赤の王 青の王子



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 シエンの言葉は確かに有希の心に届いた。
だからこそ、有希は自分の気持ちを正直に伝えた。
 「シエンおうじ、やさしい、わたし、すき」
 「ユキ!」
歓喜の表情を浮かべるシエンとは反対に、アルティウスは絶望的な表情を浮かべる。
 「でも、おとこどうし、すきのいみ、ちかう」
 「・・・・・意味が違うと?」
 「つきあうは、おとこと、おんなのひと。おとこどうし、つきあう、ない。ほかのひと、あるかもしれない、でも、わたし、おとこのひ
とあいて、しんじられない」
 有希の中の常識として、恋人同士とか好き合うとかは、男と女の間でしかないはずだった。
ただ、自分自身が何度か同性に迫られたり襲われたりしたことがあるので、中には同性をそういう対象で見る者もいるという
ことは嫌でも認識していたが、有希本人は好きになるのは女の子だと思っている。
 アルティウスに乱暴されたことも今だ心に深い傷を落としていて、自分よりも身体の大きい、大人の男に対しての恐怖心
が潜在的に残っており、まだとても恋愛感情を持つという状況に無かった。
 好意・・・・・という点で、有希は確かにシエンに好意を抱いているが、それはシエンが望む種類のものではない。
 「ごめなさい・・・・・」
 「・・・・・いいえ」
 「おうじ」
 「確かに・・・・・急いでいるのかもしれません。このままエクテシアにあなたを置いて行けば、いずれあなたはアルティウス王の
ものになるだろうと・・・・・」
 「そんなことっ」
 「これは予感ではなく、確信なのですよ」
 シエンはそっと有希の頬に触れる。
有希は怯えることなくその手を受け入れているが、それはまさに保護者に対する信頼感の為だ。
それに対し、有希はアルティウスに対しては怯えるものの、それはアルティウスを男として意識しているからだろう。
強引とも言える手段で有希を手にしたアルティウスは、結果的に有希に対して有効な手段をとったのだ。
 「ユキ・・・・・出来るならあなたを私の国に連れて行きたかった・・・・・」
 「おうじ・・・・・」
 「皮肉なものです。智の総称である《青の王子》と呼ばれているが故、ユキの心の内が分かった今、私は様々なことを考
えなければなりません」
 有希さえ自分を思ってくれているのならば、シエンはたとえここでアルティウスと剣を交えても負ける気はしなかった。
しかし、今は・・・・・もう、国のことを考えなければならない。
 「アルティウス王よ。そなたの大切なものを略奪しようとした我が身をどうするおつもりか」
 「・・・・・」
 アルティウスは有希を見る。
有希は必死に首を横に振った。
 「だめ!わるいはわたし!シエンおうじわるくない!」
 「ユキ・・・・・」
 「ころす、だめ!」
重ねて叫ぶ有希に、アルティウスはシエンを睨んだまま苦々しく言った。
 「分かっておるわ。シエン王子、このままその手の中に何も持たぬまま立ち去れ。さすれば・・・・・不問に付す」
 「なんと・・・・・」
 これ程の大事を犯した者を無傷で返すなど信じられなくて、その場にいた者の口からは驚きの声が漏れる。
ただベルークだけは、さすがにアルティウスを諌める様に言った。
 「王、本当にそれでよろしいのかっ?また何時何時、ユキ様の御身を奪おうとするか分からぬ者にその慈悲、いずれ命取
りになりますまいかっ?」
 「・・・・・我は負けぬ」
 「王」
 アルティウスの固い決意はシエンにも通じたのだろう。
僅かな笑みを頬に浮かべ、シエンは有希を振り返った。
 「ユキ、大変残念ですが、ここはひとまずお別れです。あなたのことを知ったのは、私にとって思いがけない僥倖でした。ま
た再び会う幸運を願って・・・・・」
 「!」
 シエンは軽く有希の頬に唇を寄せる。
有希は驚いたように目を丸くし、アルティウスはますます眉間の皺を深くした。
 「次に会い見まえる時は、ぜひ私を選んでくれることを願っています」
そう言って、しばらく有希の顔をじっと見つめていたシエンは、やがて未練を断ち切るように素早くソリューにまたがった。
 「では、アルティウス王よ、今しばらく星はあなたに預けよう。くれぐれも、二度と野蛮な行為はなさらぬように」
 「煩い!」
 アルティウスの反応に満足したように笑うと、シエンはそのまま国境に向かう。
敵であるアルティウスを背中にして堂々と立ち去る姿はまさに一国の王子の風格で、アルティウスもさすがと唸るしかなかっ
た。
 「・・・・・ユキ、泣いているのか?」
 見下ろせば、傍にいたユキの頬には幾筋もの涙が流れている。
 「・・・・・シエン王子と共に・・・・・行きたかったのか?」
 『多分・・・・・僕は彼に対して、すごく卑怯なことをしたんだと思う・・・・・』
思わず口から零れたのは、慣れ親しんだ日本語だった。
 「ユキ?」
 『だから、寂しいなんて思っちゃいけないんだ・・・・・』
 答えることの出来なかったシエンの想いに対して申し訳なく思い、そう思うこと自体が自分の驕りだと有希は思った。
だから涙が流れる理由をアルティウスには言えなかったが、そんな有希の気持ちをどう思ったのか、アルティウスはその理由
を聞こうとはしなかった。