが、唯一ある明かりの素のロウソクやランプ(原油はあるらしい)も
貴重品で、火自体が神聖なものだと教えられた。
その種火は木を擦り合わせたり、石を叩き合わせた火花を使うということを聞いた時、自分の生活とはかけ離れた原始的
な方法だと漠然と思っていたくらいだった。
 しかし今、アルティウスとシエンの動きを止めなければと思った有希は、何かの動きを止める時、手っ取り早く驚かせること
が効果的ではないかと思い立ち、不意にこの世界の人々が神聖に思っている火をいきなり出してみようと思った。
昨夜久しぶりに制服を着た時、ポケットにライターが入っていたことを思い出したのだ。
(と、とりあえず・・・・・空気は変わったみたい・・・・・)
何もないところからいきなり表れた炎に、アルティウスやシエンだけでなく、その場にいた全員が畏怖の声を洩らして呆然と立
ち尽くしていた。