赤の王 青の王子



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 誰もが動けずにその場に立ち尽くしている。
有希は自分がしたことがどれ程の威力があったのか想像出来なかったが、アルティウスとシエンが共に剣先を地面に向けた
ので、切羽詰った状況は回避したようだと安堵した。
 「アルティウス、はなし、あります」
 自分の意思が伝わるように、一言一言慎重に言葉を発すると、有希はソリューから降りようと身じろぎした。
馬ほどの背丈があるソリューには、当然ながら乗る時に手を貸してもらったが降りるのも1人では無理のようで、ジタバタして
いるとそっと腰を支えてくれる手があった。
 「大丈夫ですか?」
 「あ、ありがと」
 軽々と有希の身体を持ち上げ、そっと下に下ろしたシエンは、じっと有希の手を見つめている。
 「ユキ、あなたは術師なのですか?」
 「じゅつ、ちがう」
有希の意識としては、単にライターで火を点けたというだけだったが、やはりこの世界の人間にとって、火の素というものを何
も持っていない有希が点けた炎は、まさしく魔法のように見えたのだろう。
少し恥ずかしくなった有希は小さく笑ったが、そんな2人様子に分け入る声が響いた。
 「ユキ!」
 シエンに腰を取られたままの有希を見て、少し遅れて衝撃から我に返ったアルティウスはズカズカと2人に近付くと、有希
の腕を掴んで自分のもとに引き寄せようとした。
 「いたいっ」
 強い腕の力に有希が思わず叫ぶと、アルティウスはハッとしたように手を離した。
何時もなら強引にでも自分の思ったようにしていたアルティウスの行動にしては意外で、有希は戸惑ったようにアルティウスを
見上げる。
 そんな有希に、アルティウスはそっと手を伸ばしたが、その手は有希に届く前にシエンによって遮られた。
 「!」
 「あなたがユキに与えた暴力を、私は許すことは出来ない」
 「・・・・・ユキの身体を見たのかっ?」
 「可哀想に、傷が癒えるには今しばらく掛かるほど・・・・・アルティウス王よ、あなたはユキの傍にいる資格などない」
 「・・・・・っ」
 反論しようにも、アルティウスは一瞬言葉が出なかった。
初めて見た時、手に入れたいと思った。
今まで見たことのない可憐な容姿だったし、異国の人間という存在も面白かった。
 しかし、有希を無理矢理陵辱したのは、初めて感じたかもしれないシエンに対する嫉妬からだ。
シエンと共に行きたいとあの愛らしい唇から告げられた時、アルティウスは今まで経験したことのない怒りと焦燥に襲われた。
ただ、離したくない・・・・・そう思い、一番早い方法として、いや、抱きたいから抱いたのだ。
 「アルティウス・・・・・」
 何時ものたどたどしい発音ではなく、有希はきちんとアルティウスの名を呼んでいる。この短期間で、どれ程の努力をした
のか、アルティウスはもっと早く理解しなければいけなかったはずだった。
抱いたことで自分のものだと決めつけ、有希の気持ちも聞かないまま婚儀を挙げようとした。
 初めから自分の為に用意されてきた女達と有希は全く違う存在なのだと、こんな場面で思い知ってしまった自分が情け
なかった。
 「アルティウス?どした?いたい?」
 顔を歪めて立ち尽くすアルティウスを、有希は心配そうに見つめる。
何時も不遜なほどに偉そうな暴君のそんな表情を見ていると落ち着かなくて、有希は身体ごとアルティウスの方を向く。
自然とシエンは手を離すしかなく、向かい合う有希とアルティウスを注意深く見た。
 「アル・・・・・」
 『ゆ・・・・・き』
 「え?」
 『ゆき』
 「!」
 突然日本語で名を呼ばれ、有希は驚いたようにアルティウスの両腕を掴んだ。
その行動に、今まで有希の方から触れてこられたことがなかったアルティウスの方も動揺したが、有希は久しぶりに聞く日
本語の自分の名前に嬉しそうに顔を輝かせた。
 「もいちど、もいちどいってっ」
 「響きは合っているのか?」
 「あてる!あてるよ、にほんご、わたしのなまえ!」
 『ゆき』
 たった一言名前を呼ぶだけで、これ程有希が喜ぶとは思わなかった。ただ意地のようなもので、せめて名前だけは覚える
というくらいの軽い気持ちだったが、有希にとって自分の国の言葉で呼ばれる名前というのは、これ程意味のあるものだっ
たのかと思い、そして・・・・・納得した。
たった今、有希に名前を呼んでもらった自分と同じ気持ちなのだと。
 「ユキ、今の言葉はなんと言ったのです?エクテシアの言葉ではないようですが・・・・・」
 今まで聞いたことのない言葉の響き。
そのたった一言で有希が歓喜する言葉が分からなかったシエンは、有希の意識を自分に向けさせる意味も込めて聞いた。
直ぐに、有希はシエンに教える。
 「わたしの、なまえ。わたしのくに、にほんこの、わたしのなまえ」
 「あなたの国の言葉・・・・・」
 短い言葉で有希がこれ程嬉しそうにしている理由を知り、シエンはアルティウスに遅れを取ったような気がして、思わず唇
を噛み締めた。