赤の王 青の王子




                                                      
※ここでの『』の言葉はエクテシア語です






 誰かが顔に触れている。
まるで壊れそうなものに怖々触れているような手付きで、有希はくすぐったさに小さく笑った。
驚いたのか、手は一瞬の内に離れたが、しばらくするとまた優しく触れてくる。
有希の顔を確かめるように、まぶた、鼻、頬、唇、顎と移り、やがて首筋や胸に移る。
(あ・・・・・れ?)
 ふと、触れる手を感じるのが素肌だと気付いた。そして、次の瞬間、
 「!!」
上級生に襲われていたことを思い出した有希は、声無き声を上げてハッと目を開いた。
 「な・・・・・に、ここ・・・・・?」
 気を失ってしまう前、有希は学校にいたはずだった。しかし、ここには青い空も無く、緑も無い。遠くに聞こえていた部活
の声さえ聞こえてこない。
今、有希がいるのは広い湯船の中・・・・・のようだ。はっきりと言えないのは、それが有希が知っている普通の風呂とはか
け離れているからだ。
まず、広さが違う。まるで学校のプールほど広く、作りも大理石のような石で出来ている。
 「ここ、どこ・・・・・?僕、いったい・・・・・」
 周りの壁も石で出来ていて、あまりにも見慣れない雰囲気にブルッと体を震わせた時、不意に後ろから抱きしめられた。
その時になって初めて、有希は自分以外の存在に気付いた。
触れるのは有希と同様素肌だ。
 『気がついたのか?』
 聞いたことの無い言葉が耳元で聞こえた。
 「!」
誰かの膝の上に腰掛けているのが分かり、有希は反射的に離れようとしたが、抱きしめてくる腕はビクともしない。
 「はっ、離して下さい」
 『暴れるな』
 「離して!」
 半ば悲鳴のような声を上げるとやっと拘束は解けた。
有希は慌てて湯船の中距離をとると恐々振り返る。
 「あ、あの時の・・・・・!」
 そこには、あの時の男がいた。何の躊躇も無く人を切った男だ。
今の有希にとって男は、上級生の魔の手から助けてくれた恩人ではなく、むしろ恐ろしい恐怖の存在でしかなかった。
 「誰か!誰かいませんか!助けてください!」
 湯の中、有希は身を隠すことも出来ず、ただ助けを呼ぶしかない。
パニックになっている有希を男はただ黙って見ている。その碧の目が怖くて、有希は湯船から飛び出ると、唯一布のようなも
ので仕切られている出入口のような場所に駆け寄った。
 「誰か!」
 叫ぶと同時に飛び出した有希は、そこに居並ぶ男達を見て凍りついたように足を止めた。
 「こ・・・・・こ・・・・・」
 石で作られた長い廊下に、ずらりと居並ぶ男達。皆見上げるような大男で、上半身は裸、下半身は腰布を巻いた姿で
腰に剣を携えている。
じろりと有希を見る目はあの男と同じ碧で、どう考えてもここが日本だとは思えなかった。
 ガクッと崩れ落ちそうになった有希の体は、何時の間にか傍まで来ていたあの男が、少しも危なげなく抱きとめた。
 『私以外のものに肌を見せるな』
 「な・・・・・に・・・・・」
 『王、私が運びます』
 『構うな。これは私以外のものが触れることは許さん』
 『御意』
 交わされる言葉が全く理解出来ない。
 「なに、これ、夢だよね・・・・・?こんなの、絶対・・・・・」
有希はこれが現実だと思いたくなかった。








                           
                              









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